【新連載】第一章 姫の朝
【新連載】
----姫の朝----
西暦2221年4月8日 午前8時
トントントントン・・・
軽快なリズムで、まな板が鳴る。
カチャ カチャ カチャ・・・
静かに食器が並べられる。
・・・・・ジュゥー・・・・
ベーコンを焼く音・・・
シャカシャカシャカシャカ・・・
リズミカルにボウルで何かを混ぜている。
コンソメのスープ香りと、焼いたベーコン香りが舞う・・・
この広く清潔な厨房に、
7人の白いトックブランシュを被る
白装束の男女が、黙々と朝食の準備をしている。
真剣だが時折、笑顔もこぼれている。
全員が仕事への責任感とプライド、やりがいを持つ顔つきだ。
そこに恰幅の良い黒いタキシードを着た、
中年男性が入ってきた。
「今朝はリムジンで お食事をされます。
そのつもりで 準備をお願いします。」
「・・・・ウィ!!」全員の声が揃う。
・・・「あっ、私に今、コーヒーを頂けますかな。」
◇◇◇
嵐山の渡月橋から南方を望むと、
桂川の堤防沿いの桜並木は、
ほぼ満開になっていた。
温暖化の影響もあり、3月上旬にはもう
蕾が開き始めていた。
天龍寺、大覚寺の地上参拝は、
戦後の緑地保全観光協定の取り決めで、
春のみ4月1日から20日までとなった。
寺院の門が開くのは朝の9時からなのに、門前には
既に、国内 海外問わず、大勢の観光客が押し寄せている。
1日10万人までの予約制という事もあって、
海外からの参拝客も多く、予約の取れなかった者も、
一目、観ようと参拝に来ているのだ。
丸太町通り西のどんつき(突き当り)には、
地下鉄東西線の西の終点、嵐山二尊院駅があった。
その駅を地上に出て 北方に位置する大覚寺、
南方の天龍寺や渡月橋へ向かう 行列が続いていた。
駅の真上にある二尊院は春は拝観時期でなく、
ひっそりと静まり返っていた。
その更に西奥には、何故か高度な結界が張り巡らされていた。
人目からは山に迷い込まないように、
二尊院の奥には高い塀が施工されて
いるように見えていた。
それは一般人が奥の敷地に入れないように、
最先端の量子プロジェクションマッピングと、
衛星を含む機械の目も欺く霊法結界術の
融合によるもので、
そこに建つもの全てを、隠していた。
実際、その敷地は高さ3メートルを超える特殊鉄鋼の柵に囲まれ、
数々の探知機能も備わっていた。
その敷地に建築された物は、約200年前の迎賓館赤坂離宮を
オマージュして建立されたと言われてる。
ネオバロック建築様式と呼ばれる3階建てで、
正面から観ると弧を描くその美しい建物の前庭には、
直径10メートルほどの白い大理石で彫刻された
円形の大きな噴水があった。
その噴水の中央には、同じ大理石製の
美しい天使の彫刻が、
大きな瓶を肩に担いで科を作っており、
その瓶から大量の水が滝のように流れ出ている。
噴水の周りの前庭には、純緑に輝き、手入れが難しいと言われる、
名門ゴルフコースのグリーンを覆う
優れたクリーピングベントグラスが敷かれていた。
その先の正門まで100メートル程、その芝を踏まぬように
まっすぐに車輌が通るための石畳も敷かれている。
正門は白くペイントされた特殊鉄鋼を蔦に模して、
何本もくねって上に伸びている。
門扉一枚が、縦横5メートル以上あろうその扉が左右に開くと、
一瞬、結界が解けて、外から一台の白い無人のリムジンが、
音も無くゆっくりと入って来た。
噴水の手前で左右に分かれる石畳を左へ、石畳に沿ってゆっくりと
噴水沿いを右にカーブして、屋根のある建物正面の表玄関へ横づけし、
音も無く停止する。
◇◇◇
アリスの部屋には天蓋のあるベッド、絵画を始め数々の美術品が置かれ、
バロック調に装飾の施された室内には、うっすらとバラの香が舞う・・・・
広い室内の壁の大きな鏡の前で、立ったまま
アリスは腰近くまである 輝く金色の髪を木の櫛でとかしていた。
寝起きでも、凛とした透明感のある顔立ちは、
目は青く、鼻筋が通っていて 欧州と倭人の交わりを見せる。
バン!と部屋のドアが開き、
「お姉様ぁ~急いで下さい、遅刻しますよ~!」
マリアがバタバタと入ってくる。
同じく腰近くまであった漆黒の長い髪を、
ヘアクリップでクルクルと巻いて束ね、持ち上げて止め
今日はすっきりした印象だ。
白のブラウスの上から、グレイで前がⅤネックに深めに切れた
膝下丈のワンピースに薄柿色のブレザーを纏う。
腰から下に白いレースがあしらわれている。
制服がマリアを上手く、お淑やかに演出していた。
アリスと同じ美人でも マリアは東洋系の血が濃く、
可愛らしく 目が赤いのが印象的だ。
この建物の3階には12の居室があり、
中でも一番広い150㎡の広さを誇るスイートルームを
アリスは一人で使っている。
いっしょに使おうとマリアに提案したものの 丁寧に断られたからだ。
マリアは入室後すぐに、アリスに例の学校の制服である
薄柿色のブレザーを着せながらも、せわしない様子だ。
「お姉さまは、お一人では何にも出来ないんだから!」
マリアの口癖だ。
2階からは、一直線に中央階段で1階ホールに下りられる。
中央階段は2階部分で、左右に陸橋廊下で
ワンクッション入るものの、階段自体は全て 横幅4メートルはあり、
黄金色のカーペットが敷き詰められていて、
木の手すりや柵も黄金色に塗られている。
通称「黄金階段」と呼ばれていた。
マリアは白階段を3階から軽功で一気に1階まで下りた。
階段下の中央ホールには左右に3人づつメイドが畏まって立っている。
吹抜けの ホールの先の表玄関近くに一人立つ
見た目は50代だろうか、シルバーアッシュのオールバックに
190㎝を超える恰幅の良い体格。
北欧の血が 色濃く入った白人で鼻が高く、
エラの張った四角い顔には、小さな切り傷のようなものが
幾つか付いていた。
細めの目の色は赤く、お伊勢様の一族であろう事は
知る者からすれば一目瞭然だろう。
黒のスーツに身を包み、武道家であろうオーラは、
無我自然体を装っても 隠しきれるものでは無い。
少し笑顔で「マリア様、階段を走ってはいけませんよ。」
静かに語りかける。
彼の名はジョナス・ジャミン。
表向きはアリスとマリアを支える、アッパーサージェントを取りまとめる
ランド・スチュワードと呼ばれる使用人のトップだ。
またマリアの母、お伊勢様付きのセバスをトップとする
陰部隊ダーク・スチュワードのナンバー2でもあった。
「ジョナスはいっつも小言ばっかり。」
マリアが反抗した物言いをする。
後から華麗な凛とした佇まいで、ゆっくり階段を下りてきたアリスは、
「マ・リ・ア・・・・」アリスの目の奥は笑ってない。
「・・・・はい。お姉さま。判ってます・・・・
・・ジョナス、ごめんなさい・・・お母さまには内緒で。」
マリアはしゅんとなってみせる。
ジョナスは笑顔を崩さず、
「・・・ははは、マリア様はいつもですね。・・・
・・アリス様、お車が到着致しました。
お食事お飲み物は車中にご用意してございます。
さあ、お急ぎください。」
表玄関前で、観音開きで出迎える白いリムジンに入り、
テーブルを挟み 向かい合わせで座る。
テーブルには4段の重箱と、暖かいスープの入った太い水筒が置かれていた。
小さく鈴の音がして、観音開きの扉がゆっくり閉じると、
音も無くリムジンが滑り出す。
正門を出て、直立不動で見送るジョナスが小さくなっていく。
◇◇◇
しばらくして、リムジンは桂川の堤防沿いの桜並木道を南下していた。
車内に気にならない程の音量で、ヴィヴァルディの春が流れている。
「お姉さま、ほらっ、桜がキレイ!うわー、ほんといい天気ですね!」
相変わらず、マリアはずっとこの調子だ。
「これは春和景明というのよ。筆と紙が有れば、良い書ができるわ・・・」
「もうっ、お姉さまは。・・・お正月じゃないんだから、
学園でそんなこと言うと、笑われるんだから。」
しゃべると ほんとっ、古臭いんだから。マリアはいつも思っていた。
ときどきお姉さまが思いついたかのように言う、
オヤジギャグ、人前で言ってほしくない。
マリアは親に対する反感や、羞恥心のようなものを
アリスにも少し持っていた。
「・・・お姉さま、お腹空いた。スープを入れますね・・・」
・・・・・刹那!
急にアリスの只ならぬ気配・・・
「・・・マリア!行っ・・・」
・・・言葉を残し、
アリスの身体が車内から忽然と消失した。
ピンと張りつめた空気・・・
そのゼロコンマの刹那、
「・・・・・・・メタトレース。」
赤い目が光りマリアの身体もリムジン内から消失した。
リムジンは、車内重量の変化を察知してか
ハザードを焚いて道端にゆっくりと停車した。
☆☆☆彡
4つのプロペラが回転し飛行する赤いヘリの、
ななめ上方角30メートル程の空中に、
5メートル程の間隔を空けて2人は転移した。
彼女らに自由落下の法則は適応しない。
地に足が着いたかのように空中で停止している・・・
この赤いヘリを使用する人は一人しかいない・・・・
「・・・会議に・・・」
マリアは思った。
ふと我に返る。すでに転移してくる前から、
なぜか直径3m程の球のバリアが張ってあった。
バリアの中にそれぞれが転移してきた形だ。
「・・・・何これ!お姉さま!!!」
マリアは状況がすぐに判断できずに、取り乱していた。
「・・・・静まりなさい!マリア。」
隣の球の中に、お姉さまも入ってる。
赤いヘリも、大きくバリアに覆われていた・・・・
お姉さま・・・・何故か上をご覧になってる。
何気なく上を見ると、空中に黒いスーツのイケメン!
何故かお姉さまが、心なしか涙ぐんでいらっしゃる・・・
急に、更に上空の成層圏で、音も無く大きな閃光が走り、
私たちの周りまでも光に包まれる。
「・・・・あぁ!もしかしてデイタリウス様ぁ!」
叫んでからマリアは手で口を押さえ、しまった!という顔をした。
黒スーツの彼は2人に手を挙げ、
ウインクしたかと思うと空中から忽然と姿を消した。
アリスは小さく呟いた・・・
「・・・デイティ。来てくれていたのですね・・・
・・アトムクロックを遅らせて叔母様と世間話・・・」
(私の魔法など足元にも及ばない・・・・高次元量子霊法・・・)
「瞬間ガンマ線被曝量 3000W/㎡、550000ミリシーベルト・・・・か。
バリアが無ければ・・・叔母様はともかく、人間は助からない・・・」
上空を見上げ感慨に耽る。
フーと大きく息を吐いて アリスは踵を返し、
すぐにヘリの中に転移した。
マリアはまだ興奮冷めやらぬ様子。
「この球体は次元バリアね・・・・私たちを守る為ね。
・・・転移する前から張ってあったわ。・・・
・・・確定未来予測・・・お姉さまの使う超位魔法・・・
・・WILLみたいな感じ・・・ 流石はデイタリウス様といったところね。
・・・お姉さまだって間に合ってたわ。」
マリアの顔から笑顔が消え、・・・
「・・・・お母さま大丈夫かな・・・・メタシャドー・・・・」
マリアは第六位階の魔法を唱え、
バリア内から転移しアリスの後を追った。
有難うございました。
続きが読みたい。いい感じ。興味ある。仕方ないな。
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