後悔その3
アルシェンド王立学園は雰囲気で言えば、現世の高校と大差ないのだが、教わる項目の中で一番の難関は魔法の分野だった。
サムソーニアに魔力は確実に備わっているのだが、どうもこの魔力を発動する度に何らかの抵抗力があるらしく、頭の奥底に頭痛を感じる。
教科書で暗記なら、意外と自頭の良い16歳には難しくないのだが、如何せん、実技は……
このままだと拙いわ。
もっと真剣に対策取らないと。
とはいえ、現実の世界の自分が自分の中で強く存在するので、この世界の私は何処か他人事だった。緊迫感も緊張感もない。
与えられたような記憶だけは、割とはっきりとしているのに、考え方はどちらかといえば、小紗世よりになってしまう。最初の頃は私と言ってたが、段々面倒くさくなってきた。丁寧な言葉使い難しいわ。
講義を受け終え、机に肘を立てて、頬に手を当ててダラーンとしていると声をかけてくる2人の女性がいた。
『次の授業は魔育の時間です。一緒に行きませんこと?』
入学当時に声をかけてくれたキャストリン嬢は目の前に立ち、顔を覗き込みながら優しい笑顔で語りかける。
同じ組とはいえ、違う講義を選択していたため、別の講堂からわざわざ誘いにきてくれた。
あ、いけない、と貴族の令嬢らしく姿勢を正す。
『学園始まって以来の秀才だと言われたマーブル様の妹君ですもの、魔育の時はぜひ近くで見学したいわ。』
キャストリン嬢の隣にいる小柄な銀髪の女の子は無邪気そうに言う。
彼女は、一応私のライバルだった。
そう、リーヴィ王子の第二婚約者である、フーケデリーナ・デラ・ナイトルーア侯爵令嬢だ。
長い睫毛の大きな灰色の瞳は大変可愛らしい。
昨日、突然現れ、自己紹介されて仲良くしましょうと言われたので驚いた。
初日は気がつかなかったが、同じ組。
天使のような微笑みが嘘なのか本当なのか掴みきれない。
身分的に上の階級なので邪険に出来ないし。
仲良くすべき……かなぁ?
『兄をお褒め頂きありがとうございます。ですが、私はそこまで優秀ではございません。それに兄は兄、私は私ですので。』
『ご謙遜を。シェルダンテール家は黒い髪の優秀な能力を持つ一族として誉れ高く、サムソーニア様のいつ教授に指名されても動じずに完璧に美しく答弁できる様は学生の鑑と既に噂されていますわ。』
『有難うございます。ですが、魔育は実技ですから、心配ですの。きっと期待をして観ても答えられる事は出来ませんわ。ナイトルーア様の方がお得意ではなくて?』
『私もそれ程強い魔力ではありませんの。リーヴィ様でしたら、この教科はお得意な筈ですわ。でも残念です。今日は火組と合同です。一緒に見学できませんわ。』
避けたい話題をぶっ込んでくるなよ。
二人で見学したら彼がどう思うか?あんまり喜ばないと思うけど。
天然なのか?
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魔育と体育は別物である。
魔育は魔法を育てる学問であり、筋力や柔軟性は必要ない。よって制服のままで受けられる講義だ。
魔法陣が描かれた布を用意して、その場所に座り、様々な魔力による魔法の発動を自己認識したり、量を専門の魔道具を使い量ってみたりする。そして、魔力の少ない者には、教授からの助言や具体的な施術を受け、向上するよう促される。
通常は光・水・火・土・風・闇の属性どれかに魔力が発動して魔法が使えるものだが、私の場合、カテキョの話によるとどの属性も得意と言う感じではなく、魔力は溢れているのに、上手く使えていないらしい。この際だから、恥を書いてもここの教授に良くご教示してもらおう。
危険の伴う講義であるため、外の広場にて授業は行われた。
女子と男子は同じ敷地だが別れて授業をする。
なぜなら、魔力の流れは体の構造が違うように同じではなく、女性には女性、男性には男性が授業しないと意味がないのである。
特に女子は体の不調によりデリケートであるため、より慎重に授業を進める必要がある。
そして、この授業は人の魔力や使える魔法が良くわかるので、面白く感じつつも、手の内が見える不安もあり、悩ましい。
そもそも、貴族の鬘の習慣は、魔力が多く含まれ、色によって使える属性などが予測できる髪を他に見せないようにする事から始まっている。だから、折角の鬘の意味がなくなる授業でもある。
王族は強い魔力を持ち、強さを誇示するため、逆に絶対に鬘は被らないし、平民は高価な鬘は被らないので、貴族の人間にとってはドキドキである。しかし、それでも脱げない鬘の悲しさよ。
大勢の人数に対応するため、順に並ぶ必要がある。
この時は、絶対に最後に並ぶのがお得であり、争奪戦になる。
前の人のやり方や発動する魔法をみて、やり方をまねしたり、人があまりできない属性の魔法に魔力を集中してできるようにしたら、教授の覚えが良くなると言うこと。
うん、せこいね。
私、キャストリン嬢、ナイトルーア嬢は比較的後ろに並べて良かった。私の場合は人のやり方がどうといった問題ではないため、気休めだ。
不安であるけど、それを押し隠して笑顔で見学する。
さあ、他の人の魔法をみてやろうじゃないですか。
今日の教授は蝶のように結った大きな青い髪を持つ着物のような服を着た教授で、白い顔に小さな唇に対して裂けたようにルージュをひき、長い前髪で目が見えなかった。
さっきから杖を振り回しながらアクティブに動いている。
いい教授っぽい。
でも悪い魔女にも見える。
何番目だろうか?火の組のディリラ・ミューラートが颯爽と魔法陣の上に座り、目を瞑ると直ぐに体に火を纏い、風を吹かせた。
自信満々で羨ましい限りです。
周りはおおっと歓声を上げる。
さらに手を頭上に翳して、闇の魔法を発動した時、黒い靄から大きな物体が落ちてきたように見えた。
私には見えた。
私の親友が落ちてきて、彼女の身体に入り、消えていくのを……。