不安を煽る
前回までのあらすじ
全治一ヶ月のおにいちゃんの入院中、舞奈はひとり、おにいちゃんの部屋に入り、おにいちゃんの持っている本を読み始める。机の棚の中に、本の解釈を書いたメモを見つけ、考えてみる。そして、いつか少しでも「理解したい」と思うのだった。
いろいろな場所で、顔の見えないバラバラの個人たちが、けれども、ひとつのアプリを通じて、ひっそりと通話をしている。
「貧困が世界を断絶している。そう思わないか?」
「金持ちを成敗しなければいけない。」
「NY在住、次はきみが。」
「確保!」
「うわああああ!警察が!」
「どうした、オーバーシーズ。応答しろ、オーバーシーズ。」
「この中にスパイがいる!」
「本当か、NY在住。」
「新しい風の会」のメンバーたちは、疑心暗鬼に囚われる。
「通話アプリは使えない。われわれは監視されている!例の場所に集合しろ!」
数日後、東京湾から若者の死体数体が上がったというニュースと共に、テロ組織が壊滅したことが伝わる。
「ご安心ください。公安の調査により、テロ組織を壊滅させました。」
「大川長官はこう述べ、来年の予算の概算請求について、公安調査庁として積極的に臨む姿勢を強調しました。」
アナウンサーが伝える。
さかのぼること数週間。
料亭には「オヤジさん」と、「おにいちゃん」がいた。
「こうやってきみと酌み交わすのはいつ以来かな。」
「ハハハ。上京したのに、ご挨拶も遅れまして。」
「迷惑をかけたね。さて。あの輩を締め上げるのに、なにかいいアイデアはないかな。」
「ありますよ。」
「というと?」
「スパイですよ。」
「スパイならひとりいるぞ。」
「それは存じております。そこでね、全員をスパイにするのですよ。特定集団を、つまり『新しい風の会』を疑心暗鬼にするのです。」
「具体的な方法は?」
「まず、通話中にひとりを逮捕します。メンバーには、その事実を確実に確認させた上で、公安のスパイにこう吹聴させます。『この中にスパイがいるぞ』と。」
「ふむ。」
「これなら、公安が炙り出しに遭うこともないでしょう。政治権力によって、良し悪しの規律を内面化する必要もない。相手の自律性を徹底的に奪うのです。ドゥルーズの『管理社会』概念の応用ですね。法的な根拠もまだ曖昧ですから、責任も回避できるかと。これにより、組織を流動化させ、『不安』を煽るのです。内ゲバになるでしょう。」
「ハッハッハ。きみは天才だな。」
オヤジさんは、そういってから、顔色を急に変え、おにいちゃんを睨みつけた。その目は、経験を経て、力強い。
「なにが望みだ?地位か?カネか?」
「そうですね。考えておきましょう。」
「その欲のなさ、見事じゃないか。その才能を使えば、どこにいてもやっていけるだろう。こんなところこで、きみはなにをしている?」
「どちらかをご紹介なら、謹んで辞退させていただきます。」
「そうかい。」
睨みつけた顔が、再び温和になる。
「きみ。」
山高帽が現れる。
「はい。」
「実行したまえ。」
「承知いたしました。」
「ツケにしてくれ。では。」
そういうと、オヤジさんは、その場を後にした。
☆
「ただいま、舞奈さん。」
「おかえりなさい、おにいちゃん!」
「テロ組織『新しい風の会』壊滅か 大川長官」
見出しだけ読んで、伸びをした。
「あのひとたち、どうなっちゃったのかな?」
「生まれ変わって、お天道様の下で真っ当に働くのではないでしょうか。」
「そうだと、いいね。」
「ええ。」
根本的な解決ではない。けれども、彼らを生んだ「貧困」を根絶するのは、自分の仕事ではない。狭量だろうか。世の中には、どうにもならないこともある。
「どうにもならない。」
「なにかいった?」
「いいえ。」
「ねえ、もうすぐクリスマスだよ。」
「雪になりますかね。」
「雪、静岡の方はあまり降らないよね。」
「そうなのですよ。雪をみるとテンション上がりますね。」
「みんな電車とか遅れて困るんだよ?」
「ああ、そういう意識を持たないと。まだ田舎が抜けない。」
雪国の人に怒られそうな、適当なことをいってしまった。
「で、舞奈さん。」
「なあに?」
「クリスマス・イヴ、イルミネーションでもいかがですか?」
「デート、してくれるの?」
「デートですね。お忙しかったらごめんなさい。」
「大丈夫、暇!暇だよ!すっごく暇。」
「そんな、堂々と。」
「おにいちゃんは、忙しい?」
「もう数年来暇なのですが。」
老人の薬自慢のようになりはじめたところで、舞奈になにを買ってあげようか、考える。
かといって、本人になにが欲しいか聞いても、はぐらかされそうだ。
「舞奈の欲しいもの?股間で考えなさいよ。」
「デリカシーのかけらもない。」
「あんたに言われたくないわよ。」
「まあまあ。遠藤さんも小原さんも、どういうものが欲しいとかありますか。」
「ぬいぐるみかな。」
「暇なとき抱けるやつがいい。」
「おお!聞いてよかった。」
「考えたらわかるじゃん?」
小原さんが制した。
「異性の気持ちなんて、そう簡単にわかるものではないのです。」
「まあそうかもね。本を読んだって経験を経たってわかるものじゃないよね。異性の幅も広いし。」
遠藤さんも応じる。
「他人っていうかなんていうか、人ってのは、難しいですね。」
「だから学んでるじゃん?」
「そのために、いろいろな分野もある。」
「仰る通りです。自分ひとりで考えたって、答えが出ないこともあります。おふたりに聞いて正解でした。」
「ダチじゃん。いいよいいよ。」
「友よ、任せておけ。」
「ええ。心強いです。」
平凡な日々が戻りつつあった。




