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織り姫と大三角形

 寿也は大きな木陰の下にレジャーシートを敷いた。今日から夏休みだ。と言っても、医学部生の夏休みは、実習やレポートにほとんど奪われる。しかし、前期のテストを先ほど終えたことの達成感は少なからずあり、多少開放的な気分になっていた。


 大学の目の前にあるこの大きな公園は、子どもから大人まで様々な人たちが訪れる。広い芝生スペースの中央では、子どもたちがサッカーをしている。

 「たまには息抜きも必要よ」そう言って春花は今日のピクニックを提案してきた。寿也は笑いながら、「昨日もカフェで息抜きしたけどね」と言った。それに今は真夏だ。この暑さの中ピクニックをする人などほとんどいないだろう。


 春花はどこか楽観的なところがあった。テスト期間も、レポート課題の締め切りが迫っているときも、焦っているところを見たことがない。脳天気というか、どこかのんびりしている。寿也は春花のそういうところも好きだ。

寿也も短気な方ではないが、やはりテスト期間などは精神的にイライラしてしまうことがある。しかし、そんなときに春花のそのマイペースさを見ると、心が癒やされた。


「ねぇ、寿くん、私たちが初めてデートしたのもこの公園やったん覚えてる?」

 春花が手作りのクッキーを綺麗な包み紙から取り出しながら言った。

「もちろん覚えてる」寿也はクッキーを受け取り言った。





 「あそこの公園でいっしょに星を見た二人はいつまでもいっしょにいられるんやって」

 春花は目を輝かせながら寿也に言った。

「こんな都会のど真ん中で星なんて見えるの?」

「わかんない。けど、友だちが言ってた! だからさ、私たちの初めてのデートはあの公園にしようよ」

「へぇ、春ちゃんてそういうオカルト的な話し信じるんだ」

「別に本気にしてるわけじゃないけどさ、ちょっとそういうのもロマンチックやなぁって思っただけ」

 少しむくれた顔で春花は言った。

「ごめん、ちょっとからかった。うん、いいよ。じゃあ今晩行こうか」

 春花の顔がパッと明るくなった。



 寿也の思った通り、都会の町の明るさは夜にこそ発揮された。

「やっぱりここじゃ星は見えないね」

「まだ諦めるのは早いよ! だって空曇ってるやん」

 春花は少しムキになって言った。

「でもおれは星が見えなくても楽しいよ」

「なんでー? 星見に来たのに?」

「春ちゃんとしゃべってるだけで、春ちゃんといっしょにいるだけでおれは楽しいよ」

「……寿くんのそういうとこほんまにずるい」

「言いたいときに言わないと」

 寿也は夜空を眺めながら言った。春花の手が寿也の手に触れた。寿也はそのまま春花の手を握った。春花が照れ笑いのような笑顔で寿也の顔を見上げた。春花が握った手にぎゅっと力を込めたのがわかった。寿也も握り返す。力を緩めた後、もう一度春花がぎゅっと握った。

 無言の時間が流れる。二人の間を夜の風が通り抜けた。

「あっ!」

 春花が右手を空に挙げて指を指した。

「星や!」

「……あれ飛行機じゃない?」

 寿也が笑って言った。

「ちゃうよ、だって動いてへんしチカチカ点滅してもないもん」

「けどあんなに星って明るく見えるんかな?」

「ほら、あれちゃう? 夏の大三角形ってやつ」

 春花が自信ありげに言った。

 寿也はまた笑った。この妙な自信はどこから来るのだろう。でも、春花が言うならそうなのかもしれない。いや、夏の大三角形なのか、飛行機なのかは、寿也にはどっちでもよかった。春花が嬉しそうならばそれでよかった。

「あっちにもある! やっぱり夏の大三角形やわ。あれがきっとこと座のベガで、その下がわし座のアルタイル!」

 春花の動きに合わせて寿也の手も揺れる。

「私たちの星かな」

 春花が寿也の顔をのぞき込んだ。

「……?」

「ベガが織り姫様でアルタイルが彦星様」

「おれは一年に一回だけとかムリかも」

「たまに会えるからこその幸せってやつかもよ?」

「それでも嫌だな」

「ま、寿くんは彦星様みたいに王子様タイプちゃうからね」

 春花が星に手を伸ばした。

 寿也は心の中で、「彦星の奴め……」とつぶやいた。

「寿くんは寿くんのままでいいんやで?」

 春花が寿也の心の中を見透かしたように笑顔で言った。





 サッカーボールが転がってきた。少年たちが大きく両手を広げてこちらに合図する。春花が「えいっ!」と言ってボールを勢いよく蹴った。ボールは少しそれたが、相手の少年が上手くキャッチした。少年たちがお辞儀し、またサッカーの続きを始める。

「やっぱり私運動不足やわ。今度のデートはここでバトミントンでもしよっか」

 春花がレジャーシートに腰掛けながら言った。

 

 結局、あの晩見たのは、飛行機なのか夏の大三角形なのか未だにわからない。もし星だとしたら、この時間が永遠に続くのだろうか。寿也は、ジンクスなどという非科学的なものは信じていないが、心のどこかに星だったら良いと思う自分がいた。



 「ねぇ、春ちゃん、見た目少し変えた?」

 寿也は胸のつっかえを払拭するかのように聞いた。

「え、やっぱり変?」

 春花が慌てて前髪を抑えた。

「前髪自分で切ったんやけど、切りすぎちゃってん」

 寿也は思わず声を出して笑った。やはりあの時の違和感は自分の勘違いだったのだ。乙女心の勉強が足りないのは本当だなと寿也は思った。

「えー! そんなに変なん?」

 春花が笑う寿也の肘を小突く。

「ううん、変じゃないよ。似合ってる」

「じゃあなんで笑うんよ」

 寿也は何も言わず春花の頭をなでた。

 春花は納得のいかないといった表情をしていたが、しばらくすると、そのまま寿也の肩にもたれかかった。幸い周りには、同じ大学の知り合いはいなかった。

 

 真っ青な空に小さな雲が二つ見えた。あの夜見た星のようだ。ベガとアルタイル。織り姫と彦星。そういえば、大三角形なのに三つ目の星は見えなかった。確かはくちょう座のデネブだ。まったく春ちゃんは適当だな、寿也は隣の春花を見ながら笑った。

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