みんな大好き水着回
前回までのあらすじ
楽しい夏祭り、のはずが、人混みの中で、ふたりははぐれる。そして、おにいちゃんは「埋まらない穴」をふさいでくれる存在が遠くへ行ってしまうことに、舞奈はおにいちゃんが「自分から離れていくこと」に不安を感じる。
それでも、二人は無事、花火会場で再び合流し、お互いのかけがえのなさをなんとなく感じるのだった。
リビングには舞奈の友人、小原さんが来ている。
「舞奈とは恋の連立方程式の解を出したと聞いたのです。」
「その前提で定義に進めば進むほど振動してしまい、しまいには病的な振る舞いをするのですよ。」
「発散せずに収束を。」
「単純には行かないですよ、幾多の論法がある。」
「あんたたち、水着を見にきたんじゃないの?」
こちらは遠藤さん。早速水着に着替えている。
「見にきた?え?」
「まったく。頭で考えるから。股間で考えなさいよ。」
小原さんが制止する。
「デリカシーのかけらもない。」
「あんたに言われたくないわよ。早く着替えてきなさい!」
さらに、大川先生が遊びに来ていた。
「なかよしさんですね。」
「先輩の教え子たちです。鏡のようにまばゆい光を反射しています。」
「いいじゃないか闊達で。」
「我々もこうありたいものです。」
「おう、そうだろう。」
「ええ。新しい時代の息吹を感じます。」
舞奈が着替えを終えてこちらにやってきた。
「おにいちゃん。どう?かな。」
「いいですね。胸のフレアが可愛らしいと思います。」
「あわわ、本当に?ありがとう!そこ見てたんだ。」
「ふふ。全部ちゃんと見ていますよ。」
「あー、なんかそれイヤラシイ!」
小原さんと遠藤さんも合流する。
「みんなで選んだ。」
「いいでしょ!」
「うんうん。二人とも、忙しいところありがとうね。それと。」
「それと?」
「とりあえずプールを掃除してきて欲しいのです。」
「はーい!」
3人が掃除している間に、大川先生との真面目な話がはじまった。
「それで、ご両親はどんな?」
「連絡ができた。オヤジがやった。」
「ああ、それは。大変申し訳ありません。要人扱いなのですね。」
「いや、今回はいいよ。思うところあるんだ。」
「では連絡は可能と。方法は?」
「オンラインで10分だけいいって。」
「10分。」
「あまりいいたくないけれども。」
先生は少し真剣な顔になる。
「育児を完全に放棄していると思う。こっちからすると、カネだけ出せば責任取れてる、って態度?」
「いますよね。まあ。受け入れ側としては自由の尊重をしないといけないし。」
「そうなんだよね。仕方がないけれども、常識は通用しない。」
「それでも、話してみたいですね。余計なこととは存じますが。」
「いいよ。必要ないかもしれないけれども、顔もあるし、途中までの通訳はするよ。」
「お願いいたします。」
「日時はまた今度ね。」
「承知です。無能な働き者だと笑ってください。」
「意思決定ではなくて、労働で社会は成り立っているよ。蔑まないで。」
「はい。」
先生は少し伸びをしてから、再び話し出す。
「これは蛇足だし、愚痴なんだけれども。俺も人の子だからさ。」
「ええ。」
「実の子供をせいぜい税金対策にしか考えていないやり方ってのは、ね。」
「コミュニティで支えていくことができれば、とはいえ、ですね。」
「そうなんだよ。社会で子育てしろって、そうはいっても限界はあるよ。」
「おにいちゃん、おおかわ!掃除、終わった!!」
舞奈の明るい声が響く。
「今行きまーす!」
☆
プールに水を張った。
「さあ、みなさんどうぞお楽しみください。」
すると、プールでは撮影会がはじまった。SNSにでもアップするのだろうか。
しばらくすると、遠藤さんがこちらにやってくる。
「はい、これと、これと、これと……。」
スマホには舞奈の写真や動画が並ぶ。
「5つ、ですか。で、いくらをつけますか。」
「初回だから無料かな。次からは動画ひとつ300円でどう?」
「むむ。ディスカウント!」
「あらおにいさん、大切な妹の動画や写真をコレクションしたくないのかな?」
「うーむむ。貧乏性なんだよぉ。」
「ってなにやってんの?」
後ろから舞奈が顔を出す。
「ああー!おにいちゃんのエッチ!やっぱりわたしの身体目当てだったんだ。」
「まだ交渉はまとまってない!」
「交渉の席についた時点で負けですぅー!」
そこで、遠藤さんが囁く。
「あら、舞奈にはこの間おにいさんのポートレートたくさんあげたじゃん?」
舞奈が真っ赤になっている。
「まじか。私のそんなものをいつの間に。」
「おにいさんのはぼーっとしてるから撮りやすいのよ。」
「ああね。まあたしかにボヤボヤはしているかな。で。舞奈さん?」
「違うの!あれは欲しかったから買ったの!」
「買ったのですか。」
「だって……。」
「へえ。じゃあ交換で。」
「むーっ!」
「身体目当て……。」
「もう知らないッ!」
「逆が成立している。」
小原さんが呟いた。
「”necessary and sufficient condition” だな、小原さん」
大川先生の講義が始まる。
「necessaryは「必要な」、sufficientは「十分な」、deficient, efficient, proficientと繋げて覚えような。」
「おお、いっぱい覚えられる。おっぱいもいっぱい。」
「よかったなー。」
「ニッ!」
なにをやってるんだか。
☆
かくして、プール開きが終わった。
「家に帰るまでが遠足だからな。」
「わかってるって。」
「ラジャ。」
「なんかそれ学生時代にも聞きましたね。」
「とにかく気を抜くなよー。」
「はーい!」
日が暮れていくと、そこは静かな住宅街に戻っていった。