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編集者と少女

前回までのあらすじ


持ち前の明るさで環境に慣れていく舞奈。


舞奈はおにいちゃんに「絶対に、勝手にどこかにいかないでね」と約束を迫る。


一方、おにいちゃんは、「大川先生の紹介」という山高帽にスーツの男から手渡しでメモを受け取るが、舞奈に連絡を入れ忘れたため、舞奈の機嫌を損ねてしまう。


「どうして不機嫌なのか、わかるよね?」

また夢を見た。朝礼、効率化、改善。工場の規律を海外からの労働者たちに教えていく。なんのためか、それは自分のためでも他人のためでもない。ただの規律だ。国際化する社会に放り込まれて、そんな意味のないことをしてきた。すべての前提が揺らいでいく。罪悪感が残る。なんだろう、このやるせなさは。


「先生。先生!」


おお、なんだこれ。あなたは誰?


「むむぅ、やだもん。まだ寝るもん!」

「先生は今、夢の中にはいません。」

「やーだ!やーだー!」


すると男は「おにいちゃん」の顎を指でクイッと持ち上げた。


「先生、ちゃんとこっちを向いてください。ぼくの目を見て。」


見つめ合う二人。なにかを確かめ合うように。


「先生、分かっていますよね?」


「ただいまー、おにいちゃん!ご飯にする?お風呂にする?それとも……。」

「きみか、妹くん。」

「……おにいちゃん、誰よこのイケメン。」


舞奈は、深い疑いの目でこちらを見ている。


「おお、舞奈さん。おかえりなさい。こちらは、編集者の澤柳さんです。」

「編集者?じゃあ、今の顎クイはなに?なんの意味があるの?!」

「ああ、今ね、納期とリードタイムを確認していたのですよ。」

「はぁ?ちょっと、澤柳、さん?わたしのおにいちゃんから離れてもらえますか?」


私も応じてみる。

「そうだ、離れろさわやなぎー!」

「おにいちゃんはちょっと黙っててくれる?」


舞奈の顰蹙を買ってしまった。



ここはリビング。私はお茶を入れている。澤柳さんと、舞奈に。

舞奈は澤柳さんとテーブルを隔てて座っている。

舞奈はまだムスッとしている。


「いろいろな愛の形ってあると思うの。それって、仕方ないことだよね?」

「疑ってますよね?舞奈さん。でも誤解ですよ。」

「むー。だってさ。」

「だって?」

「おおかわがさ、おにいちゃん年上好きだっていってたもん。」


「フフッ、年上好きなのですね。」

「澤柳さん、ちょっと黙っていてください。」


今度は私が口を挟む。この人、状況を楽しんでいるだろう。

っていうか大川先生、生徒になにを吹聴した?


「まあ、この通り編集者と執筆者の関係だよ。恋愛感情はない。」

「むぅー。」

「でも澤柳さん、綺麗な奥さんいるんだよ?」

「奥さんいるの?そうなんだ。」


舞奈はちょっとホッとした表情をみせる。


「奥さんラブなんだよ。ねえ澤柳さん?」

「否定はしませんよ。」


澤柳さんが続ける。


「でも、そうですね。それくらいの年齢で、愛の形はいろいろある、という考えをお持ちなのは、素敵なことですね。ぼくもそう考えますよ。ねえ。」


澤柳さんは本棚の方を見た。M. フーコーの著作が並んだ一帯を。やめなさい。


「『言葉と物』というよりは、『性の歴史』ですね。」

「そういうことにしておきましょうか。」


舞奈が不思議そうに尋ねる。


「なにそれ?」

「そのうちわかるようになりますよ。」


澤柳さんが応じる。


「ふーん。なんか面白そう!」

「深い問いさ。」


今度は、私が応じた。そうなのだ。


「そうなの?」

「そうだね。」



いろいろな場所で、顔の見えないバラバラの個人たちが、けれども、ひとつのアプリを通じて、ひっそりと通話をしている。


「貧困が世界を断絶している。そう思わないか?」


「金持ちを成敗しなければいけない。」


「しかし、どうやって?海外の軍事シンジケートは壊滅的です。」


「シンジケートを破壊する資金提供者の子孫を断つのさ。」


「貧困労働者の権利を、我々が啓蒙し、そして導かなければならない!」


「私がやりましょう。」


「そうか。では武器を調達しよう。」


「すべては、新しい風のために!」


「新しい風のために!!」


これを全て聞いている女がいた。女は、録音されたwavファイルのデータを、あの山高帽の男に渡し、今、ある政治家が報告を受けてこれを聞いていた。


「『新しい風の会』という流動的なテロ組織による会議のデータです。どういたしましょう。」

「民間に4号警備の経験者がいてね。すでに手は打ってある。」

「それが、彼でしょうか?」

「うん。そうだよ。人を導こう、などと、大それたことをいうねえ。結局は経験未熟な人殺しのくせに。」


政治家は、ニヤリと笑ってみせた。


「引き続き監視して、必要があれば警察に要請したまえ。資格は、きみの判断で構わない。」

「承知いたしました。」


ある企みが、密かに実行されようとしていた。

しかしそこには、それ以上に大きな権力の意図が、また渦巻いていた。


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