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きさらぎ駅に行ったら異世界だった件


 今、僕の目の前には気持ちよさそうに大の字で寝ている女の子がいる。

 歳は僕と同じ高校生くらい。透き通るような水色の髪を三つ編みにして下げている。そして、何より超絶美人。


 常尋常ならそっと見なかったことにしておくけど、場所が場所だけにこのまま放置しておくのは寝覚めが悪い。

 何せここはダンジョン『アルバム』二十四階層、通称『トレントの森』だ。こんなところで身を投げ出そうものならば、何処からともなく歩く木々たちがやってきて、あっという間に養分にされてしまう。

 この前ここを通りかかった時に、木の枝に巻き取られて骨と皮だけになった小鳥が数匹落ちてて、流石に肝が冷える思いだったよ。

 でも、植物が動いたら、もうそれは動物なのではなかろうか。もしかして、綿毛みたいに自然の力を利用して動いてるとか?

 いや、でも根っこ振り回して鬼の形相で走ってくるし、ないない。


 そんなことより、今は目の前のことに集中すべきである。

 やはりここは勇気を出して声をかけるべきか?

 でも、女の子の寝顔って無断で見ると犯罪なんじゃなかったっけ?

 いやでも、見殺しにするわけにはいかないし⋯⋯。


「⋯⋯んっ⋯⋯はあぁ⋯⋯ん? ここ、何処⋯⋯?」

「⋯⋯!」


 どうやら僕がうだうだ悩んでいる間に目を覚ましたようである。

 それなら、僕はお役御免だ。見つからないようにさっさと退散しよう。まあ、何の役にも立ってないんだけどね。


§


 ここは地球とは異なる世界『ファンタジア』の一国『アルバム』。

 西洋で言う中世から近世くらいの街並みが続く、いわゆるファンタジー世界だ。

 住人は少しだけ厳ついのが多いけど、それはご愛嬌。何故ならここは異世界ものでよくある冒険者たちの街なのだから。

 ちなみに僕の初見の印象は、オ◯リオだ! である。マジでダンジョンに出会いを求めそう。


「今日も賑わってるなあ⋯⋯」


 夕方の大通りは屋台やら酒場の客引きやらで大賑わいを見せている。

 この時間はちょうど、ダンジョン帰りの探索者が報酬を携えて街に降りてくる頃だった。


 そんな彼らの冒険譚を耳にし、異国情緒ならぬ異世界情緒を肌で感じながら、僕はそそくさと大通りを歩いていく。

 この街へ気軽に遊びに来れるようになってそろそろ一年。もしかしなくとも、なかなかに貴重な経験をさせて貰っているのではと、自分でも思う。

 こんなことになったのも、一年前のあの日に幼馴染からあんなことを言われたのがきっかけだった。



「ねえ、万希(まき)。きさらぎ駅って知ってる?」


 中学三年に進級し、周りの友達も少しずつ高校受験だ何だと騒がしくなってきた頃に、僕の幼稚園からの幼馴染である如月結李(きさらぎゆうり)は変わらぬ様子で、そのようなことを言い出した。

 正直なところ、オカルト好きな父親の影響で、僕はその手の話が大好物だったけれど、その都市伝説の名前を幼馴染の口から聞くと言うのが面白かったので、何となく茶化してみることにした。


「なにー? 普段俺は勇者だったとか何だとか言ってるけど、ついに自分専用の駅まで作り出せるようになっちゃったの?」

「確かに俺の名前は如月だけど、厨二病とかそういうのじゃなくてさ」

「じゃあ、もしかしてネットホラーの方?」

「もしかしなくてもそっちの方だよ。なんだちゃんと知ってるじゃん」


 きさらぎ駅と言えば、一昔前にインターネット掲示板へ投稿された恐怖体験談のことだ。

 確か、いつもと様子が違う電車に乗り込んでしまった投稿者が、知らない駅で降りてしまい、以降不思議な現象に見舞われるという都市伝説だったはずだ。

 この話の怖いところは、遭遇者が生死不明で終わっていることである。

 帰ってきたとかそれは創作だとか、色々な解釈があるけれど、それがネット上で行われるリアルタイムホラーの良いところだし、それも含めて都市伝説ということなのだろう。


「で? きさらぎ駅がどうかしたの?」

「それが昨日たまたま見つけてさ。今日一緒にどうかなって」

「へえ⋯⋯え? 今、見つけたって言った?」

「ん? うん、そうだけど?」


 あまりに何でもないことのように言うから、僕の耳がおかしくなったのかと思った。

 しかし、残念なことに、僕の聴覚は全くもって正常なようだ。


「⋯⋯⋯⋯ユウさんや。それはあまりにも情緒がないよ、情緒が」

「そうかなあ」

「もっと勿体ぶって話そうよ! 君には怪談師としての自覚はないの?」

「いや、俺は怪談師じゃなくて勇者だから」

「いやいや、現代社会には勇者なんて職業、存在してないから」


 それにしても、普段は勇者であるという主張以外、おかしな言動はしなかったと言うのに、ついに都市伝説に遭遇しちゃったか。

 しかも、さっきまで語っていた面白みを吹き飛ばしやがったよ、この野郎。

 それにそんな危険な駅に、ゲーセン感覚で友達を誘うのはどうなのよ。僕はまだ死にたくないんだけど。


「それで万希は今日の放課後、空いてるの?」


 散々迷った挙句、僕は幼馴染の提案に乗ることにした。

 いやだって、気になるじゃん、異界駅。



 水彩のようなオレンジ色に染まる空の下、僕たちが集まったのは線路とホームがあるだけの無人駅だった。


「あの都市伝説って真夜中の話じゃなかったっけ?」

「不思議だよねえ」


 いやそんな小学生向けの理科の実験みたいに言われても困る。

 やはり幼馴染にオカルトの情緒を求めるのは間違っているのかもしれない。

 小学生の頃から都市伝説や怪談話をたくさん聞かせたと言うのに、どうしてこうなったのか。

 いや、逆に聞かせすぎたせいで、怖く感じなくなったのかもしれない。どうやら僕は教育の仕方を間違えたようだ。


 そんな少しだけ傲慢なことを考えながら、僕は形だけの改札を通り駅のホームへ上がる。

 結李は時折振り返って僕の話に応えながら、少し先を歩いていく。


「――こっちこっち!」


 僕としてはもうすでに脚が震えているというのに、幼馴染はすたこら先へ。

 どうして? 死ぬかもしれないんだよ? 何でそんなコンビニに寄る感覚なの? 本当は嘘をついて僕を怖がらせて笑ってるんでしょ。


 でも、よく考えたら結李は昨日行ったんだっけ。

 じゃあ、ちゃんと帰って来られるタイプの異界なのかもしれない。

 いや、待てよ。

 今目の前にいる結李はニセモノで、本物は今もきさらぎ駅に取り残されているんじゃ⋯⋯。そうしたら、もしかして目の前のニセモノは仲間を増やそうと僕をこの場所に⋯⋯?


「⋯⋯ねえ! 万希ってば!」

「――ひぃ!」

「考え事してどうしたのさ? もう着いちゃったよ」

「ごめん、くだらないこと考えてた。⋯⋯って、え? ついた?」


 すると、幼馴染は僕の肩を押して突き飛ばした。柱に向かって。


「――えい!」

「ちょっと、なにするの――って何ごとぉ!」


 ホームの柱に頭をぶつけると思って咄嗟に頭を庇ったけれど、その衝撃は訪れることなく、まるで柱なんてなかったかのように倒れ込む。

 なにが起きたのかわからず、尻もちをついて痛めたお尻をさすりながら顔を上げると、そこは変わらず駅のホームだった。


 いや、むしろ変わらなかったのは駅のホームだけ、と言った方が正しいだろう。

 なぜなら、ただ真っ白の空間に駅のホームだけ存在しているのだから。


 あまりの光景に呆然としていると、正面の柱からニョキっと現れた結李が平然と話しかけてくる。


「凄いよねえ、これ。九と四分の○番線! みたいな?」

「いや凄いけど⋯⋯凄いけど!」


 それよりも先に説明が欲しいなあ、なんて。

 すると、結李は僕の後ろを指差す。そこには「きさらぎ」と大きく書かれた駅看板が掲げられていた。


「ほらここ、きさらぎ駅だよ」

「うん、そうだね⋯⋯。でも、そうじゃなくてね」


 確かに僕は異界駅を見たいと言ったけど、それは精々街に人がいなくなるとか、存在しないはずの駅に着くとか、その程度のことを想像していたわけで。まさかこんなに異界度が高いとは思わないよ、普通。


 そうしていると、今度はどこからともなく、甲高い汽笛の音が聞こえてくる。

 もはや駅だから汽笛くらい聞こえるかと、一瞬疑問すら持てなかったことが悔しい。線路もないのにどこから来るって言うんだ。


 そんなことを思っていると、ホームの左手が光り出す。すると、閃光の中から一両の蒸気機関車が大きな煙を吐きながらやってきて、僕たちの目の前で停車した。

 それを見て、SLってまだ生きてたんだあーなんて的外れなことを思っていると、その扉が開く。

 そして、その列車に乗り込もうとしている男が一人。


「⋯⋯ん? どうしたの万希? 乗らないの?」

「いやあ、僕はここまでで良いっていうか。もうお腹いっぱいっていうかですね⋯⋯」

「良いから良いから。早く乗ろ!」

「あっ、ちょっと! いやだ押さないで! って力強すぎー‼︎」


 まるで車にでも押されているような圧力が両肩にかかり、僕はめでたく列車の中に押し込まれることとなった。

 この同じ人間とは思えない膂力に、もしかしたらもしかするのではないかと疑ったが、別に怨霊になったわけでも妖怪になったわけでもなかった。後から思えば、勇者の実力というやつだったのだろう。


 そんなこんなで色々あって、列車を降りるとそこは異世界の地。

 こうして、僕は『ファンタジア』の大地に降り立ったのである。


 列車の中で何があったとか、結局あの場所は何だったとか、語りたいことはたくさんあるけれど今日は割愛。

 何故なら、そうこう回想している間に、目的地に着いちゃったからね。



 街の中央にがっしりとした建物を構えるのは、街の中心機構である探索者ギルドだ。

 僕はその正面扉を開け、エントランスへ入っていく。

 そこにはカウンターのようなものが複数設置されていて、僕はその中の一つに目をやると、ちょうど列もなく空いていたので、一目散にその場所へ。


「セシリアさん、こんにちは! 今日もお願いします!」

「ごきげんよう、マキ君。今日はどこまで潜る予定?」

「今日はちょっと早いんで、『トレントの森』まで行ってきます!」

「そう。君の適性レベルよりは低い階層だから大丈夫だとは思うけれど、油断はしないようにね」

「はい! 細心の注意を払って行って参ります!」


 そうして、僕は今日も今日とて、ダンジョン探索に勤しむのだった。


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