後悔その1
目覚ましをかけたから、早く目覚めることが出来た。今日は休みの日だけど、あまり長々しく寝たくない。寝ればそれだけ異世界にいる時が長くなりそうだから。
まだ、その法則はよくわかっていないけれど。
胸元を確認すれば、ストラップ付きスマホもどうやらちゃんと現実に戻ってこれたらしい。
電源をつけると……特に壊れてない。新着メールが入っているが、気になる……。
メールを開けると、それは差出人は不明だが、誰からかはすぐわかった。
[いけないねぇ。こんな道具を勝手に持ち込んでは]
[それに、君は随分とシナリオから外れた動きばかりしているみたいだから]
[もっと面白くする為に]
[ペナルティを与えるよ]
[君のお友達]
[無事にここまで来れるといいね]
[フラグ回収]
[彼女はきっと喜ぶ筈]
私は慌てて、胡桃のところに連絡する。今日、ここへ来る予定は変更した方がいい。
「どうした?今日、そっちに行くって言ったよね。今は大きい配達が来ることになっているから、店で留守番。」
拍子抜けするぐらいすぐに連絡が取れた。
「私のうちに今日くるのキャンセルで。今から、そっち行っていい?」
「何、突然?何かあったの?」
「ちょっと……そっち行って話すわ。あまり店から出ないように。配達……身元は確かなの?」
「はぁ?本当にどうしたの?変な人に付き纏われているとかしたの?大丈夫?働き過ぎじゃない?」
受話器の向こうで胡桃はケラケラと笑っているようだった。
言っても信用してくれるかどうか……いいや、まずは安全確保。
「そうだな、ちょっと話したいことが。ここでは言えない重要なことだよ。」
「彼氏が出来たとか。」
「そんなんじゃないよ、阿呆ー。私がそっちいくまで大人しくしてんのよ。いい、わかった?じゃあね。」
「う、うーん。」
携帯を切ると、私は撮った写真が収まるアプリをタップする。
しっかりと異世界の映像はここに記録されていた。
うちにある本は持っていけないけど、これを見たら、胡桃は何と言うだろう?
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新宿K病院ー256号室
薬品の匂いが強く漂うこの白い病棟に花を持って訪れた。花を買う余裕があって良かった。
面会謝絶ではないから、大したことではない。午前中も話す上ではいつもの明るい彼女だったではないか。
でも、心配だった。
不安だった。
嫌な予感が的中しなければいいけど。
ドアの前にきた。
コンコン
とノックすれば、大人な女性の落ち着いた声がする。
静かに開けると、そこには右腕にギブスした胡桃がベットに横たわり、横には彼女の母親の京子さんが座っていた。
彼女はまだ44歳で胡桃と並ぶと姉妹にしか見えない若さだった。
「小紗世ちゃん、お久しぶりね。高校の時ぶりかしら?全くドジでねー。荷物を高い所から下ろそうとして、雪崩のように落ちてきてしまうなんて……すぐに精密検査したけど、右腕の骨折以外は大丈夫みたい。大したことなくて良かったわ。」
骨折は十分大したことあるが、胡桃はバスケの試合で何度も骨折している、骨折のスペシャリスト?であり、京子さんはこれくらいでは動じない。
まあ、無事ではないが、重体とかではなく良かった。
「これお見舞いです。」
「あらー、綺麗、気を使わせちゃって。花瓶に用意してくるわね。ゆっくりしていってね。胡桃は退屈みたいだから。」
花を生けに離れた京子さんと交代で、私は近づいて耳元で囁くように言った。
「迷惑じゃない?大変だったでしょ?」
「んー、暇暇過ぎて死ぬ。こんなんじゃ携帯も打てないし。アルバイトの子を店に呼んでたから、助かったわ。」
「店に着いた時、救急車で運ばれたって訊いたから、ビビった。もう、心配かけんなよ。……ごめん」
「え?何で謝る?こっちこそ退屈だからって呼び出してすまん。さっき母さんに怒られた。心配かけるなって。一時気絶したし、ヤバイ事はヤバかったのだけどね。この入院もあくまで念の為だからぜーんぜん大丈夫。あー、そうそう、荷物が落ちて、意識を失った時、不思議な夢を見た。異世界に飛ばされた夢なんだよそれは。」
「え?」
「ほら、あんたも言ってたじゃない、異世界の話。なんか頭に残っていたのかも。」
「……。」
私は黙って携帯の写真を見せた。
「あああ、衣装とかちょうどこんな感じ。きれいな外国の人。よく出来てるね。コスプレ撮影会にでもいってきた?背景は物凄く精巧な作られた風景だから、コラージュ?」
「そうじゃないけど。……もういいや、胡桃を巻き込みたくない。」
「……今更コスプレは嫌だよ。大学時代に散々頼まれたけど、断っていたしね。まあ、でもこの写真はよく出来ているし、眠らせるのはもったいないからブログでも作って載せれば?バズりそう。」
「うーん、考えとくよ。」
今回のことはきっと偶然だろう……と思いたい。私のせいで胡桃を危険な目に合わせられない。そもそも、信じてはくれないだろう。メールを見せても迷惑メールと思われるのが関の山だ。
面会時間が終わるまで、京子さんを交えて、当たり障りのない話をして、場を和ませる。
現実世界の胡桃との最後のひと時だった。