かけがえのないもの
テロリストは公安によって壊滅した。
そして、クリスマスが幕を開ける。
いわゆる青春の全てを勉学に費やしてしまった自分に、青春のページは欠けている。結局は勉学にも欠けているけれども、なにより異性には冷たく接してきた覚えしかない。そのツケを払う局面に……。
「おにいちゃん!」
「直面していた。」
「なにぼーっとしてるの?」
「昔の女のことを考えていたのさ。舞奈さんにもそういうことがあるでしょう?」
「ふふ、ないない。言い方が古風だよ。」
「ええー。でも、恋バナのひとつやふたつ、あるでしょう?」
「ないんだな、これが。」
「モテるって聞きましたよ?」
「うん。まあね。」
「否定はしないのですね。」
「でも自信なくてさ。告られても全部断ったし、なんか、深い関係になれなかったの。そんなことより、おにいちゃんの『昔の女』の話!聞きたいな。」
「ええ?まあ、いい思い出ですよ。」
「楽しかった?」
「付き合いたての頃は、ね。途中から遠距離で、結局振られちゃったんだ。」
「どんな人だった?」
「綺麗な人でしたよ。でもね、出自が違いすぎて。」
「へえ。どうして?」
「当時の自分は今よりもさらに若造。相手は財務官僚の娘。釣り合わなくてね。」
「身分違いの恋だったんだ。」
「身分ね。そうかもしれないですね。」
「他には?」
「高校生のころとか、この子がきみに興味あるんだって!って話を片っ端から『興味ない』の一点張りしてたね。」
「うわっ、性格悪ッ!最低。」
「だから、ね。」
とりあえず駅前のケーキ屋さんでケーキを食べるコースを選んだ。もう少し舞奈とは距離を近づけようと、そして、素直になろうと考えている。
「今、困っているのです。」
「ああ、ね。」
「バカなのですよ。異性とのデートコースもろくに考えられないのです。昔もそれで、あなたには計画性がないっていわれて、それなりにへこみましたよ。」
「おにいちゃんにもコンプレックスとかあるんだ。」
「弱点だらけですよ。」
舞奈が少しイタズラ顔になる。
「へー。そうやって嫉妬させて、弱いところみせて、キュンってさせてきたんだ。おにいちゃん悪いひとだ。」
「わるくないもん。ひっかかるほうがわるいんだもん。」
いや、そんな意図はない、と言わずにおこう。
「でもね、こうやっておにいちゃんとおしゃべりしてて、わたし、楽しいんだ。」
「そうやって、キュンとさせて。」
「違う違う!本当に楽しいんだって。」
「そうやってハッキリ言葉にしていってもらえないと、表情や動作だけでは、なかなかわからないものですよ。ありがとう。」
「うん!」
「最近は作り笑いばかりして、交渉したりして、社会人気取ってばかりいた気がするので。」
「この場は探り合いなし!」
「ですよねー。気楽にね。」
「そうそう。」
他人の腹の中まではまるっとは分からないけれども、大体知性の限界ってのがあって、探り合いもその範囲だ。お互いに猜疑心が強いことは、もう知っているのだから。
「さ、そろそろ動きますか。」
「イルミ見るの?」
「ええ。」
この後の腹は決まっている。段階を踏むだけだ。引っかかる方が悪いのさ。
イルミネーションは壮大で、美しい。人が手間暇かけてこれを作っている。でも、それは体験だ。言葉にして「きれい」とか「すごい」とかいっても、そこは第一義では、決してない。
「みてみて!すごーい!」
「そうだね。」
「ほら、きれい!」
そう、それでいい。楽しみはここからだ。
「じゃあ、展望台に行こう。」
「おおーッ!」
ここは公庁舎のビル、そして展望台。カップルはいても、まばらな穴場だ。ここで頬にキスでもしてあげよう。そう考えている。いわゆるサプライズだ。そして、今の自分の精一杯だ。
舞奈がはしゃいで、窓の方に走る。
「みてみて!夜景。」
「どれどれ、お、綺麗ですね。」
「フフ。」
あ。
まただ。また出し抜かれたのだ。
唇に感触があった。唇を奪われた。
「おにいちゃん。」
「うん。」
「これが、今のわたしの精一杯。」
大丈夫。こちらも、もうひとつ「手」を持っている。
「舞奈。ありがとう。」
「おにいちゃん、今、舞奈って。」
「勝てない勝負はしないんだ。」
「ズルい、卑怯だよ。」
「それくらいで動じたりはしないよ。」
思い切り抱きしめる。周りなんか見えてたまるか。
帰りの電車。ふたりは手をつなぎ合いながら座る。
「精一杯だったのに。ズルいよ。」
「ぼくのかち!ぼくのかちだもん!!」
「性格悪ッ!」
「なんとでも。舞奈。」
「なに?」
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
舞奈は手を強く握る。
「このまま、おにいちゃんとずっと乗っていたいよ。」
「各駅停車だから、結構ゆっくりだよ。いいの、舞奈?」
「うん。」
なにも信じてはいない。そこにかけがえのない存在があれば、あとは組み合わせだ。
しかし、もうひとつ。勝負は徹底的にやる。終わったらノーサイドなんて、そんなものは建前だ。スポーツマンシップ?そういうものもあるかもしれない。電車には駅がある。ふたりは駅で降りると、暖かな感慨を抱えたまま、家に向かった。
「はい、これ。クリスマスプレゼントの特大おおかわぬいぐるみ!」
「おにいちゃん、そこまでやる。」
実は、12話完結。の予定でしたが、楽しくなってきちゃったので、このまま続けさせてください。




