第一の取っ掛かり人
「……一体、どういうことだ?」
画面を見つめながら葛城は動揺の声を漏らした。
澄ましたままの仮矢咲の声が返って来た。
「ある理由で、私はその存在に気づかれにくいという特徴があります」
「ある理由って……?」
「このタイミングで言う事ではないので、事件が解決した後に詳しくお話しましょう」
気になってしょうがない態で葛城が聞きなおす。
「存在に気づかれないって? 視界に入ったら流石にバレるだろ」
間を置かず仮矢咲は淀みない口調で反問した。
「ではお聞きしますが、今視界に入ってるもの全てに、あなたはいちいち反応しますか?」
葛城が咄嗟に言葉を呑み込む。
「それと同じ理屈です」
さっぱり意味がわからない様子で葛城は口を閉じたままだ。
「今論じ合う事柄はそれについてではありません。本題に戻りましょう。私は今、部署のあらゆる方向にカメラを向けています。映っている人物の中に知っている顔はいますか?」
虚を突かれたように瞬くと、葛城は我に返った。
「……そんな事、急に言われてもわからない……。あ……」
「いたようですね」
その方向にカメラを固定するように、仮矢咲は足を止めた。
控え目の茶髪でセミロング、タイトなダークスーツとパンツで身を固めた女性が見えた。
「確か、あの子、娘の同僚だったという……」
「名前は?」
「ああ……娘が亡くなった時も親身になって『何でもお手伝いしますから』と連絡先を渡してくれた……ちょっと待ってくれ……確か……」
葛城は携帯のアドレス帳をスクロールしながら、その名前を頭の奥底から必死に呼び起こそうとした。
「この人だったかなぁ……いや違う……」
目まぐるしく瞳孔を泳がせながら、指を動かしていると、
「ああ、この子だ。本田美咲。間違いない! 憶えて……!」
葛城が言い終える前に、仮矢咲はすーっと、キャビネットから資料を取り出そうとしているその女性に近寄って行った。
「本田美咲さんですね」
「はっ……!」
目の前にいる女性は驚愕した顏をこちらに向けた。
固まった表情のまま、瞬きを数回繰り返す。
「……びっくりしたぁ……」
ほっと胸を撫で下ろす姿を画面越しに見ている葛城も、ハラハラしたままだ。
そんな彼女の反応も全く気に掛けないように仮矢咲は言った。
「私、葛城祐未子さんのお父様から依頼を受けてきましたこういう者です」
俄かに出された名刺を恐る恐る受け取る。
「特別事案探偵所……?」
僅かな首肯を返すと、仮矢咲は言った。
「率直に申し上げます。彼女の死因は、自殺ではありません」
その言葉に本田の目は剥かれるように大きく開いた。
「……どういうこと?」
「端的に申し上げます。彼女は、誰かの手によって殺められた可能性が極めて高いです」
画面を見ていた葛城はそのあまりの率直さに呆気に取られている。
寝耳に水のごとく告げられた内容に、本田美咲は動揺した様子のまま口を開いた。
「でも……警察の捜査では自殺だと」
すると、ようやく周囲の社員が気づいた様子で、近づいてきた。
「本田さん? どうかしましたか?」
若いその男性社員は正義感強そうに二人の間に入り込んで来ようとした。
「……あーあーだから言わんこっちゃない」
葛城が目も当てられぬ様子で顔を抑える。怪訝に思った社員達がどんどん加勢し、さっきとは一転、思い切り注目を浴びる存在になった。
はずだった。
「大丈夫よ。鈴木君。自分の仕事に戻って」
予想外の梯子外しに一瞬目を丸くしたその若者は不服そうながらも踵を返し、こちらをちらちら見ながら向こうへと戻って行った。
それを見届けるようにした後、彼女は声を潜めて言った。
「場所を変えて話しましょう」