聖女?その2
一応伯爵令嬢らしく下品にならないように気をつけながら、早く歩くこと数分でやっと彼女の後ろ姿が見えてきた。
まだ間に合うと、カードを持ってすぐ部屋を後にしたのだ。
ついでにとっとと帰る為と言うのは内緒だ。
キャストリン嬢……置いてきちゃった。怒ったかな?
学園内から正門までは一本道なので迷うことはない。
同じように帰宅途中の学生がちらほらいる中に彼女がいるが、大柄で流石に目立っていた。
なんか制服よりもRPGに出てくる女戦士のコスプレの方が余程似合いそうだなこの子。
それにしても彼女は歩くのが速い。なかなか差が縮まらない。
これだけ背が違えば足の歩幅からして違うので追いつくのは大変だ。
出来れば届けるのは別の人にお願いしたいのだが、学園長にお願いされてしまったので仕方がない。
追いつけば、その背後に立ち、体をポンっと軽く叩く。
早いこと渡して離れよう。
彼女は瞬間的に体を小さく丸まるように屈伸したのち高く跳躍しながら、体を捻って、回し蹴りを突然入れてきた。
『私の後ろに立つなぁ!!』
咄嗟の判断でバシッと左腕一つで足蹴りを迎え撃ち抑えることが出来た私。
突然、何なの?背後に立って、触ったら攻撃って、●ルゴなの?
ふうぅと息を整えて、こちらを見る彼女はまるで手負いの狼のよう。警戒心もりもり。
そしてファイティングポーズを解除しない。
え?私、悪いことした?それに、やだ、周り見てよ。私、伯爵令嬢よ。ファイターではなくってよ。目立つでしょうが!!しかし、私もよく避けたな。チート能力だろうか?
『あなた……私に対して、どうして、そんな殺気を帯びた気配を醸し出してくるの?最初に会ってからずっと気になっているのだけど?本当にここの生徒?学園長には余計な心配かけたくなくて言わなかったけれど。』
『ええ?ないです。ないないない。殺気って何ですかぁー?あなたの勘違いじゃないですか?私はごく普通の生徒ですわ。』
『ごく普通の令嬢が私の獣魔殺しの異名を持つ回し蹴りを片手一つで抑えるなんて普通じゃないです。』
獣魔殺し……何それ怖い。そもそも、平民の彼女が躊躇なく貴族を攻撃すると言うのは普通じゃないよね。
周りにいた数人の生徒達が引いてるのを肌で感じる。拙いなぁ。
『兎に角、学園長に言われてこれを届けにきただけですわ。』
持っていた鞄から黄金のカードを出す。
カードは王城への通行許可証で、勿論非常に大事な物。
聖女認定されているから、通っているのだろうか?
『え?ポケットに入れていたはず……あれ、破れていたわ……ありがとう……ございます。』
強気の彼女も流石に気落ちしながら恥ずかしそうに手を出した。
ポケットは大きな穴が空いていた。物が落ちるのは当たり前だ。
カードを渡そうとした瞬間、頭の中でささっと文章が浮かんだ。
ーサムソーニアはカードを聖女に渡さなかった。
〈何てみっともない聖女でしょう。お下品ですわ。おまけにまともな謝罪も出来ない礼儀知らず。地面に頭をついて土下座をしなさいな。そうしたら、これを渡して上げても良くってよ。〉
聖女はどうしても必要なカードの為に土下座をし、それを見てサムソーニアは高笑いする。
周りの生徒はかなりひいていた。《設定10秒後》ー
そうだなー、ちゃんとした謝罪は受けてないな。でもこれ実践しちゃうと彼女とバトルが始まりそうだよねぇ。あー、ヤダヤダ!
私は、強固な意思でお口をチャックしつつ、カードを震える手で差し出す。
彼女は、突然顔を硬らせ、私の手から奪うようにカードを取ってから、距離をとる。
『貴方、やはり凄い殺気がする。しかも、今、どす黒い闇を纏ったものを感知した。駄目だ……側にいると自然に攻撃対象になってしまう。近づかないで下さい。……カードは感謝します。でも、近づかないで下さい。』
カードを破れていないポケットにしまった彼女は、私から離れるように門に向かって走り出した。
え?何でよぅ?
訳わからず、ポカンとしていると、門の側で彼女を引き止めるよく知った声が聞こえてきた。
私が歩いて近くに寄ると、その正体は義兄のマーブルだった。
『お兄様?彼女とお知り合いなのですか?』
『ああ、数年ぶりだ。本日付けで宮廷騎士復帰したということは訊いているかい?』
馬車から降りて、門の脇に立つお兄様は彼女に優しく笑いかけた。彼女は体を一瞬ビクッと痙攣してから、深々と頭を垂れた。
『お久しぶりでございます。シェルダンテール様。復帰、心よりお祝い申し上げます。そして、……その節は申し訳ございませんでした。』
『何言ってるのだ。過ぎたことを。貴方のせいではない。それにもう全快したのだからいいではないか。……息災だったか?』
『……はい。あれから日々修行を……自分に課しています。また稽古でお手合わせ……していただきたく存じます。』
顔をあげた彼女は目線は兄からあからさまに外して、恐々と答えた。
『相変わらず固いな。僕の妹とは知り合ったのなら、丁度良い。馬車でついでに送るのだが……。』
『いいえ、いいえ、ここから家まで歩くのも鍛錬ですので。』
苦笑しながら、兄が話すと、彼女は慌てて固辞する。
そして、脱兎の如く走りさる姿、あっという間に米粒に見える距離に移動出来る身体能力の彼女を見てつくづく思った。
いやあ、聖女ではないよね。