表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/50

決意と雨の日

 さっきの言葉は嘘ではない。本心だった。春花が傷つき悲しむぐらいなら、何も言わなくて良いと思った。ただ、心のどこかで、春花がその言葉を遮って、真実を話してくれることを期待していた気もする。


 春花は何も言わなかった。ただ一言、「ごめんね」とつぶやいただけだった。しかし、春花のその言葉は、車の中で聞いたときのものとは少し違って聞こえた。同じ言葉のはずなのに、なぜかあの時よりも苦しそうだ。

 まるで、「寿くん、気づいて」と、言葉とは裏腹に、心の中で春花が叫んでいるようだった。本当は春花も寿也にすべてを打ち明けたいのかもしれない。しかし、そうはできない理由があるのだろう。

またいつものように、たわいもない会話を一言二言してから、どちらともなく電話を切った。



 LINEを開くまで、あんなに考え事をしていたのが嘘のように、春花と電話をした後の今、寿也には、はっきりとした心境の変化があった。もう迷いは何もなくなっていた。

 春花の抱えている秘密、父と月島教授の研究、梅澤博士のアンドロイド、そのすべての謎を、寿也自身が突き止めようと思った。


 もちろんこれは、何も話してくれない春花への当てつけなんかではない。春花には何か言えない事情があるのだ。一方で、春花が本当は打ち明けたいと思っていて、そこの狭間で苦しんでいるのも事実だ。ずっと春花を見てきた寿也だからこそ、あの一言だけで、春花の背負っているものへの悲しみ、苦しみ、解放されたいという思いが、手に取るように伝わってきた。


 春花を救うには、寿也が自らすべての真相にたどり着くしかない。そうすれば、春花から聞いたことにはならない。こんなのはただの屁理屈だと思われるかもしれないが、寿也にはこの考えしか思い浮かばなかった。少なくともこれ以上春花に、「ごめんね」と言わせたくなかった。


 寿也は手帳を開いた。明日のスケジュールを確認する。明日の実習は、午前中で終わる予定になっている。その足で再び病院に向かうつもりだ。やはり謎を解く鍵は、父の資料室にある可能性が高い。当然、こういう風に動くことは、春花にばれてはいけない。病院で父と春花を見たことを言ってしまったため、前回よりもリスクが高まっているが、それをわかった上でも、寿也はこの謎を解きたかった。自分のためだけでなく、春花のために。



 寿也は玄関に向かった。スタバでコーヒーを飲んでから何も口にしていない。さらに、春花と電話したことや、これからの決心をしたことなどが重なって、必要以上に体力を使っていたようだ。いつものコンビニに適当に夜ご飯を買いに行く。


「……雨降ってるじゃん」

 一人にもかかわらず、玄関を出たところで思わず声が出た。空には、昼間の晴天などまるでなかったかのように、暗雲が一面に広がっている。そしてその灰色の雲から、大きな雨粒が、一直線に地面へと降り注いでいる。

 寿也は傘を手に取って部屋を出た。普段なら、雨が降っていることがわかったら、食欲よりも面倒くささが勝って、出かけるのをやめにするが、今は無性に外の空気を吸いたい気分だった。


 “店員の一推し”と書かれたプレートに勧められるがままに、身体に悪そうな具材がたくさん入った弁当を買い、それからお気に入りのアイスを買った。

 昔は、どれだけ暴飲暴食をしていても、部活で身体を動かせば、まったく太る心配はなかった。しかし、大学生になってから、お酒を飲むようになって、高校時代より、体重に影響が出るようになった。特に一年の時は、自分でも少し食生活を見直さなければと思ったこともあった。

 それでも、元から太りにくい体質であるせいか、最近は深夜にカップラーメンを食べる生活ばかりだが、まったく体型に変化はない。むしろ、かなり理想的な体型に近いと言っても良い。太りにくいという体質は、人間を極限まで甘やかしてしまう。身体には悪いとわかっていても、風呂上がりのアイスほどおいしいものはない。


 寿也は、弁当とジャイアントコーンの入った袋をそれぞれ受け取り、マンションへと急いだ。雨は先ほどよりも強くなっている。ふと春花が以前言っていた言葉を思い出した。

 「なんで人は、雨の日を天気が悪い日って言うんだろうね。作物やトトロにとっては良い天気かもしれないのに」

 確かこんなことを言っていたような気がする。寿也にはよくわからなかったが、作物やトトロ側の視点に立っている響きが何だか好きで印象に残っていた。


 遠くで雷が鳴った。なぜか冷や汗みたいな汗が出た。雷は苦手ではない。むしろこの、静寂の後に訪れる、空中の全部を引き裂くような稲妻に、しびれるような感覚を覚える。しかし、靴の中にまで雨水が侵食してきたため、寿也は歩くスピードを速めた。


 雷を見ても、春花は雨の日に対してあんな風に思うのだろうか。春花のことだ。きっと言うに違いない。こんな何気ないことでも、春花に繋げて考えてしまっていることに気がつく。寿也は、そんな自分自身に苦笑いした。



 その瞬間、目がくらむような光が当たりを駆け抜けた。五十メートルほど先に、空を真っ二つに割る稲光が見えた。そして、その直後、地面が割れそうなほどの大きな音が鳴り響いた。


 寿也の手から傘が落ちた。そして、自分の身体ではないみたいに、頭の中がガンガンと鳴り響いた。しかし、これはさっきの雷の恐怖ではない。もっと深く、以前の記憶がうずくような痛みだ。寿也は頭を抑えた。今まで感じたことがない激痛が走った。

 それと同時に、重力に耐えられなくなったかのように、寿也の膝が、意思とは反対に地面に落ちていく。


 そして頭の中に、ある日の記憶のようなものが映った。走馬灯など見たことはないが、あるとすればこんな感じなんだろうと思う。土砂降りの雨の中を、寿也は歩いている。そして隣には春花がいる。大きな音と共に雷が落ちた。次の瞬間――――車のヘッドライトが目に飛び込んできた。そして春花が――――。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 路上に寿也の大声が響き渡った。通りすがりの通行人が駆け寄ってくる。耳元で何かを叫ばれている気がするが、何も入ってこない。さっきの映像が頭の中を駆け巡り、終わらない。まったく身に覚えのないものだ。しかし、あまりにも鮮明だ。


「大丈夫ですか!」


 サラリーマン風の男性が首の後ろを支えてくれているのがわかった。しかし、意識は次第に途切れていく。一体何が起こったのだろうか。これは自分の記憶なのだろうか。だとしたら、どうして今まで……。それから春花は……。


 薄れていく意識の中、寿也の脳内に映ったのは、車が近づいてきた後の、春花の怯えた顔だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ