新幹線と回想
指定席の予約を取っていた便は、とっくに出ていた。しかし、寿也がホームに着いたとき、ちょうど東京行きの便が来ていた。しかも、ひかりではなくのぞみだ。これなら品川まで二時間で着く。
平日の昼過ぎということもあってか、東京行きにもかかわらず、自由席が空いていた。寿也は窓側の席に腰掛けた。今頃緊急手術が行われていると思うと、落ち着いた気分にはなれないが、それでも自分を東京に向かわせてくれた先輩と後輩への感謝の気持ちでいっぱいだった。
東京に行くのは久しぶりだ。東京の大学を出た後、地元の小さな病院で二年間働いた。それから今の北大路病院に移った。規模は違えど、どちらの病院でも多くのことを学んだ。知識をインプットすることがメインであった大学から、一気に本物の医者の世界に飛び込んだような気がした。自分の手を使って治療することの責任感を知った。
しかし、もちろん良いことばかりではなかった。実際に、目の前にして救えなかった命もあった。搬送されたときから助からないことがわかっていても、そんなときは、自分自身の不甲斐なさ、未熟さを突きつけられているようで、胸が張り裂けそうなほどの苦しみに襲われた。
医者は万能な神ではない。技術には限界がある。それでも、患者やその家族たちは、かすかな希望を信じて病院に来る。信じるというよりは縋るといった方が正しいかもしれない。病気だけでなく、事故に遭って搬送されてきた人もそうだ。彼らにとって、病院は最後の頼みの綱なのだ。
だからこそ、寿也はどんなときでも最善の努力を尽くしてきた。医者が諦めたらそこですべてが終わってしまう。患者のため、家族のため、友人のため、全員の想いを背負って医者は手術をする。
今の寿也の仕事は、こういった手術がメインだ。しかし、医者のするべきことは、手術だけではない。新たな治療法を模索するため、たくさんの研究を行っている。ここ数年を見るだけでも、明らかに医療技術は進歩し、昔は死亡率が高かった病気が、今では治すことができる病気へと変わった。
さらに、日本一で一番大きい病院である都立総合病院では、極秘の研究が進められているという噂がある。もちろん寿也のような若手の医者は、その内容など、知るよしもないのだが、同じ医療に携わる者として、何か医療革命が起きるのではないかという期待を感じずにはいられない。
実際に都立総合病院は、数年前、記憶転移システムという画期的な技術を生み出している。その頃まだ大学生だった寿也は、ニュースに釘付けになったのを覚えている。報道されている情報を得る以外にも、独自に自分で調べたりもした。自分が目標にしている脳神経外科医の医者が、研究の主体として関わっていることが、当時の寿也を刺激したのだ。
さらに、アメリカの研究チームが開発していたNOVAというアンドロイドとの共同研究が、一時期ささやかれたが、倫理上の問題や、その他の多くの意見などから、結局実現しなかったと言われている。
有耶無耶なまま幕を下ろした研究だったが、大学生の寿也がインスピレーションを受けるには十分だった。脳はまだまだ多くの謎を秘めており、これから先、たくさんの新たな医療技術が出てくるかもしれないと思うと、非常にわくわくした。そして、将来、自分自身も研究に携わってみたいと思うようになった。
この想いは今も変わっていない。脳は、人類の進歩に欠かせない研究課題だ。誰も真の姿を知らない。その扉を開ける研究者の一員として、いずれ都立総合病院で働きたいと思っている。
寿也は小さく息を吐き出した。ため息ではない。今から向かう場所への期待、緊張、好奇心が混ざったものだった。
通路側に座っているサラリーマンの視線の視線がこちらに向いていた。無意識に視線を追った。窓には富士山が映っていた。
考え事をしていたら、もうこんなところまで来ていたようだ。折りたたみ式テーブルの上には、開きかけのパソコンがある。寿也はそれを鞄の中へとしまった。
代わりにスマホを取り出すと、メールが来ていた。後輩の杉内医師からだ。澤村会長の手術が無事に成功したという報告だった。寿也はほっと胸をなで下ろした。腫瘍は綺麗に取り除かれ、後は、経過観察の中で再発しないかを見守るようだ。
やはり岩泉医師にお願いして良かった。こんなに短時間で腫瘍を取り除けるのは彼ぐらいだ。澤村会長も、これに懲りて、おとなしく病院生活を過ごしてくれることを願う。
もう大阪に残してきた不安の種はなくなった。品川まではあと一時間もない。寿也は新幹線に揺られながら、静かに目を閉じた。




