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間合い、ハッタリ、経験則

前回までのあらすじ


「……おにいちゃん、誰よこのイケメン。」


突然の編集者、澤柳さんの出現に戸惑い、おにいちゃんに疑いの目を向ける舞奈。


一方で、企みと意図が交差し、舞奈に危機が迫っていた。

「えー?わたしが授業受けたりしているところを観たいの?」

「そうなのですよ。大川先生には話つけてあるのだけれども。」

「うん。嬉しい!おにいちゃんのエッチ。でもね。」

「今なにか仰りましたよね。」

「他の子に気を取られないように!」

「そうですね。いえ、大川先生の授業も受けてみたいことですし。」



「最初は品詞分解をきちんとする。難しい語彙は無理に覚えなくてもいいが、基本的な語彙はしっかり身につけるんだぞ。特に基本の動詞は200程度、文の中でもいいからしっかり働きを含めて覚えるように。辞書引けよ。」

「はーい。」

「では今日はここまで。」

「やったー!」

「おおかわココ教えてー!that節どうなってんの?」

「自分でちゃんと調べたかー?」


やり取りは続くが、授業は終わって放課後になる。注意散漫ながらも、高等部の授業は驚きと発見の連続だった。自分が学生の頃、英語も数学も学校でこんなふうに論理的に教えてくれたら、馬鹿なりにもう少し勉学にやる気も起きたかもしれない、というのは、昔の自分への言い訳だろうか。


「今日は部活ナシだから。帰ろう。」

「そうしましょうか。」


例の紙片にあった日付は今日だ。


校舎を出ると、山高帽がいる。知らないふりをするのが礼節だろう。


少し歩くと、サングラスにフードを被った男が見えた。


「舞奈さん、後ろに逃げて。」


山高帽が頷いている。舞奈を襲撃しようとする「輩」だ。


舞奈が後方に逃げたのを確認すると、とりあえず、精一杯の不敵な笑みを浮かべる。こういうときは、余裕を見せた方がいいのだと、経験が囁く。同時に、右足をやや前に、左足をやや後ろにして構えた。


それから、後ろに引いて距離を取る。周りには幸い人気がない。こっちを見ろ。そして、怒るな、怒るなよ。


ところが、輩は激昂した。


「うおおおおおおおおおっ!」


怒号。そして、手にした刃物を振り上げる。怒るな、それはダメだ。


「まあ、待てよ。考えよう。グローバル化は、あらゆる国家元首や、その王様や宗教指導者をみんな平らにしてしまった。そういう認識の中で、キミたちのやっている思想は『古典的』なんだよ。なにから逃れようとしている?」


今度は左へ水平に、力いっぱい刃物を振る。

刃物は空を切る。


(まだ全然間合いが取れている。)


輩が叫ぶ。


「何を。貴様だって出自は貧民だろう。この世界を牛耳っている金持ちどもに制裁を加えたくはないのか?」

「その、金持ちとか貧しいとか、白か黒かみたいな『哲学』からは離脱して長い。」

「屁理屈をいう!」

「生活に乖離する抽象的な前提で洗脳された結果、きみは無責任に人命を奪おうとしているだけだ、少年。」


ここで、山高帽のメガネが光る。合図だ。一気に間合いを取った。


「職人は手を汚さない。」


というと、「手を上げろ!」「確保!」という声が響く。刺股が四方八方から犯人を抑え込む。


全てはハッタリだった。警察が到着するまでの時間稼ぎだ。


状況が収まったあと、私の怒りは頂点に達していた。


「ばーか。あーほ。あんぽんたん!」


私はありったけの語彙で、今は警察の車の中にいる犯人を罵った。


「あなた、生まれてきたこと自体がもう間違ってるのではないですか?え?今どんな気持ち?ねえ今どんな気持ち?」

「くそお!」


怒号が聞こえた。


「大人しくしろ!」

「あああああ!」


しばらくして、サイレンが響き、喧騒は消えていった。


「おにいちゃん、性格悪。」

「まあいいではないですか。どうせこれっきりですよ。はあ。」

「大丈夫?」

「もう疲れたよ。なんだかとても眠いんだ。ではなかった。舞奈さんが無事でよかったですよ。大丈夫かな?」


素直に生身の疲れた表情を出してしまった。


「うん、大丈夫だから。」


そうこうしていると、山高帽をかぶった男が申し訳なさそうにこちらにきて話す。


「私自身は連絡以外にはなにも出来ないのです。」

「そういうご職業ですからね。承知しておりますよ。」

「ところで、女の子のご両親ですが。」


山高帽が小声になる。


「どちらもテロリスト撲滅のための軍事資金に関わる投資をしているそうです。」


そう告げると、彼は脱帽し、会釈をして、再び帽子を被ると、そのまま去っていった。


彼なりの精一杯だろう。とはいえ、一聴すると、人聞きはいいけれども、子ども放ったらかしでそれって。少し嫌悪感を覚えた。人情が漏らした情報から、概ねどんなものに自分が巻き込まれているのか、見当がついた気がした。



料亭で、静かな報告がなされていた。

「そうか、襲撃は防ぐことができたと。上出来だ。」

「はい。」

「監視対象を潰してはいけない。それはね、最後にやることだ。」

「心得ております。」

「ふたりは、無事だったかな。」

「無事です。」

「なら、それでいい。まだこれはスタートラインだよ。大ごとにならないように、最低限、ね。事件の再発防止とか、捜査の障害の有無とか、そういうやり方があるだろう?」

「承知いたしました。」


政治家は笑いを浮かべた。それが本心なのか、ハッタリなのかどうかは、まだ分からないままだ。


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