【05】
机を殴ってすぐに後悔した。
机は拳よりも硬い。拳を思い切り叩きつけたところで拳が痛いだけで机が張り裂けたりはしない。鈍痛を覚えながらそんなことを思った。
『こんなものを出版しようとする出版社は存在しないでしょう』
山本氏の批評はその言葉で始まり、終始その調子だった。
「畜生……!」
台本があるのかと思うくらいに淀みなく山本氏は話し続けた。私の相槌などは聞いていなかった。必要なかった。それは対話ではなかったのだ。演説と言った方がより正確だ。私には観客として傾聴以外の所作は求められていなかった。
彼の話はとても論理的だった。小説というコンテンツを形成する様々な要素を分解し、私の作品におけるそれらの要素はどうなのか。それらがどのように「ダメなのか」を丁寧に事細かく解説して見せた。そして最後には「この作品にはどこにも評価する部分が見当たらないです」とまで言い放ち、話を締めた。
彼は言葉を選ぶのが上手かった。私が心血を注いで書き上げた物語がだだの紙屑に過ぎないという一つの結論を伝えるために、彼は平易な万の言葉を使った。
「畜生……」
しかし違う。違うのだ。これでも私はプロの作家を目指す人間だ。実力は伴っていないかもしれないが、意識はプロのそれだと自負している。どんな作品でも万人が賞賛するということは絶対に無い。同じ作品でも英知の結晶だと崇拝する人もいれば、ごみ以下だと吐き捨てる人もいる。そしてプロはどちらの評価も等しく受け取らねばならない。ただ単にダメだと言うのではなく、どこがダメなのかしっかり解説してくれた山本氏に対して私は感謝せねばならないのだ。
それに山本氏の解説の大部分は非常に的確であり、私は目が覚めるような思いをしていた。説明不足、語彙不足、表現力不足。どれも納得せざるを得ないものばかりだった。だから私はこれらを反省し、次に活かすつもりだった。この程度で私は挫けたりはしない。
「畜、生……」
しかし私は憤っていた。悔しさ。勿論それはあった。つい半日前まで夢想していたサクセスストーリーの身の程知らず加減にはほとほと呆れ果てる。私の中の自信など所詮は膨れ上がったフーセンのようなものだった。破裂してしまえば何も残らない。自分の視野の狭さには吐き気がする思いだ。
しかし違う。この憤りは山本氏に対してだった。そうだ、彼には感謝している。だが違う。こればかりは気に入らないとしか言いようが無かった。これ以外の言葉にすることは難しい。とにかく気に入らない。
とにかく気に入らないのだ。
ご高説を垂れながら悦に入っている山本氏の態度がどこまでも。
ガンッ。
再び机を殴り、再び後悔した。