第2話 リリアの魔法
ノマの疑問に答えた時と同じ様に、リリアは魔法使いについて丁寧に話し始める。
リリアの説明に何度も頷くウルマは、終始目を輝かせていた。
自分も同じような顔をして彼女の話を聞いていたのかもしれないと思うと、少し気恥ずかしい。ノマはやかんに水を入れながらこっそり苦笑した。
「すごいな。そんな夢みたいなことが出来るなんて。今、その魔法とやらを見せてもらうことは出来るのか?」
ノマはリリアの方を振り返った。
ノマだって魔法を見てみたい。でも、初対面でお願いするのは失礼かもしれないと遠慮していた。流石は村の長。どんなことにも物怖じしない。
リリアは目を伏せた。錫杖を胸の前で握る。
「えっと……ごくごく簡単なものであれば。わたしの専門は水魔法なので、水を操ったりとか……」
「み、水を操るッ!? どういうことだ!?」
食い気味のウルマを両手で制したリリアは、恐縮した様子で眉を下げた。
「そ、そんな大層なものではないです! 水を浮かせて、移動させたり」
リリアの言葉を聞いたウルマは、水が入っているコップを指で示した。おそらくウルマの飲みかけだろう。
「じゃ、じゃあ例えば……このコップの中の水を、水場に移動出来たりするのか」
これから世話になる村の長にあんな真剣な表情で迫られては、出来ませんとは言い難いだろう。内心同情しつつ、ノマもリリアに注目する。
「あ、はい。では……」
咳払いをしたリリアは錫杖を自身の目の前に翳した。
彼女が目を閉じ、ぶつぶつと呟けば、錫杖の赤い宝石が微かに光を放ち始める。
それだけでも十分衝撃的な光景だったが、そこから先が更にノマに驚きを与えた。
「──水よ、囁け。ロゥリエラ・ウォーリィ」
リリアが言葉を紡いだ後、突如ウルマのコップから球状になった水が浮かび上がった。
球体は宙を浮かび、ノマとウルマの間を浮遊する。
あり得ない。水は本来下に流れて落ちてゆくものだ。こうやって浮かんだりするはずがない。
試しに指先で水の球に触れてみると、確かに水の感触がした。球と触れ合った指も濡れている。
ぷかぷかと浮かびながら移動した水の球は、水場の上まで辿り着く。そこでリリアが錫杖を一振りすると、水の球がバシャッと水場に落ちた。
ノマとウルマは、生まれて初めて目の当たりにした魔法に、茫然と立ち尽くしていた。
「これが、水魔法です。目の前の水を自由に操ることが出来ます。魔法免許の昇級試験を受けて階級ランクが上がれば、別の場所にある水を喚び出したり、何もないところから水を生み出す魔法を扱うことが出来るのですが、わたしにはまだまだ……」
「すごい」
ノマは全身に鳥肌が立つのを感じていた。
こんなことが出来る人間を今まで見たことがない。魔法に触れたことにより、ノマの胸中で何かが弾ける。
もっと知りたい。
自分と違う人間のことを詳しく知りたい。好奇心が渦のように駆け巡る。
「水を操れるとなると、畑の水やりにはかなり役立つなぁ」
ウルマは自身の濃い髭を触りながら呟いた。
「ほ、本当ですか!」
ウルマの言葉を聞いたリリアは、パァッと笑顔になった。嬉しそうに頬を紅潮させている。
「……あら? お客様?」
扉を開ける音と共に、柔らかな物腰の女性が家の中に入ってきた。ノマの母親のアダだ。
その後、リリアはもはやテンプレートとも言える自己紹介と魔法についてのやり取りを行った。
同じ説明に疲れ一つ見せないところにノマは感心する。
リリアはとても真面目なのだ。