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ドライブデートと胸騒ぎ

 寿也と春花は海辺を後にした。本当は、まだ名残惜しい気持ちでいっぱいだが、明日からまた実習漬けの日々が始まるため仕方がない。


「寿くん、帰りは私が運転するよ」

 春花が手を出していった。きっと車の鍵を貸して欲しいという意味だろう。

「えっ、免許持ってたの?」

 寿也は驚いて言った。

「こっちに引っ越してきてすぐに取ったよ」

「……なんか怖いんだけど」

 一人暮らしの春花は自分の車を持っていない。きっと免許があるだけのペーパードライバーだろう。それに、普段からおっちょこちょいの春花のことだ。良いイメージが湧かない。寿也は、運転を代わってくれることへの感謝の気持ちよりも先に、正直な不安感が顔に出てしまった。

「ひどいなぁ。私こう見えてけっこう運転してるよ」

 意外な返答が返ってきた。

「車持ってないんじゃないの?」

「持ってへんけど、レンタカー借りて遊びに行ったり、実家戻ったら私が家の運転係やったりするんやで」

 春花は自信満々な表情だ。そこまで言うのなら、寿也も鍵を渡さないわけにはいかない。

「じゃあお願いしようかな。本当に疲れたらいつでも代わるから」

「大丈夫だって~」

 春花が笑顔で運転席に座った。




 平日の夕方と言うこともあって、交通量はあまり多くはない。駐車場を離れても、まだ海は視界に入る。もうすでに日は沈んでいるが、昼間や夕方とはまた違った雰囲気が感じられる。


 春花の運転は、寿也の想像以上にかなり慣れているものだった。多少、右左折やブレーキのタイミングが自分の感覚とやや違っていて、少し気になることはあるが、特に意識するほどのことでもない。それにこれは、運転好きや普段から運転する人にはよく起こる現象なのだ。


「思ってたよりずっと安心して乗れるかも」

 寿也はいたずらっぽく笑って言った。

「えー何それ! あんまり褒められてる気しないんですけど!」

 春花もそれに対抗して不満げな表情を見せる。

「こんなに上手いんだったら、普段からもっと運転すればいいのに。この車で良ければいつでも貸すよ」

「それは嬉しいんやけど、人の車は、万が一のこと考えたらたまにしか乗れないかな」

「やっぱり万が一の可能性があるんだ」

「うわ、そうやってすぐ揚げ足取る。なに、今日いじわるモードなん?」

 春花が横目で寿也を見てくすりと笑った。

「まぁ、教習中の私を見たら、乗りたくないっていうかもね」

 春花が少し苦笑いして言った。

「補習いっぱい受けたとか?」

「ううん、見極めは引っかかったことなかったんだけど、最後の卒業検定でやらかしたの」

「へぇ、どんな?」

「路上運転後の縦列駐車で思いっきり歩道部分に乗り上げちゃって、そのときに落ち着いてバックすれば良かったんだけど、ちょっとパニックになって、ブレーキとアクセル踏み間違えたの」

「えっ、やっぱり怖いかも!」

 寿也はシートベルトを強く握った。

「ブレーキとアクセル踏み間違えるって本当にあるんだ……」

「そんなドン引きみたいな顔しないでよ~。ちゃんと練習して上手になったんやから。今は超安心安全ですよ」

 確かに、春花の運転が心地よく感じるのは、丁寧で慎重な運転をしているのが、乗っていて伝わってくるからかもしれない。


「寿くんは最初から運転得意やったん?」

「うーん、そんなことないよ。特に、マンションの駐車場に止めるのが苦手で、何回もやり直してたな」

「寿くんとこの駐車場、高級車ばっかりやもんね。それこそ当てたら大変だよ」

「それが、最近急に上手くなったんだよな」

 寿也は思い出したように言った。

「急に?」

「そう。夏前頃に久しぶりに乗ったら、すっごい綺麗に止められてさ。それからまったく失敗しなくなったんだよ」

 寿也は何気なく言ったつもりだった。しかし、ほんの一瞬、春花の顔が微妙に引きつったように感じた。何か変なことを言ったかと、不安になったが、もう一度春花の方を見ると、笑顔に戻っていた。いや、戻ったのではなく、元からそうだったのかもしれない。

 また変な違和感かと、寿也は自分に苦笑いした。久々にこんなに長い時間日の光に当たったため、きっと車に揺られているうちに疲れが出てきたのだ。

「ふーん、でもそれは良いことやん」

 春花が曖昧な相槌を打った。




「あ、ラジオか音楽でも付ける?」

 赤信号で止まったタイミングで春花が尋ねた。

「春ちゃんが好きそうな音楽あるかな」

「私、音楽はけっこう広く浅く聴くから何でも良いよ」

「何でも良いって一番困るやつ」

「うーん、じゃあ私のスマホから接続しても良い?」

 そう言って春花はポケットからスマホを取りだした。寿也は画面を付ける。その瞬間、ロック画面に何件かの通知が広がった。友だちからのLINEのようだ。あまり見てはいけないと思って画面を消そうとしたが、最後の通知が目に入った途端、寿也はそこから目が離せなくなった。


 一件だけ、LINEではなく電話の着信履歴だった。名前の登録はしていないが、寿也はその番号を知っていた。都立総合病院の番号だ。着信は今日の昼過ぎと表示されている。

 この着信履歴は何を意味しているのか。なぜ春花の携帯に、都立総合病院からの電話があるのか。発信主は誰か。もしこの時間、寿也といなかったら、春花は電話の相手と何を話すのか。

 止めどない疑問の嵐が脳を占領した。


「あー! 待って、ロック解除せずに渡しちゃった」

 春花が、固まっている寿也の手から素早くスマホを取った。春花は特に焦っている様子はないが、これが演技なのかどうかすらわからない。


「んー、やっぱり私のもあんまり充実してないかも。無難にラジオにしとく?」

 春花の声が聞こえたが、隣にいるのにずっと遠くから聞こえてくるようだ。先ほどまで海辺で感じていた穏やかな気持ちが、ゆっくりと霞んでいき、心臓が締め付けられるみたいな感覚に襲われた。


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