ダンジョンはオカルトとともに。
「というわけで、今日は七不思議の調査に行きます」
今日もいつもと変わらずダンジョンへやってきた僕は十五層の入り口で、収録カメラでも存在するかのように虚空へ向けて宣言した。
こういうのは雰囲気が大切なのだ。決して僕が残念な子なわけではない。
「調査隊はリーダーである僕、有栖万希と――」
そう言って僕はマイクを持つ振りをしながら、仮想のカメラに同行者を紹介する。
何と言っても、今回は特別ゲストが二人もいるのだった。
一人は手足がスラリと長い高身長のイケメンである。髪こそ黒いが金髪にしようものなら、瞬く間にクラスの人気者間違いなしだ。
「カメラどこ? こっち? あ、如月結李でーす。よろしくお願いしまーす」
こちらのノリに合わせて、如月結李ことユウちゃんは笑顔で挨拶してくれた。今も虚空へ向けて手を振っている。
いやあこの世界にはテレビとかないからね。このノリを理解してくれるのはありがたい。流石は小学校に入学する前から一緒に遊んできた幼馴染だけあって、ナイス以心伝心である。
そして、もう一人のゲストはというと。
「⋯⋯私はやらないわよ、それ」
探索者用に動きやすく改良されたローブドレスに、背中くらいまで伸びた薄赤のツインテールが特徴的である同年代と比べると少し小柄な女の子は、ツンとした様子でそう宣言した。
「えーー、それじゃあ視聴者に君の魅力が伝わらなくなっちゃうよ?」
「誰なのよ。その『視聴者』っていうのは」
「いやあ、そんな人はいないんだけどさ⋯⋯」
「じゃあ余計にやる必要ないじゃない」
痛いところを突かれるとは、まさしくこのことである。もはや僕の口からは、ぐぬぬっという音しか出てこない。
よし、こうなったら奥の手だ。頼む! 我が幼馴染よ!
そう心の中で念じながら、僕は幼馴染へ目配せする。
それを受け取ったのか、仕方ないなあ、という顔で彼はツインテールの少女へ言葉をかけた。
「まあまあ良いじゃない。自己紹介くらいしてあげて、エリス」
エリスと呼ばれた少女は少しだけ頬を桜色に染めながら、そっぽを向いて挨拶した。
「⋯⋯⋯⋯エリス・フォリアム・スピーネルよ。⋯⋯これで満足?」
というわけで、ユウちゃんのパーティーメンバーにして、ローセム国の王女であるエリスさんが、今回の調査隊に加わってくれました。
パチパチ、と僕とユウちゃんは手を叩いて歓迎する。
「それ、腹が立つからやめてくれる?」
どうやらお気に召さなかったらしい。
それはそれとして、調査隊のメンバー紹介も終わったし、早速出発するとしよう。
僕は再びエアマイクを持って宣言する。
「今回はこのメンバーでダンジョンの七不思議の一つを調査したいと思います。それではレッツゴー!」
「おー!」
「⋯⋯はあ。まだこの茶番は続くのね」
意気揚々とダンジョンを邁進する僕たちの後ろを、薄赤色の髪の少女は頭を抱えながらついていくのであった。
§
現在位置はダンジョン五階層、『隼の渓谷』。
このエリアは複数の渓谷が重なり合った危険地帯で、ギルドによると一番浅いところでも三階建ての建物くらいの高さは落ちるらしい。生息する魔物はマッハファルコンというただ速いだけの鳥で、人間を襲わないという何とも魔物らしくない特徴を持っていたりする。そのため、落下にさえ気をつければ、ただ本当にお散歩するだけのエリアとなっている。
「いまさらこんな場所に来て何があるっていうのよ」
「ふっふっふ、ここにはですね。ダンジョン七不思議の一つ、『亡霊の声を聞く谷』というのがあるんですよ」
「何それー。どんな話なの?」
聞かれたのならば答えてあげましょう。
それはとある駆け出しの探索者が、六層の『翡翠の草原』で薬草採集をした帰り道に、『隼の渓谷』を訪れた時の話。
外ではもう日が暮れた後で、ダンジョン内の人影も少なくなる頃、その探索者は一人渓谷を歩いていた。
断崖だらけのここは常に前方を確認しなければ、空中に身を投げ出す可能性のある危険な場所で、走って帰るなんてもってのほか。
どれだけ早く地上へ帰りたくとも、慎重に歩みを進める必要があった。
彼もそんなことは百も承知で、ゆっくり慎重に歩いていたのだが、やがてどこからか声が聞こえてくるのである。
しかし、辺りを見渡しても人の姿は見つからない。
不気味に思って、出来るだけ早くで帰ろうと歩を進めるも、その声はだんだん大きくはっきりと聞こえてくる。
最初は何を言っているのか判別できなかった声が、しっかりとした意味を持って鼓膜に届いた。それは――――
「⋯⋯まだ⋯⋯⋯⋯死にたく⋯⋯ない⋯⋯――――ってね」
「⋯⋯⋯⋯」
「ふうん、初めて聞いたよ」
「いや、ふうんって。これでもちょっと怖がらせようと頑張ったのに⋯⋯」
「まあマキが話す怪談って、あんまり怖くないんだよね」
なんか悲しい。やっぱり僕ではプロの怪談師のようには語れないか。
正直に言って僕は、オカルトは好きでも怪談はそこまで得意じゃないので、怪談の落とし方を詳しく知らないのだ。メリーさんくらいわかりやすければ簡単なのだが、今回はただ声が聞こえてくるだけなので、オチとしては少し弱い。
こういう系の話でも怖く話せる噺家の方には、尊敬の念を抱かざるを得ない。
「それで? その子はその後どうなったの?」
「ちゃんと受付まで帰ってきて、担当の人に報告してたよ。で、それをたまたま横で受付してた僕が聞いたというわけなのです」
「それっていつ?」
「昨日だよ」
ユウちゃんはそれを聞くと逡巡し、こう口にした。
「それじゃあエリスが来てくれたのは幸運だったかもね」
「どういうこと?」
「ううん、何でもない」
エリスはその格好の通り魔法使いである。
もしかして、彼女の使う魔法には悪霊退散なんてのもあるのだろうか。いやでも、そういうのは光属性なので、どちらかと言えばユウちゃんの領分のような。
僕は頭にハテナを浮かべながら件の少女へ目をやると、彼女は俯いたまま無言で幼馴染の裾をつまんでいる。
その二人の姿はまるでお化け屋敷に入る前のカップルである。
「あのーもしかして――」
「⋯⋯⋯⋯じゃないから」
「は、はい?」
「だから――――怖かったわけじゃないから!」
いや、僕まだ何も言ってないじゃん。それは一周回って白状したようなものだよ?
それはそれとして、久しぶりに自分の語りで身体を震わせている人を見ると、何だか嬉しいものがある。
そんなことを考えていたからか、僕は自然と頬が緩んでいたらしい。
僕のニヤニヤとした表情を見て、エリスはどこからともなく取り出した何かを投げつけてくる。
「――よっと。何これ? 花びら?」
僕の顔面へ向けて放たれたそれを華麗に受け止めて確認すると、それは薔薇の花だった。
きっと僕への配慮で当たっても怪我をしないものを生成してくれたのだろう。普段はツンとしていても根は優しいのである。
「あら、別に私はコチラでも構わないのよ?」
どうやら心を読まれたのか、その手にはナイフが握られていた。
「流石に冗談、ですよね⋯⋯」
「そう思うなら、試してみる?」
あ、これはやばい。本気の顔をしている。
「い、いや流石にそれは洒落にならないっていうか。ゴメンナサイ!」
「そう。なら、今すぐその顔をやめなさい」
「イ、イエス・マム!」
それまでの怖がりようは何処へ行ったのか。むしろ、僕の方が怖い思いをするとは思わなかった。
まだ目的地に辿り着いたわけでもないのに、変な汗をかいてしまった。
「それじゃあ気を取り直して、噂を⋯⋯⋯⋯ってあれ? なんか聞こえない?」
さっきまでは話すことに夢中で気付かなかったけど、遠くでうっすら人の声みたいなものが。
僕がそう言うと、エリスは気付いていないのか、冗談はやめなさいと諭してくる。
「もう良いわよ。そういうの」
「いや、冗談じゃなくて⋯⋯こっちからな気がする」
「うん、確かに聞こえるね。でも、これは⋯⋯」
僕とユウちゃんはお互いの顔を見合わせる。
そして、声のする方角へと歩き出した。
「あ、ちょっと! 待って、一人にしないで!」
もう何なのよ、と言いながら、エリスは訳もわからずに後をついてくる。
その様は親鳥の後ろを歩く雛である。
そうして、ついにエリスにもそれが聞こえ出した頃には、はっきりと意味のある言葉として、僕たちの耳へ届いていた。
――――おぉーーい!! 誰かぁーーーー!!!! 助けてくれーーーー!!!!
「ちょっとこれ、亡霊の声なんかじゃなくて――」
「うん、完全に救助要請だね」
「これは渓谷の下からかな? 谷に落ちて何とか生き残ったけど、登ってくる手段がないってところだと思うよ」
きっとその予想は当たりだ。
この渓谷は浅いところでも三階建ての建物くらいは落ちると言ったけど、レベルが二十四ある僕ならば余裕で生き残ることができる。それでも、ここは五階層、つまりレベル五が適正と言われるこの場所では、生き残るものなど滅多にいないのだろう。
だからこそ、亡霊なんて言われてしまうに至ったわけだ。
「さて、どうやって助け出そうか」
僕がそう口にすると、ユウちゃんはエリスに何やら指示を出していた。
「エリス、下までの階段作れる?」
「それくらいなら問題ありませんわ」
すると、エリスの手に指揮棒ほどの長さの棒が現れる。
そして、それを彼女が振ると、断崖絶壁だった渓谷に蛇のようにとぐろを巻く樹木が顕現する。
なるほど、彼女の魔法は妖精魔法。本来は対象とした生物に実体のない幻を見せる魔法だが、その究極系には現実世界を騙し質量を持った物質を作り出せるものもあると聞く。
その現代における担い手こそ、目前の少女、エリス・フォリアム・スピーネルなのだ。
僕は出来上がった即席の螺旋階段を見て、すげー、っと眺めていた。
そして、作り出したエリス自身も満足気に頷いていた。
「うん、こんなものかしら」
「バッチリだよ。やっぱりいつ見ても凄いね、エリスの魔法は」
「そ、そうかしら⋯⋯」
褒められることに慣れていないのか、エリスは俯いてモジモジとしていたが、それもすぐに終わり、いつもの態度で号令をかける。
「ほら、早く行きましょ? これ半刻も保たないんだから」
それだけ保てれば十分だと思うのは、きっと僕だけじゃないと思う。
そうして、僕たちは渓谷に出来た螺旋階段を降りていく。
当初、七不思議調査隊だったはずの僕たちは、こうしてダンジョン救助隊にクラスチェンジを遂げたのだった。