【01】
私が山本氏に会ったのはおよそ一年前のことだ。
その頃の私の身分は大学生であったがほとんど講義には出席せず、自室で小説ばかりを書く毎日を過ごしていた。いつかプロの小説家になるから構わない。そう自分に言い訳してひたすらパソコンに向かい、低学歴が滲むような文字の羅列を朝から晩まで生産していた。魔法の剣や杖が登場するファンタジーな世界観が好きでその系統ばかりを書いていたが、内容といえばどこかで見たことがあるようなオリジナリティのないものばかりだった。だが当時の私はただただ自分の書く文章と物語に酔っていた。
どこにそんなに舞い上がる要素があったのだろうか。今はもう読み返そうとも思わないが、読み返すとしたらかなりの勇気が必要となるだろうし、最初のページから赤面は避けられないだろう。自画自賛など到底できるはずもない。
ありがちな設定に意外性のないプロット。安いセリフ、稚拙な伏線。教養のなさを誤魔化すように並べられる専門用語や難読漢字。そして何より私を増長させた文章は、巧く見せようとして逆に読み辛くなっているとしか言いようの無い凄惨な有様で、吐き気すら覚える。
それでも当時の私にとっては大学の講義を受けることよりも遥かに有意義な活動だった。
カラカラに乾いた瞳を擦りながらキーボードを叩くことが幸せだった。
それだけは間違いないのだ。恥ずかしいことに。
講義を無断欠席日々が続き大学生であることすら忘れ始めた頃、私は長い間書き続けてきた作品をついに完成させた。
二五〇ページ程のファンタジー小説だった。だいたい文庫本一冊分だが、それまで私が書いてきた中では最長だった。
私は興奮していた。完全に初期の構想通りに書ききれたことと、それだけの枚数を自分が書き上げたという事実に対して。それは間違いなくその時点における私の最高傑作だった。
脱稿……と呼んでいいのかは定かではないが、とにかく脱稿した夜は箸を持つ手が震えてしまい、食事に結構な時間を費やしたことを覚えている。
私はその作品をどこかの出版社の賞に応募しようと考えていた。元々そんな気はなく書き始めたものだったが、いざ完成してみるとある種の欲が出てくるもので、気付けばどの賞に送れば良いかを真剣に考えている私がいた。
全く傲慢この上ない話だが、私はその作品で何らかの賞を受賞するだろうと本気で確信していた。この傑作を評価しないわけがない。のぼせ上った私の脳内ではありもしないサクセスストーリーが繰り返し上演されていた。
もちろんその作品も今振り返ると一行目から目を逸らしたくなるような出来なのだが、当時の私にとってそれはそれまでの人生の集大成とも言える至高の宝だったのだ。繰り返すが本当に恥ずかしい。