4.取材
ああ嫌な感じだ。
目覚め間瞬間に訪れた不快感に、成人は顔を顰めた。
成人はかなり頻繁に訪れる気鬱のようなものに頭を悩ませられていた。
焦燥のような苛立ちのような、そして憂鬱感のような、はっきりとしないそんな気分だ。
寝起きのぼんやりとし頭にもそれはかなり不快で、まるで最悪な一日が決定されたかのような気分であった。
肌の疾患に悩まされ、謎の気鬱に悩まされ、成人の人生は順調とは言い難いことの連続である。
はあ、とため息を吐き体を起こす。
時計を見ると朝の九時。真っ当な社会人ならば遅刻が確定している時間であるが、フリーランスの成人にはあまり関係がない。そしてそれはまた、夜の街に生きる同居人も同じである。
「ナル、起きてる?」
ノックと共に、返事を待たずに扉が開けられた。朔の手にはいくつかの紙があり、彼は無言でそれらを差し出した。
なんだこれは、と首を傾げると朔は立ち上がって「最近よく聞く都市伝説だよ」と伝えるとその紙をテーブルへと放り出した。
「都市伝説?」
「そう。都市伝説。神奈川と埼玉だって」
成人は朔に促され、差し出された紙へと視線を向けた。
一つ目は逆さに降る雨。それは文字通りの現象で、殆どすべての雨水が重力に従い地面に向って降り注ぐ中、時折、逆再生映像のように天に向かって戻っていく雨水があるのだそうだ。場所は神奈川。
二つ目は時間が歪む信号機。五分経っても十分経っても赤のままの信号機がようやく青になったその時、再度時間を確認すると時間が巻き戻ったかのように、まだ一分しか経っていない、というものだ。場所は埼玉。
両方とも成人が聞いたことのない都市伝説だった。
「オカルト掲示板で話題になってた。君向けかなって。あ、強制じゃないよ。興味ないならいい」
「あ、いや。ないわけじゃない……」
特に埼玉の事案は強く惹かれる。取材したいのは山々なのだが。
窓の外に視線を動かす。幸いなことに今日は雨だ。肌の調子はいいがこの気鬱のような、奇妙な焦りで腹が満たされている。気分が乗らない、とも少し違うような嫌な感覚。
「ただ?」
ただ。
何も言えなくなる。いい歳をした男がちょっと気分が乗らなくて、などというくだらない理由で仕事のネタに食いつかないのはどうかしている。成人にもそれはよく判っているのだが……。
「ああ、移動かあ」
朔も窓の外を見遣り納得したように言った。
「え?」
「そうか、雨の日は特に電車の利用客、増えるもんね」
「え? ああ……」
朔は成人が、「肌が人目に晒される公共交通機関での移動に難色を示している」と解釈したようだ。
前回の「牛が落ちてきた事件」は千葉だったので、成人は電車に乗って現場に赴いた。その際にかなりの負担を感じた旨を朔にも雑談混じりにした記憶があった。
人目は気になるが、成人にとってはそれ日常だ。負担であるし嫌な視線を感じることもままあるが、取材を躊躇する理由にはなり得ない。一応はオカルト記事で飯を食っているつもりなのだから、それを後回しにすることは即ち死に繋がる。
だが気鬱は別問題だった。
気力がゴッソリと持っていかれる。やる気そのものが刈り取られているのだからやりようがない。
朔が誤解しているのをいいことに、成人はメンタルの回復を待つ方向で取材を保留にしようと考えた。
馬鹿な選択で、即死ではないが命綱を握る手を緩める行為だということは成人が一番よくわかっていた。
「せっかく見つけてもらったのに、悪い」
朔はそれほど気にしていない素振りで首を振った。それからふと何かを思いついたように再び成人に向き直ったのである。
「別におれが車を出しても構わないけど」
「え、なんで」
「え?」
互いに顔を見合わせる形になった。
「いや、なんで朔が俺のためにわざわざ車を出すんだろうって……」
単純に成人には疑問だったのだ。
確かに二人は同居しているが、親しい友人関係にあるというわけではない。たまたま利害が一致しただけの関係であり、旅行や食事に連れ立って出かけるような間柄とは言い難い。
「なんで……? なんでって別に。おれもちょっと気になっただけだけど……?」
何がいけないのだ、と言わんばかりの顔で朔が首を傾げた。
「うん? 駄目なの?」
駄目ではないし、免許のある朔が運転してくれるのなら助かると言えば助かる。
「いや、朔が嫌じゃないならいいけど……」
いいけど、今日は気分が乗らないのだ、などとは言えなくなってしまった。成人は観念して腹を括った。
「? そう? おれもナルが嫌じゃないならついていくけど……いい?」
「……いいよ。じゃあ運転を任せてもいいか?」
「いいよ。何着てこう。寒いかな」
「いや、どうだろう……」
彼は自室へと移動してあれこれ衣類を選び始めた。
僅かな時間で衣類を決めた朔は「着替えるから」と言い残し扉を閉じた。そしてやはりそう時間をかけずに着替えた彼は部屋から出ると、「じゃ、行こう」と言い放ったのだ。
朔は比較的自由気ままなところがある。
数年の同居生活を経て、彼の唐突な行動にも慣れたものではあるが、時折はこうして「なぜ?」と成人が首を傾げることがある。
いつだったか、確か同居を始めて間もない頃には、「おれ、ちょっと海に行きたい」などと言い出し、成人を乗せて真夜中の海へとドライブに行ったのだった。
お気に入りの海、と称していたのはどこだったか。記憶が確かならば津馬沙浜だったような。
つまりそう、今日もちょっとした気まぐれ、ちょっとした興味なのだろう。
よし行こう、と積極的な朔に成人は付き従うことにした。
玄関を開けると大家がいた。片方の手には傘、もう片方の手には近隣のスーパーのビニル袋を下げており、どうやら買い物から帰宅したところのようだった。
大家は年配女性だ。彼女は成人を見て一瞬顔を強張らせ、それから無理やりと取り繕うように笑顔を作った。
「こんにちは」
朔が笑顔を向けると、対成人用の引き攣った笑顔のまま挨拶を返す。
「こんにちは……」
そして逃げるように部屋へと小走りで駆けて行ってしまった。
「朔」
大家の背中を見送り声を掛けると、朔は何でもないことのように振り返り「なに?」と返事する。
女装をしていない朔は、日中でも男女どちらとも区別が困難なほど中性的だ。
そのまま口角を引き上げ微笑むと、そこが一瞬夜の街になったかのような蠱惑的な空気が生まれる。
「……いや、なんでもない」
何を尋ねようとしたのか忘れてしまった。
「そう? じゃ、行こっか」
マスクをした後、既に雨水で濡れた頭を覆うようにして、朔は傘を差した。
そう言えば車はどうしたのだろうか。
真夜中のドライブに誘われた時にはレトロな雰囲気の車に乗っていたと成人は記憶している。
「朔、車は?」
「あるよ。レンタル。駅の近くのレンタカー屋」
「レンタカー? 前乗ってたのは?」
「処分した。あれ? 言わなかったったけ?」
「初耳」
「そうだっけ?」
朔は借金があるとのことだから、処分せざるを得なかったのだろう。
「霧雨だね」
朔がポツリと言った。ミスト状の雨水が頬に吹き付けてくる。
今日のような天候は、寧ろ成人の皮膚には有難い。
レンタカー店はアパートから徒歩十数分ほどの距離だ。
二人が住むのは、新宿が近いものの比較的静かな中野区の街。生活に必要な一通りの環境は、多すぎず少なすぎずと言った感じで揃っていた。
しばらくして到着したレンタカー店は、見慣れてはいるものの入店するのは初めてだった。
朔を先頭に店舗に入ると乾いた空気に晒される。
「いらっしゃいませ……、ご予約はお済みですか?」
「予約してます。永瀬です」
マスクをズラして挨拶をし、朔はにこりと微笑んだ。家ではまず作らない顔である。
「永瀬様……、はい。ご用意できております。免許証のご提示をお願いします」
免許の確認を済ませると予約したコンパクトカーの駐車スペースへと案内される。そのまま二人は乗車して埼玉へ向かうこととなった。
取材先を埼玉に決定したのはつい一時間ほど前のこと。
朔はたまたまレンタカーに空きのあった時刻に予約を入れたようだった。現在の時刻は十一時過ぎ。到着は十三時近くになるだろう。
客とトラブルを起こしたばかりの朔は店から休みを命じられているようで、本日は休みとのことだった。
何に驚くかと言えば、朔が女としてラウンジ嬢として働いていることであろう。
本人曰く『気づかれたことはない』とのことである。俄には信じられないが、朔がそう言うのならそうなのだろう。
店員が朔を案内する道すがら、頬を上気させていたが、朔の方もそんな態度には慣れたもので、悠然と微笑むだけである。
レンタカー屋までの道中で、帽子にマスクを身につけた成人はやや不審な見てくれであるが人の目を欺くのには成功したようで、店員の視線は朔のみに注がれていた。
車に乗り込み朔が慣れた様子で車を走り出させる。カーナビさえ使わずに彼は車を走らせていく。
「朔、掲示板には具体的な所在地は書かれていなかったんだろ?」
「うん。ヒントだけ。取り敢えず川越市に行こうと思う」
「そこから先は?」
「行き当たりばったり? なんとかなるんじゃない?」
なんでもないように言う朔に少しばかり呆れ返る。
そう、成人も確認をしたが、オカルト掲示板の住民がはっきりと書き込んだ地名は埼玉のみなのである。
あとは自分で探せ、という投げっぱなしの態度は彼らの中では当たり前のことのようで、しかし「ご新規さん」にもヒントだけは提示してくれているようだった。
朔がダッシュボードの上へと放り出した紙に視線を移すといくつかのヒントが書き連ねてあった。
・県道に合流する信号。普段は車はあまり通らない。
・昔は使われていた〝跡〟。でも今は草ぼうぼう。その近く。
・歩道橋がすぐ近くにある。
・地元民はみんな知ってる。川越市の端、入真川を渡ったとこ。
・南側から行くと畑しかなくて迷う。北から行ったほうが早い。
「断片的だな」
「地元民はみんな知ってるって書いてあるからもしも迷ったらその辺で聞けばいいよ」
朔は運転を続けながら言った。
フロントガラスに雨水がパタパタと当たる。出てきたばかりの頃は霧雨だったが、少し雨足が強まったようだ。
山手通りから関越道に入る。朔はただ無言で運転していた。と、急に首を傾げ、そして口を開いた。
「ナルさあ、」
「うん?」
「なんでオカルトライターなの?」
「なんでって……」
朔が成人の生い立ちにさほど興味があるようには思えなかった。
道中、暇を持て余すのもなんだし、という程度の会話なのだろう。
まあ、別段、隠し立てするようなことではない。
また、人が思い描くであろう強烈で衝撃的なオカルトとの出会いがあったわけではもない。ちょっとしたささやかな怪談だ。
「子供の頃、夏休みに川に行って……、」
家の近くにあった川。比較的大きな川だった。
近所の女の子と川へと水遊びに行ったのだ。夏の暑い午後のことだった。
「面子の一人があっ、って声をあげてさ。そっちを見たら女の人が水面に立ってたんだ」
「上位蜃気楼か何かじゃなくて?」
予想通り、朔が言った。
まったくこの同居人はどこまでも現実的だ、と成人は笑った。
「四人だったんだよ」
成人を川に誘ったのは近所の女の子。その子が誘った子がもう二人いた。
「四人? 四人で見たの?」
だったら尚更、蜃気楼説は補強されるのでは? と言いたげな朔が、横目で成人を見る。
「違う。それは二人。その人を見たのは俺ともう一人だけ」
蜃気楼なら全員に見えるはずだ。
つまりその事象は科学的でない何しらの要因で起こったのではないか。
そう含んだ言葉だけで、朔はその意を理解し、しかし再び首を傾げた。どうやら納得はしていないらしい。
「へえ……興味深い」
「本気にしてないだろ」
「うーん……、夏の暑さが見せた幻覚? そもそも、君とその子が同じ女を見ていたとは限らないし……」
「現実的だなあ」
そう、成人も昔の出来事としあれを思い出すたびに実際にあった出来事かどうか疑問視することがないわけではない。
だが、あれが成人のオカルトライターとしての原点と言っても差し支えのない出来事であることには変わりなかった。
朔はハンドルを握りながらふうん、と言った。
「ナルも割と現実主義者だと、おれは思うけどね」
「俺が?」
「世間の人がオカルトオカルトと喜ぶ出来事を安易にオカルト認定しないじゃん。そういう意味では君、かなり現実的だよ」
「そうかな」
「そうだよ……、インター降りるよ」
「ああ」
車の軌道がゆっくりと左に傾き、同時に速度が落ちていく。料金所を通過し一般道へと入るとそれまでの単調な景色が消え失せ生活の匂いが漂う街並みが現れた。
「取り敢えず川越駅に向かう」
「判った」
インターチェンジを降りて川越駅までは二十分ほどだった。道路標識に従って進んで到着した駅周辺で、てきとうな駐車場へと車を停めた。
「雨強いね」
朔はスマホを操作しながらそう言った。東京を出る頃に霧雨だった雨は徐々に強まり、ついには大粒の雨となった。こうなると皮膚の痒みもだいぶマシだ。
「どうする? 掲示板のヒントだと……、『昔は使われていた〝跡〟。でも今は草ぼうぼう。その近く。』これ、おれは阿飛那線跡のことじゃないかと思うんだけど」
「阿飛那線跡?」
「知らない? 貨物線跡。昔は砂利を入真川で取ってたんだってさ」
「へえ」
「一応、家を出る前に地図アプリで調べてみたんだけど、『県道に合流する信号。普段は車はあまり通らない。』って言うのは多分、県道160号か15号。間違ってたらゴメンだけど……で、どっちから確認する? それとも食事にする?」
「いや、俺は食事は別に。朔は?」
「おれも平気」
じゃあ、と地図アプリを覗き込み、取り敢えずは入真川を越えることを提案すると朔も同意した。
賑やかな道を進んでいく。
雨でも駅前は混雑しているが、しかし傘を持つ朔はするすると難なく雑踏を抜けていく。
「人が多いな」
「そう? 新宿に出入りしてるくせに何言ってんの」
「いや、新宿はそういうものだと思って割り切ってるから。川越がこんなに賑わってるとは思わなくて」
「ああ」
納得したように朔は頷いた。
「大丈夫でしょ、そんなに広範囲には賑やかじゃないと思うよ」
朔の言葉通り、十分も歩けばそこは住宅街で、華やかな駅前の喧騒が忘れ去られたようだった。
雨天ということもあり、人通りは殆どない。
民家もまばらとなる頃には風景には畑も入り混じり、いよいよ一足も途絶えるようになった。
程なくして入真川を越え、二人はその跡を発見した。
「これが阿飛那線跡?」
尋ねると朔は短く「そう」と返事した。
見事に「草ぼうぼう」である。かつてはあったであろう鉄道跡さえも叢に埋もれている有様である。
線路はもう殆ど見えなかったが、しかし整備されている部分もないわけではない。
有志によるもの、或いは近隣住民の手によるものかもしれない。
「じゃ、行こうか」
朔に促されてそのまま歩く。二人は無言だ。
鉄道跡に直接入ることはせず、沿線沿いの道路を歩く。
静かだ。
遠くで車の走行音がするものの、人通りはあまりない。
傘に当たる雨粒の音だけがやけに大きく聞こえた。
横にいる朔の顔を見る。
マスクに覆われた顔は、しかし目元だけでも顔立ちが整っていることがよく判る。
その綺麗な顔は遠くを見つめていた。
成人のように、見た目に何かしらの問題を抱えている者の気持ちを、彼は推し量ることなどできないだろう、などとふと思う。
「なに?」
「いや、憎たらしいほどに綺麗な顔してるなって」
「なにそれ」
おかしそうに朔は笑うが、気分を害した風ではない。おそらく朔はこの手の褒め言葉など疾うの昔に聞き飽きているに違いない。
「言われ慣れてる?」
「まあね。でも、死ねば一緒だよ。骨になるだけ。でも、得することが多かったのは認めるよ」
傘の下、朔はふう、と息を吐いた。昔を思い出すような遠い目をしている。
「おれが悪いことしても、誰も気づかないんだよね」
「してるのか? 悪いこと」
尋ねると、朔はいたずらっぽく笑って見せた。
「ちょっとした悪いことくらい、皆してるだろ? ただおれの場合、容姿の所為で見逃されたり気づかれなかったりすることが多いのは事実だ。『朔がそんなことするわけがない』って。もっと盲目的な奴だと『朔がしたことには理由があるはずだ』って全肯定する。困るよね」
「俺には想像もつかない世界だ」
どうやら美形には美形なりの悩みというものがあるらしい。
朔ほどに優れた容姿がまさか悩みの種になることがあるなど、成人には想像もできないことであった。
女たちが彼を巡って警察沙汰を起こしたのは知っていたが、それはあくまでも夜の世界の話であり、また火舞鬼町界隈では比較的よく見られるトラブルだと考えていた。
つまり、真っ当な日常生活を送る分にはそれほど問題はなく、所謂『イージーモード』の人生を享受できるのだろうと偏見を持っていたのである。
つまり判らないのはお互い様、ということだ。
「なんかごめん」
「? なにが?」
「いや、なんでもない。そう言う信者みたいなやつ、どうしてるんだ?」
「そういう奴は遠ざけるよ。退屈だもの。おれのことを全肯定されたら、なんの刺激にもならない」
「刺激?」
「おれだって人並みにちょっとした悪いことくらいしているって話だよ」
「悪いこと、なあ」
ちょっとした悪いこととはなんだろう。
成人に思いつくのは、精々が『黄色信号を渡る』ことくらいだ。
ライターの割に想像力が貧困なのは成人自身も自覚していた。
ふと、彼の仕事について思い出す。
「ああ、あれは? 女装して性別を偽ってるのは、その悪いことにカウントされている?」
「ノーカン。あれはおれの生きる術」
生きるための手立てとして、仕方がなく女装している、とは度々朔が口にすることだ。彼は夜の街でしか生き方を知らないのだという。
「……万引きとかは?」
「したことないよ。興味ない」
「ていうか万引きは明確に悪いことだな。犯罪だ」
「——でもまぁ」
朔は成人を振り返り、口角を持ち上げ微笑んだ。雨粒が彼の肩を濡らしていた。白いシャツが肌の色を透かして見せた。
「人のもの、この顔を利用して取ったことはあるよ」
ザァ、と通り過ぎた車が音を立てて去っていく。
「人のもの?」
「うん。大事なもの。今は反省しているよ。なんてくだらないことをしたんだろうって」
顔を利用して取る。
真っ先に思いついたのが、恋愛に纏わるトラブルだった。
「……女?」
これまた成人にはあまり縁のない話であるが、朔は少し考え、それから「まあね、そんなとこ」と返事をした。
朔のような生臭さを感じさせない顔立ちの男でも、時として嫉妬し時として男友達と女を巡って争うことがあるというのはなんとも不思議だった。
そのまま彼はくるりと振り返り、また歩みを進めた。
気づくと一時間ほどが経過していた。
視線を持ち上げると交差点は目の前だった。
「朔、あそこ。あそこに見える交差点、例の場所かも」
「あ、そうかも。行こう」
朔が早足になったため、成人もそれに続いた。




