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真実と好き

 近未来から来た彼女。寿也は今一度、その言葉を頭の中で反芻した。普通ならこんなことはあり得ない。しかし、記憶転移システムとNOVAがあれば、それが可能となってしまうのが事実だ。

 父の研究を小さい頃から間近で見てきた寿也だからこそ、これは非現実的なことなんかではなく、現実になってしまうことがわかった。



「桐谷先生、もう私は耐えられそうにありません」

 春花が口を開いた。涙目のまま、何かにすがるような表情で父の方を見つめた。

「春花ちゃん……本当に申し訳ない」

 ここに来て、父が初めて発した言葉だった。この言葉の中含まれた真意は、アンドロイドとして生きることを強いた研究者としての謝罪の気持ちなのか、それとも息子の彼女を亡くしてしまった父親としての後悔なのか、寿也にはわからなかった。それでも、父が計り知れない苦しみにさいなまれていることが伝わってくる。


「寿くん」

 春花が震える声で呼びかけた。

「もうすべて話すしかないみたい」

 春花はまっすぐに寿也の目を見つめた。

「寿くんの言った通り、記憶転移システムとNOVAを組み合わせた、ほぼ完璧に人間を再現したアンドロイドが完成したの」

「やっぱり……」

「でもね」

 春花はまた言葉を詰まらせた。必死に涙をこらえようとしているが、それを隠しきれていない。春花は顔を上げて、それから息を小さく吸い込んだ。

「アンドロイドは私じゃないの」

「……え?」

 寿也の手から、持っていたスマホが落ちた。



「NOVA2号機は……寿くん、あなたなの」



 

 何が起こったのかわからなかった。電気ショックを受けたような衝撃が全身を走った。どんどん頭が真っ白になっていく。

「おれが……アンドロイド……ばかな、そんなことあるわけがない」

 寿也はそう言って、春花の顔を見た。しかしその瞬間、言葉を失った。春花の瞳は、あまりにも悲しみで溢れていた。それは、嘘を言っているとは到底思えないほど悲しいものだった。

「じゃあ春ちゃんの左手の癖は……?」

「やはり、記憶の転移の過程で、多少のエラーが起こってしまったようだ」

 春花に代わって答えたのは父だった。

「その癖があったのは、春花ちゃんじゃなくて……母さんだ。この写真を見ればわかる」

 寿也は、父が取り出した写真を奪い取るように掴んだ。

「これって……」

 そこに映っていたのは、母と二人でホテルのバイキングを楽しむ寿也の姿だった。

「まだこの技術は完璧ではなかった。つまり、母さんの記憶と春花ちゃんの記憶が混ざってしまった箇所があるということだ。おまえは、春花ちゃんの中に母さんを見たんだ」

「そんな……信じられない」

 寿也は頭を抱えた。この頭、この手も、作られたものなのか。信じられない。


「駐車が急に上手になった」

 春花がぽつりとつぶやいた。

「どういうこと……?」

「寿くん、言ってたでしょ。久しぶりに車に乗ったら、苦手だったはずなのに、すっごく綺麗にバックできるようになったって」

 心臓がズキンと痛くなった。その記憶はちょうど、この前ここで見つけたデータに記載されていた実験開始日と近いものだったのだ。

 そして、今の寿也には、他にも心当たりがあった。実習書で予習をしているとき、違和感を覚えるほどすらすらと頭に入ってきた。実習自体も、2回目以降は、完璧に前回の動きを手が覚えていた。それから、ここに来るまでの間、全速力で走ったが、まったく疲れなかった。


 次々と裏付けるような事柄が自分の記憶の中から出てくる。腰から膝、そして足首へと力が抜けていくのがわかった。

 自分は、何もかも勘違いしていたのだ。春花が実習の問題が完璧だったのは、父の研究を手伝う過程で前から覚えていたのだろう。ここには、学校で配られる教科書よりも実践に近い文献がたくさんある。普段から通っていた春花なら、興味本位で目を通していたに違いない。

 そして、映画の時に春花が言った「もし、私も異世界から来てたらどうする?」というこの台詞は、寿也から見て、人間の世界という異世界から来た自分のことを指していたのだ。



「あの日、あの事故の日……おれは死んだのか」

 寿也は独り言のようにつぶやいた。もう何も疑ってはいない。

「寿くんごめんね。寿くんは、私のことを守ってくれたの。寿くんは、私をかばったせいで……!」

 春花の嗚咽混じりの声が聞こえた。春花は自分を責めていた。春花の止めどない涙がそれを語っていた。




「……良かった」

 寿也の口から自然と零れるように言葉が飛び出た。

「なんで……」

 泣きじゃくった顔の春花と目が合った。

「だって、春ちゃんは死んでないんだろ? 春ちゃんはアンドロイドなんかじゃないんだろ?」

 寿也は優しく微笑んだ。

「おれ、ほんとに怖かったんだ。春ちゃんが死んだって思ったとき。なんでいっしょにいたのに春ちゃんのこと守れなかったんだろって」

「でもそのせいでっ!」

「春ちゃん、泣くなよ。おれは春ちゃんの笑った顔が好きなんだから」

 寿也はそう言うと、床に崩れ落ちて泣いている春花の肩を、そっと包み込んだ。


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