【03】
喫茶店から出た私は真っ直ぐ自室に戻った。
ドアに鍵を掛け、クリアケースが入った鞄を床に置いた。カーテンと窓を開け、換気をすることにする。茜色の光が差し込み、淀んだの空気が流れだし清涼な空気が入ってくる。それを肌で感じながら、私はベッドに身を投げた。
天井を見上げ、ついさっき聞いたばかりの言葉の欠片を集めた。まだ意味がよくわからないままだった。理解することを拒否していたと言った方が正しいだろうか。幽かで曖昧なそれを虚空に見つめた。
そのままどれほどの時間が経っただろうか。焦点がずれ始める。眠くなったのだ。丁度いい、と眠ることにした。それは一種の逃避だとわかっていた。だが、そんなことはどうでもよかった。
そして目が覚めると日付が変わろうかという深夜だった。私はのろのろと起き上がりトイレに入った。用を足し、そして部屋に一つだけぽつんと置かれたデスクへ向かい、座った。
真っ暗な部屋の中でそのまましばらく沈黙する。寝起きで霞かかっていた思考も徐々に冴え始めた。
目を閉じ、再び例の言葉を反芻する。
『まず、この作品を一言で言いますと――』
『私が思うにこの部分は――』
『まず大前提として――というのは――』
なるほど、そうか。なるほどなるほど。
本当は理解なんてとうに済んでいる。彼のご高説は明瞭簡潔。理路整然。小学生だって一度で理解できる。素晴らしい。ビューティフォー。マーベラス。ファンタスティック。
理解が済んでいない?
理解を拒否している?
馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
もし仮に何かが「済んでいない」と言うのなら、それはそう。
「八つ当たりが済んでいない」と言うのが正しい。
暗闇の中、私は拳を振り上げ――。
振り下ろした。
ガンッ。