4.帰宅
「それで? 家はどこなの?」
「・・・あっちだけど・・・」
躊躇いつつ、僕が指差したのは、暗闇の先。僕はこの街の住人だから、それぞれの建物の位置を把握している。位置関係を把握できている。
しかし女性はそうではない。彼女は僕が指差した方向に目をやると、一言呟く。
「よく分からないわね」
そう言いつつも、女性は僕の手を引き、歩きだした。
「ねぇ、大丈夫なの?」
帰路に着いている道中、僕は聞いた。
【紅紫色の狂殺者】が現れたのなら、この街にいるのなら、いつ襲われるか分からない。それなのに女性は特に急ぐこともなく、悠々と歩いている。そんな彼女に対し、安全かどうかを僕は尋ねたのだ。
すると女性は足を止め、振り返る。
「え? あ~・・・、じゃあ、貸してくれる?」
そう言って左腕を差し出してきた女性。その仕草に対して、僕の理解は追いつかない。
「ランタンを貸してくれるんじゃないの?」
女性のその言葉で、ようやく僕は気づく。
【紅紫色の狂殺者】に関して安全かどうかを僕は尋ねていた。しかし女性は、暗闇に支配されている夜道の安全性に思いを寄せていたようだ。
僕はランタンを渡し、改めて聞く。
「襲われたりしないかな?」
「大丈夫よ、ワタシたちは悪人じゃないから」
またも出現した単語。女性はそう言うと、再び歩きだした。
僕は自分のことを悪人だとは思わない。しかしそれを言うなら、街のみんな───殺されていた人たちだって、そうだ。この街に悪人なんて一人もいない。
だけど、みんな───肉屋のスビアさん、八百屋のユルグさん、酒場のエウロレアさん、木工職人のチャルストンさんたちは、殺されてしまった。そして、他の人たちも。
そのことを言おうとしたとき、女性は立ち止まった。
「ねぇ、ここから先は、どっち?」
分かれ道に辿り着いたことで、女性は振り返った。僕は先程考えていたことを一旦頭の隅に追いやり、道案内をする。
「僕が前を歩くから、着いてきて」
そう言ってランタンを返してもらうと、僕は自宅へと急いだ。そんな僕に手を引かれて、女性の足取りも早くなった。
やがて自宅前に着き、僕は女性に言う。頭の隅に追いやっていた疑問を口にすることにしたのだ。
「ねぇ。この街に悪人なんて、いないよ? だけど、みんな殺されちゃったんだよ? だから僕たちも───」
「大丈夫よ、ワタシたちは大丈夫。とにかく家の中に入りましょ」
そう言うと、女性は僕の背中を押してきた。
「とりあえず落ち着くために、水でも飲めば?」
家の中に入ると、女性が言ってきた。その言葉を受け、僕はランタンを片手に戸棚からコップを出そうとする。
「ワタシが持っててあげるわ」
女性はランタンを受け取り、戸棚を照らす。そうして僕は二つのコップを出し、水瓶が置いてある場所へと移動する。そして女性は、僕のあとをついてくる。僕の足元を照らすために。
「はい、貸して」
コップを一つ受け取った女性。そうして空いた手で、僕は水瓶の蓋を開け、柄杓を握る。
程なくして、テーブルの上にはランタンと、水を湛えたコップが二つ。そして僕たちは、イスに腰掛ける。
「ねぇ、大丈夫って、どういうこと? なんで、僕たちは襲われない───って言い切れるの?」
「【紅紫色の狂殺者】は、悪人しか殺さないのよ。キミは悪人じゃないでしょ?」
僕は悪人ではない。だけど、そんなことは関係ないんだ。だって・・・、みんなは殺されてしまったんだから。
僕はもう何度も思っていることを、そしてすでに女性に対して言ったことを、言葉にする。
「だけど、みんなは───」
「イイから、落ち着きなさい。ほら、水を飲んで」
些か声を荒げた僕に、女性は穏やかに言った。その言葉を受け、僕は水を飲む。一口、また一口と、ゆっくりと飲んだ。
「キミはここで静かにしてなさい。あとのことは、ワタシがなんとかするから」
「でも、アブ・・・、アブない・・・よ・・・」
なんだろう、急に眠たくなってきた。夜半に起きたからだろうか。それとも、信じられないようなことに直面したからだろうか。
ともかく、疲労のためか、心労のためか。僕の瞼は重くなり、意識は遠のいていった。




