5.遭遇
二人が丁度その横断歩道に到着した時、信号は青から赤へと変わった。
ここが例の信号ならば、時間を測らなくてはならないだろう。
「今十四時十二分」
スマホで時間を確認した朔がそう言った。
成人も画面を覗き込み、時間を確認すると、確かに時刻は十四時十二分を示していた。
「ストップウォッチ、掛けるね」
朔に言われ、成人は頷く。
なるほど、掲示板に記されていた通り、それほど車の通りが激しい場所ではないらしく車はあまり通らない。
二人がここへと辿り着く道中で何台かの車が通り過ぎたが、それも片手で足りる程度の台数だった。
と、二人の横に車が減速して近づき、そして——、そろりそろりと赤信号を無視して通り過ぎた。
ナンバープレートには「川越」の字が刻まれている。つまり地元車だ。
「信号無視だ」
ぽつりとその言葉が口をついて出た。
朔は無言でその車を見送っていた。
罪を咎めるために言ったわけではない。
理由があるからそのまま通過したのかもしれない、と成人は思ったのだ。
例えばそう、怪異に遭遇しないため、だとか。
赤信号になってまだ一分程度しか経過していないはずだ。今のところ、常識の範囲内ではある。
続いて二人に迫ってきたのは自転車だった。
レインコートを被っているので、男女の区別はつかなかったが、その自転車もまた、先ほどの車と同様に車の通行に注意しながら、赤信号を通過してしまった。
何か言いたげに一瞬振り返ったが、結局何も告げずに遠くへ走り去っていった。
そうこうしているうちに、朔が「五分経ったよ」と告げたのだ。
確かに、朔が回したスマホのストップウォッチは五分の経過を示しており、二人がただアホのように「変わらない信号」を棒立ちで待っていたことを証明してくれていた。
日本で最も待ち時間の長い赤信号は六分半とのことであるから、この信号は本来六分二十九秒以上赤信号であるはずがないのだが——、それはいとも容易くその壁を通り越し、そして遂に十分が経過したのだった。
十分。それだけならやや不自然ではあるが、人為的介入、或いは故障の可能性が否定しきれず、成人にとっての「本番」はこれからだ。
つまり、「時間の捻れ」が発生すること、である。
「……朔、信号変わった!」
ストップウォッチを信号が赤になったと同時に観察し続け、十二分と五秒後のことだった。
「……朔、」
「うん」
珍しく、朔の瞳に高揚の色が見えた。
ストップウォッチは、一分十五秒の
経過を示していた。
二人ともストップウォッチから目を離した時間は長くて数秒のことで、朔による偽装はありえなかった。
念の為、と各種時報サイトへと飛ぶが、示された時刻は十四時十四分。
「オカルトだ」
朔が短く言う。
因果律の破綻を目の前で目撃・体験したこととなる。
オカルトライターを生業としてそこそこの年月が経つが、成人自身もこうしてハッキリとした「破綻」を経験したのは初めてのことだった。
「面白いな。もう一度信号待ちする?」
朔に問われて成人は頷く。
しかしながら結果は惨敗であった。
事象が発生したのは最初の一度きりのことで、その後数回に渡って実験を繰り返したが、同じ現象は再現されなかった。
二人を不審な目で見て、そして赤信号を無視して通り過ぎる地元民には何回かすれ違うが一人だけ声をかけてきた老人がいた。
「兄さん、何を聞いてここまで来たのかは知らないけれど、悪いことは言わないから早く家に帰りなさい」
そう短く言った後はやはり信号を無視して渡っていったのだ。
老人は振り返らず、老人が持つには派手な色合いの傘を差してそのまま歩いていった。
「……帰ろうか」
どちらがそれを言ったのだろうか。
二人同時に言ったような気さえする。
とにかく二人は自然と帰宅しようと考えたのだ。
今すぐ帰宅しなければならないような、そんな予感がしたのである。
自宅に到着したのは、渋滞に巻き込まれたこともあり、十六半時ごろだった。
東京に帰るとやはり雨は小雨になり、殆ど降っていないと言える程度になっていた。
アパートに到着すると、成人は早速記事を書くことにした。
いい記事が書けるといいのだが、などと考えなら、時系列を整理し掲示板での書き込みに触れながら文を書き起こしていく。
と、いつのまにかシャワーを浴び終えた朔が後ろに立っていた。パソコンは共用なのだ。
「悪い、勝手に使ってる」
「いいよ、別に。いい記事書けそう?」
「ああ」
「おれ、今日は仕事ないから今からちょっと寝るね」
「ああ、おやすみ。朔、」
「うん?」
「取材付き合ってくれてありがとう。車も助かった」
「いいよ、別に。じゃあね、おやすみ」
朔が自室に引っ込んだのを確認してから、成人はパソコンに向かった。
朝に成人の体を駆け巡ってきた気鬱は今も少し居座り続けたが、しかし原稿を書き上げたい気持ちが強かった。
途中、何度か休憩を挟みながらも第一稿を書き上げたのは二十二時を回った頃のこと。
その頃になると朔も起きてきて、またもや休憩し、その合間、朔に原稿を客観的な視点で確認してもらい、記事が完成したのは深夜二時だった。
朔はパソコンに向かっていた視線を不意に持ち上げ成人を見た。
「……寝たら?」
言われて成人も頷く。
正直、移動もしたし仕事もしたしで体は疲れ切っていた。
眠気と共に体がひどく重くなり、今日のエネルギーはどうやら使い果たしてしまったようだ。
今日の成人はもう閉店だ。これ以上は起きていられそうにない。原稿の感想は明日聞くことにしよう。
朔に促され、言われるがままに自室へと向かう。
「あ、パソコンつけっぱなし……」
「いいよ、おれが切っておく。もう記事は保存したよね?」
「した」
扉が朔の手によって閉じられる。
リビングから、パソコンを操作する僅かな音が響いてきた。
ああ、疲れた。体がひどく重い——、そんなことを考えながら、成人は泥のように重い体で寝床に転がる。
体が疲労感で満たされて、いつもの眠りのポジショニングでさえままならない有様だ。
カチカチ、カチカチ。
パソコンの音はまだ続く。
朔が「へえ」と短く言ったのが聞こえたが、それが何を示すのかは、眠気の渦に飲み込まれ判然としなかった。
パタン、と音がして、どうやらノートパソコンが閉じられたようだと考えた時には、成人は意識を手放していた。
怪異体験スレ25 [パスワードを入力して入場してください]
55:信号怪異参戦中w 2025/08/25 02:25:35
多分例の信号機に着いたけど何も起きないんだがw
北海道からの参戦なのにションボリ
56:もしもし、わたし名無しよ 2025/08/25 02:28:01
>>55 到着おめ。でも時間が早すぎ
57:信号怪異参戦中w 2025/08/25 02:28:34
>>56 早すぎ? 何時ならいい?
59:もしもし、わたし名無しよ 2025/08/25 02:29:08
>>57深夜二時四十五分
60:信号怪異参戦中w 2025/08/25 02:31:25
マジかw あとちょっと待つわw みんなサンクス
61:もしもし、わたし名無しよ 2025/08/25 02:33:15
あと一つ、北海道から来たってことだし特別にヒントあげるわ
何人で来てる?
62:信号怪異参戦中w 2025/08/25 02:36:40
まだ何か条件あるん?
三人での参戦だよ
63:もしもし、わたし名無しよ 2025/08/25 02:38:05
あ、駄目だ
64:信号怪異参戦中w 2025/08/25 02:39:21
え、なんで?
65:もしもし、わたし名無しよ 2025/08/25 02:41:05
しょうがない。これが最後。あと一つ発生条件があるんだよ
あのな、現場には必ず、
——必ず一人で行くように。




