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遭遇

上京して2日目。


荷物の整理も終わり、暇をしていると、通話アプリに着信が入る。


「どう?慣れたかい?」


「いやあ、二度目の上京ですから。」


「優秀な後輩が来てくれて嬉しいよ俺は。」


「とんでもない、ただの頭が悪い苦労人です。」


「まあそう自分を蔑むなよ。」


通話の相手は、学園からオックスフォードを経て戻ってきた大川先輩。


いわゆる天才だけれども、同じ部活だったこともあって、学生時代から親しくしている。


気にかけてくれるのは大変ありがたい。


ただし、こんなところで一体この天才はなにをやっているのだ、とは思ったりはする。


「ところで、頼みがあるんだ。」


「先輩の頼みごとでしたらなんでも聞きますよ!」


「今、なんでも、っていったよね?まあとりあえず、少し長くなるから。後で会える?」


「近場に越してきたことですし。全然、構いませんよー!」


「じゃああとでメッセ入れるわ。後ほどね。」


「はい、後ほど!では、失礼いたします。」



「学生をひとり預かってほしい。」


「へ?」


呼び出された駅ナカの蕎麦屋でいきなり切り出された。


預かる?


「男の子でしょうか?」


「いや、女の子だよ。」


頭で理解が追いつかない。


この先輩は、なにをいっているのだろうか。


いよいよ頭のネジが飛んでしまったのだろうか。


「ダンス部のJKだぞ、かわいいぞ。お前もさ、そろそろそういう年頃だろ。」


論理を飛躍して謎の力説をする大川先輩。


「どういう年頃なんですか!」


「いやまあ頼むよ、一緒に住んでやってくれ。お前ならできるよ。」


「先輩、私の好みが年上だって知ってますよね?」


「かわいいぞ年下も。」


「いや、そういう問題ではないのでは?」


「冗談だよ。」


「どこまで?!」


できるとかできないとかいう以前の話ではないか?


なにを企んでいる?


どんな意図が?


それでも、なし崩し的に、そのまま明日その学生と会う約束を取り付けられてしまう。


先輩には逆らえないのだ。


会えば嫌がるだろう。


翌日の予定に、どこかそんな甘えがある。話はそれで終わりだ。



大きな音がする。


普通の人が聞いたら、騒音に聞こえるだろう。


金属のパイプを、加工する。


また、全く同じものを加工する。


終わることはない。


ただひたすら、毎日、何年もそうしてきた。


これは、プレス機の音だ。


手順を一歩誤れば腕がなくなる、そういう危険な作業だ。


でも、逃げられない。


一生ここで、この材料をプレスし続けて、気がついたら死んでいる、そういう人生も悪くはない。


そうだな、そういうものだろう。


大きな音は周期的になって、やがてアラームに変わり、目が覚める。


時間は逆に戻るものなのだろうか。


また自分が東京にいる。


これが現実だ。


そろそろ起きよう、そう決めた。


今日、どんな服装で行くべきか。


決まっている。


学生が一番親近感のわかない服装。


英国製Turnbull&Asserのシャツに、英国製Aquascutumのジャケットとチェスターフィールドコート。


昼は三郎のにんにくラーメンにして、英国製のタバコも吸ってやる。


新宿へGO!


東京サイコー!


三郎を食べて、喫煙所でタバコを吸い、新宿から特急で学園に戻る。


時程は守られている。


労働者として完璧だ。


今日の残りの案件を済ませたら、だけれども。


駅から徒歩3分ほどだろうか。


学園の中に入るのは数年ぶりだ。


守衛さんに呼び止められる。


「久しぶりだね。」


「覚えていらっしゃったのですか?」


「もちろん。警備員だからね。病気して休学したって聞いていたよ。」


「ええ。で、今日は高等部の大川先生に用事がありまして。」


「きみの先輩だったね。うん、行ってらっしゃい!身体には気をつけてね。」


「ええ、お互い健康第一でいましょう。」


門から入って、高等部の方へ向かう。


スピーカーから出ている洋楽の音が聞こえてくる。


米国のものだな。


少し歩いていくと、正面に、ダンス部の生徒たちがいて、練習中だった。


あまりジロジロ眺めるのもおかしいので、遠目にチラチラと景色を入れる。


そこで、ひとりの際立って輝いていた少女が目に留まる。


周りとの動作の整合性も、その中での個性も、際立っていた。


「ああ、ダンスとか。青春だね。」


などと思っていると、その少女がこちらに向かって駆けてくる。


その先には大川先生。


すれ違った瞬間、爽やかな一陣の風が吹いた。


「おおかわッ!」


「おお、かわ?」


「こいつだよ。」


大川先生の声が響くと、少女は振り返る。


「おにいちゃん?」



「今日は、いい天気ですね。」


一陣の風が吹いた、気がした。


スベっただろう。


これでいい。


シベリアにある永久凍土をここに召喚したのだ。


Здравствуйте.


けれども、すぐにミスに気がついた。


悪手だった。


「フフッ。おもしろーい!」


この学園の悪い「ノリ」だ。


とりあえず変なやつでも、どう滑っても「ノリ」で片付ける。


これが、この学園のエコシステムを支えている。


部外者だろうととりあえず取り込もうとする。


この連中は、進んで排気ガスを吸いに行くのだ。


思わぬ排気ガスで、地球温暖化が始まっている。


心の中でグ◯タさんがそう囁く。


もう止められなかった。


なにを企んでいる?


どんな意図が?


全力の疑いの目で大川先輩の目を直視した。


こちらの目は定まっている。


気まずそうに、お互いが逆の方へ顔を逸らした。


「オヤジの頼みでさ。」


「なるほど。」


「ほら俺、ファザコンだからさ。察してくれ。」


「それは知りませんでした。というか知りたくありませんでした。残念です。」


「冗談だよ。」


「教師というのは面白い冗談をいうのですね。」


「察してくれ。」


「まあ、ええ。お察し申し上げます。」


先輩の「オヤジ」、すなわち父親。


それは度々ニュースを騒がせる多選の大物国政政治家で、今は国家公安委員長を勤めている。


オヤジさん、私になにかを背負わせようとしているのか。


「わたし、舞奈。今日からよろしくッ!おにいちゃん!」


まさか妹ができるとは。


「舞奈さん、どうして、『おにいちゃん』なのかな?」


苦笑いを隠して冷静に聞いてみる。


「うーん、両親は一応いるけど、おにいちゃんはいなかったから、みたいな?」


両親は、「一応」いる。


引っかかった。


両親は、一体なにをしている?


突然、舞奈は手を握り歩き出す。


「じゃ、行こ!おおかわがいってた。家、目の前なんでしょ?」


おどおどしながら引っ張られて、そのまま歩きはじめながら、大川先輩の目を見る。


その目には、なにか安堵の感が出ている。


こちらとしては、まだ承服いたしかねるが、それは、どうやら自分とは関係のない大きな流れを背に、はじまってしまったのだ。


「じゃあね、おおかわー!」


「気をつけて帰るんだぞ。」


大川「先生」はこちらに向けて大きく手を振っていた。


二度とこの案件を返してくんなよー、という信念を持った手の振り方だ。


そう思った。



「おにいちゃん、三郎のラーメン好きなの?」


「臭うかな?腹に溜まるからでしょうかね。」


「わたしも好きー!それにね。」


「それに?」


「タバコ吸う人って憧れなんだ、なんかカッコイイじゃん?」


「これからは控えるつもりですよ。」


「えー、どうして?」


「さあ。教育に悪いでしょう?」


観察眼の鋭さに驚く。


そして、間のないコミュニケーション。


頭がキレるのだろう。


「それって、わたしのこと受け容れてくれるってこと?うれしー!」


「……そうですね。」


そういうことなのかもしれない。


私の負けだ。


まだ意図は判りかねるけれども、そうこうしているうちに家についた。

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