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帰省

前回までのあらすじ


テロリストが突然現れ、舞奈を襲撃しようとする。その場にいたおにいちゃんがテロリストに不敵な笑みを浮かべる。

間合いを取ってテロリストをなだめながら、なんとか注意を逸らそうとする。


「職人は手を汚さない」


というと、「手を上げろ!」「確保!」という声が響く。


発言はハッタリで、警察が到着するまでの時間稼ぎだった。

警察によって事なきを得たあと、山高帽をかぶった公安の男はおにいちゃんに、舞奈の両親がどちらもテロリスト撲滅のための軍事資金に関わる投資をしていることをひそかに告げて去る。



「舞奈さん。休みに入って7月後半になったら、静岡に帰るのだけれども、どうします?」

「静岡って、おにいちゃんが生まれて住んでいたところ?」

「そう。いろいろなひとに、挨拶がてら、ね。お祭りもあるし、まあ行って悪くないとは思う。」

「面白そう!行っていいかな?」

「構わないですよ。プールに水張るのはそれからにしましょう。」

「うん、ちゃんと覚えていてくれたんだ!そだねー。」



「はっや!ビューンって。」

「新幹線ははじめてかな?」

「うん。ねえ、あのカッコいいのに乗ろう!ミサイルみたいなやつ!」

「あれは停まらないのですよ。大阪や京都に行ってしまいます。」

「えー、そうなの?」

「ゆっくり5時間くらいかけても楽しいけれども、品川からだと、乗り換えが必要になるのです。逆は真とは限らず、で。」

「へえ、逆は乗り換えしなくていいんだ。」

「そうです。だから、今回は新幹線こだま号に乗ります。はい、これこれ。」

「おおー。なんかいい感じ!」

「品川から数駅で着くので、まあ近所といえば近所……。」

「うーん、なんかそれ、うまく騙されてる感じする。」

「1時間とちょっとで着いちゃいますよ。これは本当。」

「意外と近いんだ!」

「コストはかかりますけれども。ま、その辺はお気になさらず。」

「うん。」


そうこうしているうちに、新幹線は発車。あとは駅からタクシーで、ドアツードアで1時間15分ほどの旅が終わる。



「よう。自慢の息子が帰ってきたぞ。」

「お前、またなにかしでかしたんだって?」


玄関に到着すると、ゾンアマやカリメルで買った物にケチをつけるかのように、こちらにカミナリを落とす親父。


上場企業の役員を経てリタイアした親父は、こうやって最初に相手を落として、それから本題に入る。交渉で自分を優位にするのがうまいのだ。


「またそんなことして!どうするの!」

おふくろもやはり、ゾンアマやカリメルで買った物にケチをつけるような目でこちらを見る。何度やられても慣れない「やり方」だ。


「通販で物を買ったわけじゃない。ほら。」

後ろにいた舞奈が前に出る。

「お父さん、お母さん、はじめまして!」

「はじめまして。これの父親です。遠いところを大変だったでしょう。」

「よろしくね、舞奈さん。ゆっくりしていくのよ。」


親父が続ける。

「こんな綺麗なお嬢さんを、お前、どうするつもりだ。とにかく、二人とも家に上がりなさい。」


どうするつもりだって、どうもこうもないけれども。


「お邪魔しまーす!」



「舞奈さん、こいつをよろしく頼むよ。」

「もちろんです!よろしくします!!」


親父は調子に乗り始める


「こいつは根暗で、ひとりじゃなんにもできないんだ。」

「おおっと、そういうのはそこまで。」

「おにいちゃん根暗だったの?」

「皮肉ばかりいってね。」


おふくろも続ける。


「皮肉。ちょっとわかるかも。」

「お前、舞奈さんにそんな態度とったのか。これだからなあ。」

「いや、そういう態度はとってないぞ。」

「男ならもっとパシっとしてないと、そのうち舞奈さんが離れていってしまうぞ。」

「その旧態依然とした家父長感を親父は修正した方がいい。親戚の女の子が転んだときには、女の子はお転婆じゃダメだといってみたり。古いのさ。」

「お前、そういうところだぞ。」


舞奈も続ける。


「そう、そういうとこだよ、おにいちゃん。」

「自分がダシにされても、舞奈さんが楽しそうでなによりですよ。」


皮肉をいった。


「うん!こういうの、いい。すごくいい!」


舞奈は楽しそうな顔をしている。ならばそれで。


「2階のリビングと弟の部屋が空いているよね」

「あいつはシリコンバレーから帰ってこないからな。使って構わん。」

「連絡も寄越さないのよ。」


おふくろも続ける。


「まあ、あいつはあいつで忙しいから。」

「おにいちゃん、弟さんいるの?シリコンバレーってアメリカでしょう?」

「まあ、滅多に会わないけれどもね。」

「まだまだ、おにいちゃんのこと、わたしなにも知らないね。」

「どうかな。さて、そろそろ2階に行きましょう。」



「リビング、広いんだ。」

「ここに長くいたよ。」

「へええ。ねえ、あそこにベッドあるし、今日は一緒に寝てもいい?」

「……。」


シングルベッドだ。考えた結果、理性が勝った。


「だーめ。」

「えー!おにいちゃんの意気地なし!」

「意気地の問題ではないですよ。別の部屋に布団用意してくれてあるし、そっち。」

「そういうとこだよ?」

「そういうとこですよ。」


「フフフ。」

「ハハハ。」


自然と笑みがこぼれた。


「まだ時間がありますね。荷物を置いたことだし、挨拶も済んだ。外を散歩してみます?」

「うん、行くー。デートだね!」

「それで構いませんよ。じゃあ、デートで。」

「やったー!」



この街の市街地には、遊歩道が充実している。散歩していると、見知った近所から声をかけられた。


「まあ、綺麗な奥さんね!」

「おや、恋人ですか?へえ、羨ましいですねえ。」

「仲の良いカップルだこと、ホホホ。」


「はい、そうです!よろしくお願いしまーす!!」


舞奈はその全てにこの調子で答えた。


私はあえて否定しなかった。どうしよう、後が怖い。まあ、どうにもならない。


散歩の途中、陽が落ちてきた。舞奈は風景を見て興奮気味に話す。


「いいね、こういうところ!縁起物の赤い富士山も毎日見られるし、素敵!遊歩道だってたくさんあるし。大きなショッピングモールもあるんでしょ?」

「舞奈さん。ほら、よく見て。」


少し考えてから、これも責任だと思い、舞奈を諭す。


指さした先には、グローバル企業の看板が並び、その資本が入った工場の労働者たちがスマートフォンを見ながら列をなして、「死んだ顔」をしながらぞろぞろと帰宅していく。そんな工場を背景に、日本一汚い富士山が見える。


夕日とともに液状化していく風景を見ながら、続けた。


「ロードサイドの田舎なんて、どこも同じようなもので、代わり映えがしない。けれども、ここにはここの生き方がある。邪魔しちゃいけないんだ。」

「毎日、毎日こうなの?」

「そうだよ。」

「みんな別々で、バラバラで。」

「うん。たくさんひとがいる。国籍も出身もバラバラ。それが、なにかを犠牲にして、ひとつにまとまって、また誰かのために何かを生み出している。それで、本当にいいのかなって。」

「おにいちゃん……。寂しそう。どこかに行ってしまいそう。」

「どこにも行かないよ。」

「本当に?」

「うん。もう他に、居場所がないんだ。」

「……。おにいちゃんのこと、わたし、なんにも知らないね。」

「なんとなく分かったら、それ以上知らなくてもいいよ。」

「うん……。」



どうにもならない。この先も、ここはここで続いていく。



「2階のリビング広いし、弟さんのお部屋より居心地良くなっちゃって。」

「まあね、確かに。あの反対側の物置部屋で私は育ったのさ。」

「へええ!あとで匂い嗅いでくる!」

「やめてください。」

「でもね、なんだか、今日は一緒がいい。」

「じゃあ、眠くなったら、いいよ。」

「うん。」


舞奈さん、私はなんだかとっても眠いんだ。

倫理観や理性も、疲れてどうでもよくなっているのかもしれない。

どうせなにも起こりはしない。一緒に寝るだけ。

布団に入る。今日は疲れた。すぐに寝てしまおう。


「じゃあ、いい?」

「うん。」


抱きついてきた。なにかモゾモゾしている。


「おにいちゃん、腰とまんないんだけど。」

「ああ、それやめた方がいいよ。」

「どうして?せつないよお!」


声が喉を絞ったようにハスキーになっている。


「はっきりいいます。翌日腰痛になりますよ。」

「うう、そうなの?」

「結構痛いよ。」

「経験済みなの?」

「まあ、昔はそういうこともあったよ。」

「じゃあ、強く抱きしめて。」

「はいはい、抱き枕ですよ。」


少しだけ肩を入れて、抱きしめた。


「どこにもいかないでね。」

「ここにいるよ。」

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