「」
この作品はフィクションであり、いかなる事象・団体とも関係はありません。また、戦争や特定の思想を賛美するものではありません。
「総統閣下、此方、ロマノー国より届いた書状でございます。」
「そうか、ご苦労。」
アルセアはそう言って丁寧に封蝋で閉じられたそれを開封する。
中に入っている手紙を取り出して、目を通した。
「ふむ…我が国は忙しくなるぞ。」
「では、そちらは…。」
「ああ、ロマノー国はこのホーエンツォール国に正式に戦争を申し込んできた。」
手紙を持って来た男の顔は既に強張っていたが、アルセアのその言葉にさらに緊張が走った。
無理もない話だ。二大大国の直接の戦いが始まろうとしているのだから。
アルセアはホーエンツォール国の現総統だ。
もっとも、先代総統という者は存在しない。
何故なら、彼女がこの国を組み替えたからだ。
かつて強大な力を持つ王が支配していたこの国は前の戦争で大敗して民主政に移行した。それからというもの、以前の栄光はどこへやら、国は戦勝国の干渉を大きく受け、国民は疲弊し、産業は停滞した。
議会は右往左往するばかりで何の役にも立ちはしない。
選挙の演説もぱっとしないものばかり。
そんな中、彼女の演説は民衆を魅きつけた。堂々とした話しぶり、次々と溢れ出て、しかし破綻することのない言葉達。
なによりその言葉は、民衆にとって自分たちを理解してくれる為政者の誕生を期待させるものであった。
史上最年少の立候補者だった彼女はそのまま政権を奪取しそして史上最年少の元首となった。彼女は政治の仕組みを変えた、経済を動かした。
彼女のことを小娘と嫌う者もごくわずかにはいたが、そんな人々も、干渉してくる国々も全て懐柔していった。やがて国は彼女を”総統”とあおぐようになった。
彼女の下で国は栄光を取り戻し、そしてそのかつての姿すら追い越して西国一の大国となった。
そんなホーエンツォール国の唯一とも言えるライバル国が東国一の大国、ロマノー国である。
今、世界は数カ国の永世中立国を除いて全ての国がホーエンツォール率いる西かロマノー率いる東のどちらかの陣営に入っている。
経済体制その他国の方針が悉く異なる二つの陣営が手を取り合うことはなく代理戦争も各地で行われていた。
しかしその勝率は五分五分。
そのため、世界で囁かれるようになったのだ。
いずれ本国同士がぶつかる最終戦争が行われるぞ、と。
その最終戦争が、今、ついに起きようとしている。
「返事は今から書く。下がって良いぞ。」
戦争は好きだ。勿論、人民が犠牲になるのはいただけない。場合によっては国力が落ちる。
それでもどこかで秘密協定が交わされる、どこかで裏切りが起こる、人の生へのあるいは権力への欲が顕わになる、そんな様を見るのは非常に愉快であった。
ロマノー国の得意とする戦法は持久戦だ。
特に、冬は面倒だ。あちらは雪が当たり前だから何の条件にもなりはしないが、こちらにとって雪は不利になる条件でしかない。
今は夏の終わり。開戦は秋の初め。三ヶ月程度人海戦術で耐え、消耗しつつある敵軍をさらに寒さで弱らせ雪で足止めして潰す、そんなところだろう。
ならば此方は得意の電撃戦を使おう。
あの大国に、なによりあの女が率いる国に妙な小細工が通用するとは思えない。
正面切って、国力での対決。小細工をするのは、彼方が弱ってからだ。
ひとしきり考えをめぐらせ、改めて手紙をじっくりと読む。
一画一画がはっきりと書かれ、そして文字が均等な大きさで一列にきっちりとまっすぐに並んでいるそれは送り主の性格をよく表していた。
全てを丁寧に確認していったアルセアは、手を動かした拍子に持っている封筒の中にまだ何か入っていることに気がついた。
おや、とアルセアは少し驚いたような顔をする。
必要なことは全て書面に書かれていたような気がするが。
封筒をひっくり返す。紙に包まれた押し花が二つ。
一つはスノードロップ。そしてもう一つは。
「オキナグサ、か…。」
アルセアはふっと優しく微笑んだ。
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時は少し、遡る。
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コトリ。
役割を完遂したペンをインク瓶に戻す。
ふう、と一息ついて、クリサンテーマはたった今書き上げた書状を見つめた。
文章に問題はない。紙も汚れてはいない。
これは、宿敵であるホーエンツォール国への宣戦布告用の手紙だ。
今や、世界はロマノー率いる東とホーエンツォール率いる西に二分されている。
永世中立国もないわけではないが、それはごく少数で、国力もロマノー国やホーエンツォール国には遠く及ばない。
ロマノー国がこんなにも強大になったのはクリサンテーマが書記長となってからだ。
もっとも、先代書記長という者は存在しない。
何故なら、彼女がこの国で革命を起こしたからだ。
かつて皇帝とは素晴らしい為政者だったらしい。しかし、彼女が生まれた頃には、その位は腐りきっていた。
度重なる敗戦による高額な賠償金、奪われた領土。しかしそれを顧みず贅沢を望む王侯貴族達。
そのしわ寄せを食らったのは国民達だ。
稼いでも稼いでも手に入れた金は上に搾り取られ、何も買うことは出来ない。
だから店は客が減ってたたむしかなくなる。産業は停滞し、国民の給料が上がることはない。
国民は完全に疲弊していたー”献金”をする財閥も宗教もないほどに。
その有様を見て、彼女は怒りを覚えた。
何故、こんなにも国民が苦しめられなければならない。
この惨状は一体誰のせいだ?
朗々と響く声、最低限の数で、しかし分かりやすく明確に意志を伝える言葉達。
同志はあっという間に集まり、王朝を陥落させた。同志を集め、最後王族の首をはねた彼女は為政者となった。
彼女は政治の仕組みを変え、経済を変え、全てを平等にしようとしている。全てが終わった暁には彼女自身すらも他の民衆たちと同じになるつもりだ。
彼女のことを小娘と侮る者もごくわずかにはいたが、そんな人々も干渉してくる国々も全て粛正していった。やがて、国は彼女を”書記長”とあおぐようになった。
彼女の下で国は力を取り戻していき、そして取り戻してもなお力をつけ続け東国一の大国となった。
そんな中ホーエンツォール国というのは彼女にとって頭の痛い存在であった。
国の体系が全く違うその国は、国力はこの国と同程度で、激しい戦争と小細工を得意としていた。
もし、戦争で彼方のペースに呑まれたら。
きっと、負けてしまう。
だから、此方から色々と指定させてもらうために彼女は動いたのだ。
クリサンテーマは頭の中で軍備を思い浮かべる。
今の軍部隊は三つ。川のラインに一つ、山脈のラインに二つ、防衛を展開。
浅く広くになってしまうが、仕方がない。どこか一カ所だけを手薄にすればそこからあの女に食い破られるだろうから。
――ホーエンツォールを、西を率いるあの女。
何度か平和の祭典や永世中立国での行事で顔を合わせたことがある。
言葉を交わしたことは少ないが、凛としている彼女は実に美しかった。
…そう思うだけなら、どんなに良かったことか。
クリサンテーマは立ち上がると部屋に飾ってある二つの花を手に取った。
この想いは、この国への裏切りだ。
想いを、花に乗せて。
そして、ぐっ、と押し潰す。
それを封筒に入れて。
これ以外、何も望みはしないから。
だから、どうか、どうか。
私が愛してしまった美しいお前のまま死んでくれ。
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コトリ。
仕事を終えたペンをインク瓶に戻す。
ふう、と一息ついて、アルセアはたった今書き上げた書状を見つめた。
これは先日ロマノー国から届いた書状への返事だ。
軍は大体整えた。
正直なところ、思ったよりも早かった。
常にロマノー国との交戦を意識してはいたが、本番はもう少し先だろうと考えていた。それ程までに警戒されていたのか。
――ロマノーを、東を率いるあの女。
何度か平和の祭典や永世中立国の行事で顔を合わせたことがある。
言葉を交わしたことは少ないが、高潔な彼女は実に美しかった。
…美しい、だけでは済まなかった。
アルセアは意趣返しにと用意した二つの花を手に取った。
欲しいものは全て手に入れてきた。だが。
手に取った花を丁寧に押し潰す。
あんな花を贈ってきてもお前は私のものになるつもりはないのだろう?
ならば、せめて。
私が愛してしまった美しいお前のまま死んでくれ。
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「同志書記長、此方、ホーエンツォール国より届きました書状です。」
「ご苦労様です。下がって結構です。」
クリサンテーマはそう言って丁寧に封蝋で閉じられたそれを開封する。
中に入っている手紙を取り出して、目を通した。
「ま、でしょうね。」
その手紙には戦争の開始を承諾する旨が書かれていた。
じっとそれを見つめる。
一画一画が大胆に書かれ、まるで詩でも紡いでいるかのように流麗な字が並んんでいるそれは送り主の正確をよく表していた。
封筒の中身がまだあることに気づいていた彼女は封筒に手を入れた。
紙に包まれた押し花が二つ。
一つは彼女も贈ったスノードロップ。そしてもう一つは。
「…貴女のことだから、”お前の国は”といったところかしらね。」
手の中のジャスミンを見つめて、クリサンテーマは小さく呟いた。
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「陸空、全軍出立用意。」
――お前は、私が殺す。
「各部隊、指定のラインへ。」
――気高く、散れ。
西で、東で。
戦いの火蓋が切って落とされた。
読んで下さりありがとうございました。
題名の空っぽのカギカッコの中には、貴方の思う言葉を入れていただければ嬉しいです。
もう少しお付き合いいただける方は、ぜひ名前の由来や別世界線のお話も見ていってください。
作中の花について
スノードロップ…貴方の死を望む
オキナグサ…清純な心、告げられぬ恋、何も求めない、裏切りの恋
ジャスミン…貴方は私のもの




