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外交と疑惑

 今まで、なんやかんやと理由を付けては、この言葉にできない違和感にずっと蓋をしてきた。しかし、春花のスマホに残っている病院からの直進履歴を見てしまった以上、疑念が確信に変わってしまった。やはり、あの時病院で聞いたのは春花の声だったのだ。そして、父と春花は何かで繋がっている。


 もしかすると、春花は大病を患っているのかもしれない。寿也はその可能性を考えた。父が主治医で春花が患者であるということになる。それなら、父と春花が病院で会っていたことや、春花の携帯に連絡があったことにも説明が付く。


 しかし、だとすると、脳神経外科に通うということは、かなり重度の病気である確率が高くなる。今までの春花の様子や態度からは微塵もそんな感じはしない。もちろん隠しているのかもしれないが、脳に何かしら異常が生じているのならば、日常生活ならまだしも、大学の実習には支障を来すのではないだろうか。


 自分の恋人が病気であるという、最悪の事態を考えているのにもかかわらず、感情とは反対に、寿也の脳は冷静に分析をしている。

 長期間に渡って人間の解剖実習をしていると、こういった死へ関連尽く現象へのアンテナが寛容になるのかもしれない。それとも、彼女が病気であるいう設定の恋愛小説が数多く存在することから、こういったことは、小説の中でしか起こらないと決めつけていて、脳が受け入れようとしていないのかもしれない。


 いや、この前の梅澤博士の講演で、常識からの逸脱を目の当たりにさせられたところだ。納得はできなくとも、あらゆる可能性が考えられる。


 そのとき、寿也はあることを思いだした。博士という単語を最近聞いたような気がしたのだ。そして、その正体を鮮明に突き止めた。

 父と春花の話し声を病院で聞いた際、「桐谷先生、博士がすでにいらしているそうですよ」、確かに春花はそう言ったのだ。パニック状態の中、一言一句覚えていたことへの驚き以上に、あの時父と博士は何を話し合う予定だったのかという新たな疑問が押し寄せてくる。


 やはり、記憶転移システムとNOVAは繋がりがあるに違いない。それにしても、春花はなぜその研究にかかわっているのだろうか。またわからない種が増えていく一方だ。



「寿くん、どうしたの?」

 春花が怪訝そうな顔で聞いた。その言葉で我に返る。春花にスマホを返してから、固まったように考え事をしていた。信号はとっくに青に変わっていたようで、もういくつもの交差点を通過している。



「ラジオじゃなくてテレビでも良い?」

「うん、良いけどバラエティはやめてね。気がそっちに行っちゃうから」

「わかった」


 寿也はカーナビを操作しテレビを付けた。夕方のニュース番組だ。テレビなら、言葉数も多く、寿也が無言になっても車内に音は残る。


「では、続いてのニュースをお伝えいたします。先ほど、渡辺官房長官がアメリカに到着したとの情報が入りました。官房長官就任後初の海外訪問になります」


 偶然にも、寿也が、記憶転移システムの第一被験者だと疑っている、渡辺官房長官のニュースが流れた。自然と耳を傾けてしまう。アナウンサーの落ち着いた声とは反対に、スタジオはどうやら今にも熱い議論が繰り広げられようとしている。


「政府の危機管理を担う官房長官の海外出張は、極めて異例なことですね」

「まぁ確かに珍しいことではありますけど、例がないわけではありませんからね」

「どういった話し合いがなされると思いますか?」

 アナウンサーがコメンテーターたちへ話を振った。

「やはり、沖縄の基地負担軽減に向けて、アメリカの協力を得たいというのが、この外交の一番の目的ではないですかね」

「なるほど」

「私は、北朝鮮による、日本人拉致問題の解決への協力要請も視野に入れていると思います」

 また別のコメンテーターが言った。


 やはり渡辺官房長官に対して、過敏なほどの反応をしてしまう自分がいる。狙ってテレビを付けたわけではないが、あまりのタイミングの良さに、人間の力では及ばない何かが、寿也に一連の謎を解かせようとしているのではと疑ってしまうほどだ。


 テレビで見ていた限りだが、岡前内閣官房長官は、歴代の官房長官の中でも、かなり外交に関心がある印象だった。特に訪米については、生前よく口にしていた話題だ。しかし、そのときにはすでに、病気が悪化していたためか、アメリカに行くことはなかった。


 まるで、その岡前内閣官房長官の思いを受け継いだかのように、今回、渡辺官房長官はアメリカに赴いたのだ。


「それではここで、アメリカにいるリポーターの田中さんに中継を繋ぎます」

 進行役のアナウンサーの声がした。音声しか流れていない車内ではわからないが、きっと画面は、スタジオからアメリカの景色に移り変わったのだろう。スタジオとは明らかに違う、少し雑音が入ったような音声が聞こえた。


「はい、私は今、ホワイトハウスの前にいます。先ほど、渡辺官房長官を乗せたと思われる車が、ホワイトハウスを去って行きました。渡辺官房長官は、ハリー副大統領と、会食を交えた会談を行っていたということです」

「なるほど……渡辺官房長官とハリー副大統領の話し合いは、どのように進んでいたのか、何か情報は入ってきているでしょうか」

 アナウンサーが、リポーターに問いかける。

「ええと、こちらには、話の内容自体は、まだ詳細に届いていないのですが、関係者への取材に寄りますと、渡辺官房長官は、通訳を介さずに、流ちょうな英語でハリー副大統領と話をしていたとのことです」


「そうですか、田中さんありがとうございます。ということは、かなりアメリカ政府に好印象を与えているといった感じでしょうか」

「そうですね。日本の政治家は、昔から英語ができないと言われていましたから、今回の会談で、少しは国際化の印象を植え付けられたかもしれませんね」

 どうやらまたスタジオに戻ったようだ。先ほどのコメンテーターの声がした。こんなことで国際化が示されるとは思わないが、こういった、番組の意向に沿ったような適当な発言をするのが、コメンテーターの役割のような気もする。


「それにしても、渡辺官房長官が、英語を話せるなんて知りませんでした」

 アナウンサーが笑い声混じりに言った。

「私も、第一次真中内閣の時から取材をしてきましたが、そういった情報は一切入ってきませんでした。まぁ、そのときは、官房長官は岡氏でしたが、むしろ、彼は非常に語学が堪能でしたね」

「そうなんですか、ではやはり、岡前内閣官房長官の意思を受け継ぐためにも、渡辺官房長官は必死に英語を勉強したんでしょうかね」

 アナウンサーは曖昧に締めたが、寿也は例の記憶と結びつけずにはいられなかった。


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