表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

数行と残酷

被験者X

年齢:二十歳

職業:大学生

実験開始日:7月25日


・帰宅途中、交通事故により死亡

・生前の記憶を、最新アンドロイドNOVA2号機に転移

・世界初の、人間の脳を完全に再現したアンドロイドが誕生

・都立総合病院院長の桐谷の下経過観察途中





 最後のページは、たったこれだけだった。しかし寿也は、あまりの衝撃、そして動揺で言葉を失った。何も出てこなかった。


 二十歳……大学生……アンドロイドNOVA…………交通事故により死亡……


 この数行の中に、あまりにも情報が詰まりすぎていた。これらの単語が先ほどからずっと、脳内をぐるぐると駆け巡っている。

 自分の心臓の音がはっきりと耳に聞こえる。額には不快な汗が流れてくる。


 寿也は、これらの条件に当てはまる人を知っていた。その人は、寿也にとって一番身近であり、大切な存在だ。


――――春ちゃん。


 声に出したつもりが、まったく声帯が震えなかった。言葉にできなかった。


 いつからか感じていた嫌な予感が、まさに現実になって具現化されたようだ。目の前が真っ白になった。目前にある事実に感情が追いつかない。それでも、寿也の脳は、非常に冷静に、そして残酷に、この状況を線と線で結んでいく。


 春花は、その名の通り春生まれで、今年の4月には二十歳を迎えていた。そして、寿也が思い出したあの事故の記憶には、隣で歩く春花の姿があった。これがどういうことを意味しているのかを、寿也はもちろん理解した。


 しかし寿也の心は、突きつけられた現実をかたくなに否定する。それでも、これで、春花が病院で父に会っていたことに理由が付いてしまう。あまりにも状況証拠がそろいすぎていた。


「……なんでだよ」


 その声と同時に、机が大きな音を立てた。寿也はじんじんする手を思いっきり握りしめた。こんなことなら何も見なければ良かったのかもしれない。エピソード記憶障害か何か知らないが、事故の記憶など綺麗に忘れたままの方が幸せだったのかもしれない。やはり徹の言うことが正しかったように思えてくる。


 寿也は、今、自分を襲っている感情の正体がわからなかった。悲しさなのか、恐ろしさなのか、それとももっと他の感情なのか。


 こんなことがあるわけがない。あり得ない。信じられない。


 寿也だってそう思いたかった。しかし、以前から薄々感じていた春花への違和感を、なかったことにはできなかった。

 最も近くで春花を見てきたからこそ、春花の言動を思い出せば、心当たりがたくさんあるように思う。それは平行に、確信が増えていくことを意味する。


「春ちゃんは……一体何者なんだ」


 寿也はもう一度つぶやいた。春花の見た目、春花の思考、春花の言動をしていても、それは春花じゃない。いや、そもそもどこからを本人というのだろうか。NOVAは、脳以外の人間の身体を完全に再現したアンドロイドなのだ。そして、そこに春花の記憶が転移されたのなら、それはもはや本人なのかもしれない。


 それでも、そう簡単に割り切れるわけがなかった。春花が死んでいたという事実がどうしても受け止められなかった。


 状況がより鮮明になるにつれ、寿也の心の中を、とてつもない後悔の気持ちがこみ上げてくる。

どうしてあの時、春花を守れなかったのか。車が向かってきたところまでしか記憶がないのは変わらないが、そこには春花を助けられなかったという事実だけが存在している。春花の隣を歩いていた自分は何をしていたのだろうか。


「くそっ、何も思い出せない」

 髪の毛が寿也の手の動きに合わせてくしゃくしゃに歪む。


 もうこれ以上何も考えられそうになかった。何も考えたくなかった。寿也が決めた覚悟なんて所詮ちっぽけなものだった。春花のすべてを受け止められると思っていた気持ちに偽りはなかった。それは今も変わらない。それでも、気持ちを整理する時間が必要だった。



 寿也は引き出しにファイルをしまった。ファイルの最初の方のページには、寿也の予想通り、最新アンドロイドNOVAの情報が書かれていた。講演の時に梅澤博士が言っていた内容と似ていた。それよりは詳しく書かれていたのかもしれないが、どうせ読んでもわからないことだ。


 前と同じように、ここにいた痕跡をなるべく消し、寿也は部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ