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魔術師ドロシー気まま旅


 いつものように僕が探索者の街『アルバム』への列車に乗り込むと、それこそいつものように車掌姿をした男が迎えてくれた。


「車掌さん、こんにちはー。今日もお願いしまーす」

「はい、こんにちは。このところ毎日来てるけど、疲れていないかい?」

「大丈夫ですよ。ほら、この通り!」


 そう言って、僕は上腕二頭筋をアピールするポーズを取る。それで何がわかるかと言われれば、特にわかることはないんだけど。

 けれど、僕が元気であるのは本当の話で、いっぱい食べて、いっぱい寝て、前日の疲労は次の日に持ち越さないをモットーに活動している。それに我が高校はただいま夏休み中。むしろ今遊ばなくていつ遊ぶというのか。


 そんな気迫を感じ取ったのか、車掌はうんうんと頷いていた。


「熱心なのは良いけど、死んじゃダメだよ。ま、それも今更か」

「はい! 肝に銘じております!」


 そろそろ説明をすると、この車掌さんはいわゆる神様というやつだ。

 何でも勇者ユーリが魔王討伐の報酬に求めた「この世界と俺の世界を行き来できるようにしてほしい」という願いを叶えるため、こうして列車の運営を行なっているらしい。


 どうして『きさらぎ駅』がモチーフなのかというと、ユウちゃんの覚えている異世界関連の話がそれだけだったからだそう。でも、ユウちゃん。『きさらぎ駅』は異世界じゃなくて異界だよ。何が違うのかって言われると、僕にもわからないんだけどね。


「そうそう。今日は君にお客さんが来てるよ」


 僕が完全に乗り込み、シュー、という音を立てて扉が閉まったとき、車掌はそう言った。


「お客さん? 僕に?」

「うん、案内してあげよう」


 そう言って、車掌は僕を車内へ招き入れた。

 見た目が蒸気機関車なこの列車だが、車内も負けず劣らずレトロな雰囲気を醸し出している。床に敷き詰められた高そうな絨毯に、白いクロスの敷かれたテーブル。そして、暖かい光が照らす木目調の車内は、さながら某オリエントを走る急行だ。もし、たくさんの人を乗せる予定があるのならば、是非ポワロさんを雇っていただきたい。


 それはそれとして、一列に並ぶ食事用テーブルの一つには、ティーセットとケーキスタンドが設置されている。そして、こちらに背を向けるよう座る女性が一人、優雅にティーカップを揺らしている。


「あの人ですか?」

「そう。君も知っている人だと思うよ」


 ふうん、誰だろう。ここに居るってことは神様だろうか。でも、僕は車掌さん以外に、神様の知り合いはいないはずなのだけど。


「ようやく来たか。遅いぞ、アリス」


 げ、その声はまさか。


 僕がゾッとした表情に変なポーズで固まっていると、その女性はカップを置いて立ち上がり、腰まで届く妖艶な黒髪を靡かせながら振り返る。そうして現れたのは、見るもの全てを魅了する美貌に、見るもの全てを凍てつかせる視線を兼ね備えた人形のような美女だった。


「し、ししょう⁉︎ なんでここに⁉︎」


 僕がオーバーに驚いて見せると、その女性はクックックと華やかな笑顔を見せる。

 彼女の名前はドロシー。次元魔術の開祖にして、最高到達点。『ファンタジア』において『五人の魔女』と恐れられる魔法使いのうちの一人。そして、僕の魔術の師匠である。

 どうして、こんなに凄い人が僕の師匠なんかやってくれているのかというと、単に異世界人というのが珍しかったからだそうな。


「なんだ、私がここに居たら何か問題があるのか?」

「いやいや問題でしょ! ここは天界みたいなものじゃないですか。え? 何? もしかして師匠、ついにお亡くなりに――」

「そんなことを言ったら、お前はこれまでに何度死んだことになるんだ?」

「そ、それはそうですけど⋯⋯」


 そこで僕はあるものを思い出し、ウエストポーチをガサゴソと漁って一枚のカードを取り出す。そして、それを自慢気な態度で師匠の前に差し出した。


「これが見えますか、師匠」

「ふん、それは⋯⋯⋯⋯お前の名前とステータスが書いてあるな」


 そう、これは異世界ものでよく見るステータスカードである。僕が初めてこの列車に乗った時に、乗車券みたいなものだからと車掌さんに渡されたカードでもある。


「車掌さんはこれを『乗車券』と言いました。つまり、これを持っていない師匠は無賃乗車をしているということです!」


 僕がそう大胆に言い切ると、師匠は少し考えるフリをして、いつの間にかひっそりと消えていた車掌を呼び出した。


「おい、ルクス。その『乗車券』とやらを私にも寄越せ」

「それは困るなあ。彼に渡したのは魔王討伐報酬の一部だからね。寄越せと言われたからと言って、ホイホイと渡せるものじゃないんだよ」

「ならば、クエストを出せ。私が討伐でも採集でも、何でも協力してやる」


 ああ、この人神様に対してもこんな態度なんだ。でも、ゆうちゃんには申し訳ないけど、師匠なら魔王だろうと楽々討伐してきそう。そう思えるのは師匠の強さを目の当たりにしているのもあるけど、魔王とやらを直接見たことないからというが大きい。幼馴染に聞いても、大変だったなあ、しか言ってくれないしね。


 それはそれとして、車掌さんの答えは肯定だった。


「うん。まあ、それでいいか。――――はい」


 そう言うと車掌の手に光が集まり、僕の同じ大きさのステータスカードが現れた。差し出されたそれを師匠が受け取ろうとした時、車掌さんは付け加える。


「けど、残念ながら君に任せなければならないような仕事は、今のところないんだ。だから、権利として預かっておくことになる。それでも良い?」

「了承しよう。つまらない仕事は私も本意じゃないしな」


 ああ、何ということだろう。この列車の『乗車券』は師匠へと渡ってしまった。つまり、その気になれば僕の家まで来れるようになったってことじゃないですか。今まで色々な理由をつけて師匠から逃げてきたというのに、ついにチェックメイトってことですか?


「というわけで、これからよろしくな――アリス」

「⋯⋯はい」


 観念したような声で返事をする僕に、師匠はいたずらな笑みを浮かべると、席について優雅なティータイムに戻るのだった。



§



 一見優雅な乗車体験を経て、『ファンタジア』の地に降り立った僕と師匠は、探索者の街『アルバム』の城壁の外、郊外の草原にやってきた。

 何のためにって? 師匠と弟子が揃ったなら、やることはこれ以上ないほど決まりきっているのだ。


「さて、今日は天気も良し、絶好の修行日和だな」

「⋯⋯はい、そうですね⋯⋯」

「何だ、元気がないじゃないか。一月ぶりの修行だぞ、もっと楽しそうにしたらどうだ?」

「死にそうな目に遭わないのであれば、考えておきます」


 ふん、と師匠は逡巡し、何かを思いついた表情を見せる。この口角の上がる感じ、きっとロクなことを考えていないときの顔である。

 何をするつもりだと身構えていると、師匠は空へ手を翳し、それと同時に無詠唱で魔術を起動する。手のひらに集められた周囲のマナは空中で魔法陣を形作る。


「ふん。まずは元気を出して貰うために、準備運動でもしようか」

「えっ⋯⋯っと⋯⋯それはどういう⋯⋯?」

「そんなに怯えんでも大丈夫だ。ちょっとモンスターを相手にして貰うだけだから」


 師匠の言葉と共に、魔法陣を中心として、ガラスを割ったように何もない空が裂ける。その奥には光すら迷い込むと出られない暗闇が広がっていた。師匠はその暗闇の一瞥すると、膝を折り曲げて跳躍し、中へと飛び込んでいく。


「ちょっとだけそこで待っていろ」

「――はい!」


 僕は師匠の帰りを敬礼のままで待つ。

 すると、数分経たず、天の大穴から身震いするほどの獣声が聞こえてくる。同時に空から巨大な狼が降り落ちてくる。そして、暗闇の中から魔術師が帰還し、亀裂が徐々に塞がって元のパステルブルーへ戻っていった。


「⋯⋯⋯⋯師匠⋯⋯もしかしてこれと戦うんじゃないでしょうね」

「そうに決まっているだろう。それ以外に何があると言うんだ?」

「だって! ありえないほど真っ黒だし! 牙長すぎるし! なんか瘴気纏ってるし! 明らかに人間が敵対していい相手じゃないんですけど‼︎」

「それはアートルムでお山の大将やっているやつを持ってきたからな。瘴気くらい纏っているさ。でも、今のお前ならばうまく立ち回れば大丈夫だ」

「アートルムって魔王領だったところじゃん! そのお山エベレストなんだけど! 何を根拠にしたら大丈夫になるんですか⁉︎」

「さっき自分でステータスを見せてくれたじゃないか。それより良いのか? 口を動かす前に戦闘体制に入らなくて」


 ああもう! やってやる!

 僕は心の中で喝を入れ、気を引き締める。

 それと同時に、腰に下げられた剣を抜き、強化の魔術を掛ける。


「――――《打ち直し(セブンス)》」


 師匠曰く、魔術とは空間に満ちる魔力(マナ)を使い、世界の法則を利用する術のことを言うらしい。もっと簡単に言うのならば、異世界版科学技術である。向こうの世界では物を燃やしたり、水車を回したりして取り出していたエネルギーを、こちらの世界ではマナと呼ばれる不思議エネルギーで代替しているのだ。そして、そのマナを様々な形に落とし込むのが、魔術である。


 ついでに、魔法との違いは何かというと、体内に保有するマナを使用して、神々からもたらされた祝福の沿った能力を発揮するという点である。つまるところ、魔法というのは神の権能を借り受けるものとも言える。


 何が言いたいかというと、マナを持っていなくても使用できる魔術は異世界人マストテクノロジーだ。その代わり脳のリソースを消費するので、マルチタスクできる人向け。実際、僕も最高で三個までしか一度に使用できない。それ以上使おうとすると戦闘に支障を来たしてしまう。


「だから、使用できる魔術は後二つ⋯⋯」


 けれど、僕の準備が整うのなんて待ってくれるはずもなく、すでに漆黒の狼は僕を獲物に定め疾走していた。


「――早い!」


 直線距離にして百メートルは離れていたというのに、一秒と経たず目前まで迫られる。獲物を喰い千切らんとする牙を、僕は間一髪で受ける。剣を強化していなかったら、この時点で死んでいた。本当に危ない。


 しかし、レベル24の動体視力を以てしても、ギリギリ捉えられるかどうか。集中しろ、有栖万希。全神経を注がなければ、お前は死ぬ。


「――いま! 《高速移動(サード)》!」


 一度距離を取り、再び襲来する狼牙。

 僕はその瞬間、脚に魔術を掛けることで紙一重の回避を成功させ、さらには反撃に腹へ剣を差し込む。

 そして、ダメ押しとばかりに、手のひらに作った攻撃の魔術を叩き込む。


「――《魔力弾(シックス)》!」


 ゼロ距離で放った手のひらサイズの魔弾は、剣の刺し傷から狼の体内へ侵入し破裂。魔物の急所である魔石を破壊するに至る。

 漆黒の獣は数秒のたうち回った後、糸が切れたように倒れ込み、最後には灰となって消滅していった。


「し、しぬかと思った⋯⋯」

「ふん、やるじゃないか。もう少し苦戦するかと思ったが、案外戦闘のセンスは良いのかもしれん」

「僕だって、やるときは、やるんですよ」


 緊張が途切れたのか、身体中からドッと汗が吹き出しその場にへたり込む。そこに師匠がやってきて、子供を褒めるように頭を撫でてくれる。こういうところは理想の師匠なんだけどなあ、と思ってから気付く。怖くないとばかりにあやしているけれど、怖い思いをさせたのは師匠である。なんて酷いマッチポンプだろう。


「そうだなあ。今日教える魔術はこれにしよう」


 師匠はそう呟くと、手のひらへマナを集約させる。作り出したのは、魔力弾だった。


「師匠、それはもう教えて貰いましたよ?」

「まあ、良いから見ていろ」


 師匠は生成したそれを真上に放出する。

 放たれたそれは銃弾の如き速さで天に昇り、やがて失速して落下し始めた。

 そして、それはもちろん真下にいる師匠目掛けて。


 僕は危ない、と口にしようとしたとき、それは顕現した。


「――《障壁(ひらけ)》」


 それは一言で言えば、魔力で出来た盾だった。

 魔法陣が幾重にも折り重なったような幾何学模様が空に投影され、それは重力を以て加速した魔弾を最も容易く受け止めたのである。


「師匠! それって――」

「見てもらった通り、守りの魔術だ」

「待ってました!」


 僕は大喜びで拍手喝采を師匠に送る。


 ついに僕も防御の手段を手に入れるときがきましたか。臆病者三ヶ条のうちの二つ目、殻に籠る。僕がどれほど待ち侘びたことか。ちなみに一つ目が逃げ足で、三つ目が危険察知である。


「攻撃手段は充実してきたし、お前自身も使いこなせているようだからな。戦闘の幅を広げるには、やはり防御の術も覚えておいた方が良いだろう」

「そうですよ。それがあればどれほど気が楽か。もうワイバーンのブレスを死ぬ気で避けなくて良いんだあ⋯⋯」


 そんな風に僕が感動していると、師匠は周囲の空間に魔弾を生成し始めた。そして、それは一つまた一つと増えていく。


「あれ、師匠? それはなんですか?」

「これか? これは魔弾だな」

「どうしてそんなものを?」

「決まっているだろう。お前が今の魔術を覚えるまで叩き込むためだ」


 つまり、修行はこれからというわけですか。結構さっきの狼でお腹いっぱいなんですけど⋯⋯。


「何を言っているんだ。さっきのはただの準備運動。本番はこれからだとも」

「いやだー! まだ死にたくない!」

「それなら早く魔術を習得するんだな。ほら、いくぞ?」

「――――ぎゃああぁぁぁ」


 そうして、夜までボコボコにされた僕は、どうにか新しい魔術を習得することが出来たのだった。

 流石の僕も次の日はダンジョン探索へ出向かなかった。


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