気づいたから実験その2
『おはようございます。お父様、お母様、お兄様。……少々遅れまして、申し訳ございません。』
お父様の側にいたクラフトが颯爽とこちらまで歩いて、3人の近くの席へ誘導する。
この間まで遠い席だったのに、どうかしたのだろうか?
この3人はいつも早く席に着いていた。何をそんなに急ぐのだろう……特にお母様は急ぐ必要がないのに変だわ。
もう既に朝食を食べ終え、お茶を飲んでいたお母様とお兄様はこちらへの視線を外していたが、お父様だけはじっと見つめている。
私が座ると、手慣れている年配のメイドが温かいスープを皿に装る。
歩く爆弾のようなパレットは、今日はお給仕をしないらしく、壁側に待機していた。ありがたい。疲れるし。
『今日は、学園に通う日だな。我が家の恥とならぬよう励め。……それと……』
お父様は右手の親指と人差し指でティーカップの上部を優雅につまみ、中指で持ち手の上部を支えるようにして器用に、かつ上品にお茶をゆっくりと飲み干してから言った。
『何やら、魔道具を朝から持ち出した……とか。』
思わずスープを吹き出しそうになった私。ギリギリ抑えた自分を褒めてやりたい。
あああ、失念した。拙いわーーー。い、言い訳、言い訳しないと。
『ええーー、と昨日、昨日です。昨日、ほら、学園に必要な道具で、私が行かないといけないものがあって、市井に行きました……ので、そこで古美術を取り扱う出店で偶然見つけましたの。』
『ここに、出しなさい!!』
強く脅すような声で私に命令するお父様。
『……はい。』
こうなったら、隠してはいけないだろう。
諦めて制服のポケットからコソッと、それを出す。ストラップは付けたままで、お父様はクラフトに目で合図をして持って来させた。
手で触り、入念に調べだす。お父様、小型のルーペを取り出して細部まで確認。
『……これは、今まで見たことがない代物だな?全くわからん?何の道具なのだ。いくらで買った?どこで買った?お前に余計なものを買うだけの通貨は与えてない筈だが?そうだろう?クラフト?』
『左様でございます。』
『あ……あの、物々交換、あ、いや不必要なものを、先方が欲しいと、言いましたので、等価交換……としていただきましたの。』
『何を交換したのだ?』
『それは……衣服、衣服ですわ。新しく学園に通うから、生活を一新するために……断捨離ですわ。』
『断捨離?何だそれは?そもそも、どうして古美術商がお前の衣服を欲しがる?』
ヨガなどの思想も無いのに断捨離と言われてもそれはわからないだろう。
やっぱり、無理があるか?いいや、ここで引いてはいけない。
『え…と、教会に施しをするために、一人で行きました。申し訳ございません、学園に必要なものをとりに言った後の話でした。途中、素敵なものを売っている出店を見つけ、夢中になってみていると、店主に色々と親切にお声かけをしてもらいました。ですが、銅貨すらも持ち合わせていないので。その旨をお話しした所、今手持ちのもので交換しても良いと言われて、つい、交換を』
『ほう……伯爵令嬢が護衛も付けずに市井に行き、よくわからぬ平民に衣服をくれてやったということか。とんだ恥知らずなことだ。それで、この魔道具はどうゆう作用を?』
淡々と棒読みセリフのように話すお父様。その表情はまだ怒ってはいない。
『ま、魔力を効率よく出す為のものらしいですわ。私はその……魔法が上手くいかないのは、体の中の魔力の循環が悪いせいだと魔法学の先生が仰られていたので、つい魔がさしてしまいました。王家に嫁ぐ淑女として恥ずかしく無いように、学園では優秀な成績を求められるのに、このままでは、排除されるばかりではなく、シェルダンテール家の恥にもなりましょう。ええ、決して私がシェルダンテール家の令嬢だという事はわからないように上手くやりましたわ。お許し下さい……馬鹿な娘を!婚約を破棄して、今すぐ修道院にでも行った方がよろしいでしょうか?』
咄嗟に架空話を語る。
要するに、金持ち娘が欲しいものを買うために、ブ●セラのような事したけど、バレないから許せ、ということだわ。こんな言い訳通用するか?最低娘だよね?
膝に敷いたナプキンで涙に濡れてもいない瞳を当ててみたりする、流石にわざとらしい?
これに騙されるとしたら、お父様、チョロくない?
『誰もお前のその予定は把握してないだろうから、疑問だな。それで……魔法を上手く使えるようになったのか?』
『まだ、わかりません。具体的には魔力が充満している学園で実験すればわかるだろうと思います。ですから……それを返してもらえますでしょうか?』
『うむ……だが、危険では?この素材は見たこともない。表面と思われる部分は黒水晶か?』
『ええ、と多分そうですわ。』
『店主の名前は、あと場所は?』
『学園の近くです。出店なので特に名前も聞かないし、知りません。出店なので、昨日のうちに移動しているので、行っても無駄ですわ。』
適当に言ってしまった。誤魔化すために。あーあ胃が痛い。
『これは、調べたい……だが、そうだな。心配だが……。いや、学園に持ち込むのは拙いだろう。これは、俺が預かっておく。 お前は余計な事を心配せずにただ勉強すれば良いのだ。今回、市井に単独で行った問題は不問にする。』
『お父様……そんな……』
『いいと思いますよ?持って行っても。』
お兄様、急に話に参戦。あれ?
『学園では、御守りとして、魔道具を持ち込む者がいます。僕も学園では上位成績を維持するために魔石を加工しただけの魔道具とも言えない代物をよく試験前に持ってきたものです。サムソーニアも入学の不安があったのでしょう。』
『しかし……』
『見たところ素材は珍しそうですが、魔力の波動も感じないので、魔道具と呼べるものなのか?もし……そうだとしても人体実験は必要じゃないですか。』
人体実験……言い方!庇ってくれてるの?
『でも……やっぱり……。』
……青い顔をしてこちらを見る、お父様。
お父様、そんなにこのスマホが欲しいのでしょうか?
『大丈夫でしょう。路上で売ってるものは紛い物と決まっています。父上が想像するような代物ではありません。魔道具に詳しい者に鑑定させる必要もないと思いますよ。これがない事で憂いてサムソーニアが阻喪したらいけないじゃないですか?』
『あ、そうです。騙されたかもしれませんが、この場合は気の持ちようと言いますか……』
ゴニョゴニョ言う私に、お父様はクラフト経由でスマホを返した。
た、助かった。
『ありがとうございます。』
私は笑顔で言うが、お父様、お兄様は目を合わせてくれない。相変わらず、嫌われてる……。
『早く、朝食をいただきなさい。』
『申し訳ありません。』
お母様は真っ赤になった顔をピクピクしながら、声を張り上げて言う。
話で朝食をいただき終えるのが遅くなってしまったことがよほど頭にくるのだろう。