思いの連携
「葛城さん! 待ってください!」
本田は急に車から飛び出して行った彼を必死に制止しようと追いつき隣に並んだ。
「よくも娘を……! ぶっとばしてやる!」
激昂している彼に向かって彼女は自らの発言を悔いる様に言い直す。
「あくまで私の憶測で、事実そうだったかはわからないんです!」
「いや、おそらく本田さんの推理はほぼ9割方合っているでしょう」
その声で彼女が振り返ると、無表情のまま仮矢咲がさらに言い添えた。
「葛城さんがおっしゃる通り、紛れもない輪をかけたようなクズ男だということも」
火に油を注ぐような探偵の言葉に本田が吃驚したように唖然とする。
「そっ、そんな……! 止めてください!」
梯子を外された彼女が焦る表情を見せても、止めるどころか仮矢咲は我関せずといった具合で後をついて来るだけだ。
「私の仕事は葛城さんの弁護ではありません。亡き娘さんの死の真相を暴くことが最大の目的ですから」
「でも、このまま乗り込んで行ったら、警察に通報されてしまいますよ!」
「果たしてそうでしょうか?」
「……えっ?」
思わず立ち止まった本田に対し、仮矢咲は言い放った。
「流石に救いようのないクズ男でも自らメスを入れられるような間抜けな真似は、みすみすしないかと」
淡々と語られる仮矢咲の毒を含んだ物言いに本田が呆気にとられている瞬間だった。
「……あっ!」
私服姿の葛城はビルの入口をくぐった。
案の定、その身なりを見るなり大柄な警備員が彼の前に立ちはだかる。
「……どちらへ御用でしょうか?」
「社長に会わせろ! 俺は葛城祐未子の父だ! あの男に弄ばれて命を落とした大切な娘のな!」
興奮した葛城に対し、まるで取り合わないように警備員は仏頂面のまま言い放つ。
「お引き取りください」
「おお? 上等だ! 会わせるまではここを、てこでも動かねぇからな! 嫌ならとっとと呼んで来い! この木偶の坊が!」
「葛城さん!」
ガラスドアの向こうの光景を見て、本田が即座にビルの中に入ろうとした。
突然、自身の体が後方へ一気に引き戻されたのがわかった。何が起きたのかがわからず咄嗟に彼女は背後を振り返る。
「……!」
探偵の手が自身の肩に置かれている。
瞠目したままでいると、目前の彼は言った。
「今行けばすぐにあなたが喋ったことがバレますよ。彼を止めるより、直接社長に知らせてください」
そう言ってドアの向こうで取っ組み合い寸前の葛城の方を顎で差しながら言った。
「彼の思いを無にしてはいけません。あなたも、何か思う所があるからワンマン社長の名を出したんでしょ?」
心を見透かしたようなその眼差しに本田は思わず怯んで口を閉ざす。仮矢咲は話を続けた。
「この仕事をしていて一番歯痒く悲しいのは、人の思いが伝わらないまま終わっていく光景を見る事です。利益至上であるこの資本主義社会においてでさえもです。思いがないと、何も動きません。AIの台頭が世間を賑わせていますが、人間が機械と一線を画する決定的な違いです」
いきなり始まった講釈に本田は目を大きく開いて茫然としている。
「あなたが葛城さんの思いを運んで、まず、CEOを動かしてみましょう。それまで彼の背後に隠れていた思わぬ事柄が捲れてくるかもしれませんよ」
呆気にとられて閉口したままの本田に仮矢咲はやんわりと鎌をかけた。
「単なる推測を、確固たる証拠にするためにもご協力を」
彼の言葉に心を動かされたのか、本田は入口のガラスドアを開けると揉み合いをしている葛城と警備員の傍を通り抜け一階の受付カウンターへと向かった。そこに腰をかけていた女性事務員に話しかけると、即座に彼女は内線電話を手に取ったのがわかった。
仮矢咲もそれをガラス越しに見届けると、ビルの中へと足を踏み入れた。見ると葛城が両手で警備員の胸倉を掴んでいる。今にも相手の顔を殴りつけ修羅場と化しそうだ。
その脇をあたかも他人事のごとく通り抜けると、こちらに背を向けたままの本田の傍も全く気付かれないまま通過しエレベーターホールへと向かって行った。