泡沫夢幻の計
苦悩回です。
ちょいと鬱展開なので、月曜の朝と 日曜の夜に読むのはおすすめしません。(笑)
ではでは。
目の前の自分の顔ををした別人が、今朝も相変わらず、美味しそうに良いリアクションをしながら、朝食を取っている。
毎朝、メニューはそうは変わらず、バターをたっぷり付けたフレンチトーストと、オートミールと、ハムとヨーグルトだ。
どこが美味しいのかしらないが、いつもニコニコしているのだ。
たまりかねて、理由を聞いてみる。
「なあ。いつもと変わらないのに、何で毎回ニコニコしているんだ。」
「え。だって、おれレイシャさんと一緒に食べたら何でもおいしいもん。」
「・・・。」
この男は、突然の刺客を送ってくる。心臓に悪いので、やめて欲しいのだが。顔が赤くなってはいないだろうか。
「うんうん。やっぱりパンの味が違う気がする! これは、小麦粉変えました?」
「何と!ばれてしまいましたか!そうなんです。新しい上質な小麦粉が手に入りましてな!いろいろブレンドしたもので今日は焼いてみたんですよ!」
うん? 私には全然分からなかったのだが。レイは本当に小さな幸せを見つけるのが上手い。
これが、レイが言っていた、ポジサイコってやつなのか。
レイが言うには、レイの故郷の日本って国には、自分のような者はたくさんいるらしい。
日本って国は恐ろしいのだな。
誰もが家族や恋人や友人に毎日愛を語っていそうで、きっと皆の心が温かい国なのだろう。
そんな朝のひと時から、活力を得て、一日は始まる。
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私はレイに信頼してもらえるような、良い人間では無い。
レイと私が例の入れ替わりの後、私が最初に取った行動は、まさに身勝手な人間のするそれだった。
私は、レイとは一言もしゃべらず、もちろん行く先の伝言も残さず、ただただ自分の気持ちを整理するために、外出をし、気づけば公園に来ていた。
噴水に硬貨を投げ、祈ってみる。どうか、この体で一生過ごさせて欲しい、と。
もちろん、彼の性格はあっけらかんとしていて、好ましくは思っていたし、少し高めな声とか、体つきとか、まさに私のタイプだった。
でも、レイを異性として愛するそれとは違っていたのだ。彼に愛して欲しいのではなく、彼が、彼の身体が欲しいのだと。
愛を求めるのではなく、私は彼になりたいのだと・・・。
その日その時その場所で浮かんだ考えはあまりにも歪んでいて、罪悪感に押しつぶされそうになった。
もちろん、意図せず起こった事件ではあるのだが。
レイは私の事を好いてくれているようで、最初こそ自分の身体の中に他人が入っている事に多少抵抗があったのか、なかなか声をかけては来なかったのだが、2,3日すると私の顔を見るなり、子犬のように駆け寄ってきて、ニコニコ話すのだ。
何がそんなに楽しいのか。その度にわたしはズキンと胸が痛む。
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1週間を経過した頃には、恐れていたことが起り出した。
今まで、全く違う環境で育ち、違う考え方をし、違うものを食べ、違う時間を過ごしてきた。
そんな身体と魂が合うわけが無いのだ。
案の定、私の身体は拒絶反応を起こし、胃から生暖かい物体とは何か違うものが綻びでそうになり、慌てて口を抑える。身体中が危険を感知していた。これが体外にでてしまうと、死んでしまうと。
誰も通らない、廊下で1時間ほどたった頃だろうか。嵐のような荒々しさで心臓を圧迫した、あの嘔吐感が、スウっと冷えていき、身体の奥底に戻って行くのを感じる。
その後、執事のジェームズに助け起こされるまで、死地を駆け抜けてきた身体は恐怖に震え、立ち上がることはできなかった。
「お客様のレイ様でございますね。」
「こちらのお部屋でお休みください。遠慮せず、ごゆっくり。」
「レイシャさんはお元気ですか。」
蚊の鳴くような声で質問する。
「お嬢様なら、部屋で爆睡していましたよ。」
確かに隣の部屋から大きないびきが聞こえてくる気がする。
しまらない顔をし、貴族令嬢にしては目を当てられないような、よだれを垂らした顔をしているのだろう。
思わず、笑みがこぼれる。
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次の日の朝、身体に不調はないかと聞いてみた。
「全然。元気ですよ~!」
「これ、お代わりまだありますか?」
う、うん。ちょっと引くくらい、元気そうであった。
1回目ほどではないものの、今でも時々拒絶反応は起き、レイに心配されて、看病をしてもらっている。
まあそれよりも屋敷の人に入れ替わりがばれないように、仕草や話し方を矯正するのが重労働なのだが。
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とにかく、無理をしない程度ではあるが、私は急いでいた。
ある日、突然、魂が離れてどこかにいってしまわないように。
どうにかする方法を探していた。私の数少ない友人たちは私の身に起きた不幸に理解を示してくれ、協力してくれた。
だが、それでも解決策は見つからない。事態は悪化こそしないものの、未来は絶望的に思えた。
私は短期決戦でケリをつけるのではなく、長期的に闘う覚悟を決めた。
ある日、洞窟に彼を連れ出し、暗殺者になる事を相談すると、彼は2つ返事で許可を出してくれた。
こんな自分本位の身勝手なやつを彼は全幅の信頼を寄せてくれるのだ。
レイの事は、身体が元に戻った場合でも手放したくない。身勝手ながら、そう思ってしまった事は内緒だ。
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今日も私は王の命令により、汚れ仕事をこなす。
唯一の救いは今日がどんなにつらい日でも、家に帰ると必ず彼の笑顔があることだ。
今この選択で、前に進めるかどうかはまるで自信がない。
だが、実際に王立図書館には貴重な情報が集まっており、時間を見つけては必死に解決策を探している。
実情ってきっとこんな感じなんでしょう。何事にも裏があるってやつですね。




