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ダンジョンで出会ってしまったらどうすれば良いのだろうか


 今、僕の目の前には気持ちよさそうに大の字で寝ている女の子がいる。

 歳は僕と同じ高校生くらい。透き通るような水色の髪を三つ編みにして下げている。そして、何より超絶美人。


 いや、別に話が冒頭に戻ったわけでも、時間が遡ったわけでもない。

 もはやデジャヴを疑うくらい綺麗に、昨日と全く同じ状況である。これには流石の僕も困惑だ。


「⋯⋯⋯⋯うにゃ⋯⋯んん⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


 前回はおそらく魔力切れでぶっ倒れていたと思われる少女であったが、今回はどこからどう見てもお昼寝である。

 それこそ演技なのでは? と感じるほどにぐっすりであるが、こんなダンジョンで狸寝入りする理由なんて見当もつかないので、本当に眠っているのだろう。


 辺りを軽く見渡してみたけれど、残虐非道樹木トレントの気配は感じられない。あちこちに魔物が死んだ時の黒灰が落ちているので、おそらく根こそぎ伐採してからこうしているのだろう。

 そうまでしてこんな場所で睡眠を取るなんて、異世界には変わった人もいるもんだなあ、と感心してしまうけど、よく考えたらそれは日本においても同じである。

 フグから毒を取り除いてまで食べようとする日本人の食に対する探究心は、僕からしても脱帽だ。まあ、おかげで美味しくフグが食べられるのだから文句のつけようもない。アイラブジャパニーズソウル。


「でも、どうしよう。放っておいても大丈夫そう?」


 何せ趣味で日向ぼっこに興じているのである。僕が起こして水を差すのも違うだろう。

 ならば、僕に出来ることは一つだけ。


「なるべく静かにこの場を去る。うん、これに尽きるね」


 そおっとそおっと。抜き足差し足忍び足。

 起こさないように努力はするけど、寝返りを打ったところを踏んじゃったりしても僕のせいにはしないでね。

 迂回ルートのない一本道に、大の字で寝転がっている方が悪いんだからね。


 そう心の中で言い訳しながら、もはやつま先立ちにも近い姿勢で少女の真横を通り過ぎる。

 何事もなく通り過ぎたことに安堵して、さて今日はどこまで行こうかななんて考えていると、背後から鈴を転がしたような声がした。


「⋯⋯⋯⋯見つけた」

「――へ?」


 徐に振り返ると、そこには蛇のようにうねる水流が顕現していた。

 それは僕の身体を締め付けるようにグルグルと巻きついて、苦しくはないけれど身動きが取れなくなる。

 何が起きたのか理解できず目を回していると、つい先程まで大の字で寝入っていた彼女がゆっくりと上半身を起こしていた。


「ふっふっふっ、観念しなさい!」

「は、はい⁉︎」

「とぼけても無駄よ! あなたが犯人なのはもうわかってるんだから!」

「何の話⁉︎ アイムノーギルティ! アイムイノセント!」


 心当たりがなさすぎるんですけど!

 あるとすれば、やはり女の子の寝顔を見てしまったことだろうか。確かにそれは申し訳ないと思ってるけど、ここまでする必要はないんじゃないですかねえ。


 そうして思考を巡らせていると、少女は僕の前に仁王立ちして、人差し指を突き出してきた。


「大人しく盗んだものを返しなさい! そうすれば今回だけは見逃してあげるわ!」


 うん、何かを勘違いしていることが確定しました。

 僕は誓って何かを盗んだりなんかしていないし、そもそも悪事を働けるような図太さは持ち合わせていない。

 何処に行こうと僕は小市民なのである。自分で言ってて少し悲しくなってきた。


「あ、あのー多分勘違いっていうか⋯⋯。身に覚えがないっていうか⋯⋯」

「そんなはずないわ。昨日ここで起きた時、確かにあなたの後ろ姿を見たんだから!」

「いやあ、だからって窃盗犯にするのはどうなんですかねえ⋯⋯」

「うっ、痛いところを突くわね」


 もしかしてこの人、確信がある振りをしてただ僕にカマをかけただけなんじゃ。

 あの時見られていたのは本当のことで、とりあえず脅したら白状するだろうとか、そんなことを思ってたんじゃなかろうか。

 もし僕が犯人だったらきっと白状していたので、あながちパワープレイとも言い切れないラインだ。


「そっちがそのつもりなら、私にも考えがあるわ!」

「えっ! ちょっとその蛇の頭みたいなの、どうするつもりですかね⁉︎」

「もちろん今から君の口にねじ込むわ! 溺れて苦しい思いをしたくなかったら白状することね!」

「だから、白状するも何も僕はやってない! ――ひぃ! 近づけないでー!」


 ゆっくりと迫ってくる水蛇は大きく口を開けて、その牙を見せている。

 まるで拷問のように段々と身体を這い上がってくるそれに、僕の精神がゴリゴリと削られていくのを感じる。何というか、SAN値がスリップダメージのように減っていく感じ。


 そうして、蛇の口が僕の口と鼻を覆った瞬間、綺麗さっぱり消え去った。


「もう良いわ。本当にあなたじゃないのね。怖い思いをさせてごめんなさい」

「はあっ――死ぬかと思った」


 僕はその場にへたり込んで、大きく深呼吸をする。

 少女はというと、さっきまでの勝気な印象とは打って変わって、淑女のように清楚な振る舞いで謝りを入れている。

 それこそ二重人格を疑うレベルの豹変に、僕は驚きで言葉が出ない。

 しかし、それを勘違いした彼女は僕の身体を揺らし、生死の確認をしてくる。


「あれ、大丈夫? もしかして死んじゃった? もしもーし! 返事してよお!」

「大丈夫です大丈夫です死んでません生きてます!」

「うわぁ! びっくりした! 急に捲し立てないでよね!」


 そう言って彼女は僕を突き飛ばしてしまう。

 うん、何という理不尽。もうおうちにかえりたい。


「お願い、まだ帰らないで!」


 僕がそれじゃ、と踵を返すと彼女は腕を掴んで引き留める。


「何です? まだ僕に用事あります?」

「えっとその⋯⋯こんなことしておいてアレなんだけど⋯⋯」

「⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯手伝って、くれない?」


 てへぺろ! と効果音が入りそうなほどの姿は、流石にあざとさマックスだった。


§


 アルバムという街は元々、ダンジョン攻略のために集まった冒険者たちがダンジョンの入り口で野宿をしていたのが始まりとされている。『アルバム』とは元を辿ればダンジョンの名前であったが、それがいつの間にか街の名前へ拡張されたらしい。

 聞けば攻略が始まって数百年ほど経つらしいので、街ができるのも納得である。


 そんなダンジョン『アルバム』であるが、現在のところ七十層までしか探索が進んでいない。

 というのも、とにかく広いのである。どれだけ広いかというと、一層に都市一つ分くらいのエリアが、三つから四つほど広がっているのである。例えば、先程までいた二十四層は、『トレントの森』『夕焼けの墓丘』『雪獣の山脈』の三つからなっていたりする。

 ちなみにエリアと言っているのは、これらの領域がパッチワークのようになっていて、境界線を越えた瞬間に環境が激変するからである。


 ダンジョンの説明はこのくらいにして、今僕たちがどこにいるのかというと、一層下に降りた二十五階層だった。


「⋯⋯ねえ、さっきの話って本当なの?」

「話自体は本当だよ。だとしても、アイツが犯人かどうかは行ってみないとわからないけどね」


 彼女の話では、昨日魔力切れで気絶して目を覚ますと、大事なペンダントがなくなっていたのだそう。目を覚ましたとき怪しい人影を見たから、てっきり犯人だと思ってその姿を覚えていたのだとか。

 紛らわしいことしてごめんなさい。ただ文句つけられる前に逃げようと思っただけなんです。


 そんなことはさておき、僕には心当たりがあった。

 その心当たりを話すと、彼女は僕の手を強引に引っ張って、次の階層へ走り出したのである。


 そうして、今に至るというわけだった。

 どうして階層を降りたかというと、宝石を盗みそうなモンスターがこの階層にはいるからである。

 ダンジョンにはモンスターが出入りできる竪穴がいくつもあって、時々階層を超えてモンスターがやってくるのだ。


「そろそろ縄張りに入るはずだから注意してね」

「わかったわ」


 僕が警戒を促すと、彼女は懐から白く細長い棒のようなものを取り出した。

 軽戦士のような格好をしていながら彼女は帯剣しておらず、魔法を主体とする戦い方をするのだろう。魔法戦士、カッコいい。

 対して僕はというと、いつ戦闘しても良いように、切れ味を良くする魔術を片手剣にかけておく。

 魔法と魔術の違いについては面倒くさいのでまた今度。


 そうして、注意深く歩いていると、どこからともなくゴロゴロとした音が聞こえてくる。

 これこそ目標生物の鳴き声で、これが聞こえてくると言うことは、縄張りに侵入したという証だった。

 その生物の名をロックバード。

 体表を羽毛のかわりに鉱石で埋め尽くし、外敵が現れるとその翼から礫を飛ばして攻撃する鷲くらいの大きさの鳥である。


「あ、見てあそこ。飛んでるよ!」

「本当だ。じゃあすぐ近くに⋯⋯⋯⋯」

「あった! あれが巣じゃない?」


 そう言って、彼女は指を差す。

 その人差し指の先を見ると、何やら鉱石や宝石、はたまた鉄製の防具といったとにかく硬そうなものを寄せ集めた何かがあった。

 普通の鳥が木の枝を集めて巣を作るように、ロックバードは鉱石や金属などを集めて巣作りをするのである。

 そして、その中には探索者から奪い取った宝石なんかもあったりして。


「――――あった! 私のペンダント!」

「それは良かったよ」

「うおぉーー返せー! 私のペンダントー!」

「突っ込むと危険だよ! って聞いてないし⋯⋯」


 少女はペンダントを視認するや否や、一目散に駆け出して行ってしまった。

 そんなことをすると、どうなるのかなんて目に見えていて。


――――ゴロゴロ、ガラガラガラ

 四方八方からそんな音。

 瞬間、無数の石礫が少女を襲う。

 けれど、彼女が足を止めることはなかった。かわりに彼女は杖を振るう。


 分厚い水の膜のようなものが、彼女の周囲を覆うように出現する。

 去来する礫は全て、その膜に阻まれて勢いを失い、地面へ落下したのだった。


 そして、今度は少女が反撃する。


「邪魔するなら容赦しないわよ! 『水よ、断ち切れ(アクアグラディウス)』」


「うわぁ⋯⋯」


 それは思わず引いてしまうほどの光景だった。

 礫が効かないならと、体当たりを敢行する鳥達に、少女は杖の先から細長い水流を放ち、剣でも振るうかのようにぶつける。

 すると、驚くほど綺麗さっぱり切断されたのだった。

 一工程(ワンアクション)で出して良い威力じゃないでしょうそれ。ってか、ウォータージェットってそんなに便利な刃物だっけ? やっぱり魔法は不思議だなあ。

 次々と真っ二つになっていく哀れなチキン達には同情を禁じ得ないが、人のものを盗んだ報いと思って大人しく成仏してほしい。


 そうして、ひとしきり殲滅が済んだところで、少女は巣からペンダントを取り返すことに成功した。


「これにて任務完了ね!」

「あ、うん、そうだねー」


 今の僕の脳内には、恐ろしや水属性魔法、ということしかない。

 もし何か間違ってあの魔法が僕に向けられていたら、命乞いする暇もなく胴体泣き別れである。

 ああ、恐ろしや異世界のギャル。


「ねえ、これって――」


 声をかけられてようやく現実に戻ってきた僕は、呼ばれるままに歩いていくと、そこにはあるものが二つ置いてあった。


「これは――卵?」

「やっぱりそうだよね! これは高く買い取ってもらえるのかな?」

「そのはずだよ。卵は運搬が大変だから貴重なんじゃなかったかな? それにロックバードの卵は確か、中に宝石が入ってるんだよね」

「へえー、君って何でも知ってるのね」


 自分の向かう階層のことはしっかりと調べたから潜るのが、僕のポリシーなのだ。

 未知との遭遇がロマンだろって? ロマンじゃ命は救えないのだよ。そういうのは幼馴染の領分と小さい頃から決まっている。


「それじゃあ帰ろっか!」


 少女はホクホク顔でそういうと、卵を抱えて帰路につく。

 どうやら流石の彼女も、走って帰る元気はなかったみたいだった。


§


 結果的に言うと、今日の探索は美味しかった。

 元々トレントを狩って経験値を貯めるだけのつもりだったのが、ロックバードの素材と卵の買取額を折半することになったので、十分な成果となった。ロックバードに関しては僕自身何も戦闘に貢献していないので譲ろうとしたのだが、最初に失礼なことをした謝罪と見つけてくれたお礼で、分けてくれることになった。


 受付を終えた少女がギルドから出てくると、それを待っていた僕の元へ駆け寄ってくる。


「まだ居て良かったあ。はい――これが報酬金ね」

「本当にいいの? 僕何もしてないよ」

「いいのいいの! 迷惑かけちゃったから、本当は全部あげたいくらい」

「それは流石に貰いすぎだから、これくらいにしておくね」


 そう言って、僕は彼女の手から硬貨の入った袋を受け取る。

 すると、彼女は改まって僕に尋ねる。


「私の名前はロゼ! 今更だけど君の名前を聞いてもいい?」


 初対面が寝顔からの脅迫だったので、本当に忘れていた。

 でも、こうして改まって自己紹介するのも、何だか気恥ずかしいものがある。


「僕の名前はアリス・マキ。あ、マキが名前でアリスが姓ね」

「そう。じゃあ、マキって呼ぶね。そっちもロゼって呼んで!」


 そう言うと、今度はお転婆な雰囲気が一転して、気品のある貞淑な印象を纏い始める。

 それはきっと彼女が、きちんとした佇まいになったからだろう。


「今日はありがとうございました。この恩は必ずどこかで返します」

「いや、そんな畏まらなくてもいいですよ。大したことはしてないので」


 僕も釣られて敬語になってしまった。

 彼女が襟を正すと、どうしても厳粛な空気になってしまうのが、彼女の不思議なところである。


 僕が畏まらなくていいと言ったのを聞いて、ロゼはそれまでの明るい笑顔を取り戻す。


「それじゃあまた何処かで会いましょう! マキ!」

「うん、またどこかで」


 そうお互いに別れの挨拶をして、この日は帰路につくのだった。


 こういう一期一会も、ダンジョン探索の醍醐味である。

 たまにはこういう人助けも良いかもしれない、と思った一日だった。


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