マウンテンパーカーとピスタチオニット
目を覚ましたときには、朝のまぶしい日差しが差し込む時間はとっくに過ぎていた。十一時にセットされた目覚まし時計を止め、大きく伸びをする。こんなにゆっくりとした朝を迎えたのは久しぶりだ。不思議と疲れは感じていなかったが、最近は実習で忙しかったため、かなり睡眠不足気味だった。
春花とは、昼過ぎに会う約束をした。まだ時間に余裕はある。これなら、採血に行ってからでも十分に間に合うのではないかと思ったが、やはり、久々のデートの日に、大学に行く気分にはなれなかった。
朝食か昼食かわからない時間だが、とりあえず、台所にあるものを使って適当な料理を作り、軽くお腹を満たした。窓の向こうから見える空は、雲一つない快晴で、海に行くにはもってこいの陽気だ。
春花からLINEが届いた。
『今日ね、秋物のめっちゃかわいい服着ていくから楽しみにしてて~』
画面越しに思わず笑みがこぼれた。
『うん、すっごく楽しみにしとく』
返信しながら、どんな服を着てくるのだろうと、想像してしまう。春花のことだ、きっと何を着ても似合うに違いない。
普段の春花の服装は、男の寿也が見てもオシャレだと思う。それに、髪型やメイクにも気を遣っているのがわかる。
しかし一方で、流行にはまったくと言って良いほど興味がないようで、今時の女子高生や女子大生が熱中している、インスタグラムなどのSNSはやっていない。
寿也は鏡の前で服を合わせる。春花を含め、周りの女子たちはよく、「秋服が一番かわいいから秋が好きだ」と言っているが、正直言って、寿也にとって秋は、着る服があまりなく困る季節だ。
クローゼットの中から、黒のスキニーパンツと、長袖無地のTシャツを取り出す。身長が高い寿也は、スキニーを穿くと、全体的にひきしまった印象になる。前に徹と買いに行ったリングのネックレスを付けようかと悩んだが、結局やめた。
まだこの時期なら、これだけでも十分な気がするが、今日の目的地は海だ。きっとここよりもかなり寒いだろう。寿也は、この上からネイビーのマウンテンパーカーを羽織った。これは、以前春花が選んでくれたものだった。
インナーにキレイめのアイテムを合わせ、モノトーンで揃えることで、マウンテンパーカーのカジュアルな雰囲気をほどよく活かすことができるそうだ。確か春花がそう言っていた。
黒のショルダーバッグに荷物を詰め込む。貴重品以外は特に持って行くものがないため、この小さなショルダーバッグでも綺麗に収まる。準備は整った。
テレビと部屋の電気を消し、玄関へ向かう。この前新しく買った革靴があったが、砂浜を歩くことを考えると、無難に黒のスニーカーにしておく。
平日の昼過ぎなだけあって、駐車場に行くまでに誰にも会わなかった。ロックを解除し、白の軽自動車に乗り込む。これは、寿也が大学に入学した際に、祖父が入学祝いとして買ってくれたものだ。今ではもうすっかり寿也の愛車になっている。
エンジンをかけ、ギアをドライブに入れ、サイドブレーキを引く。発進の合図が、今日の始まりであるかのように、緑の点滅と共に寿也の心も弾んだ。
春花の家までは、車で5分ほどの近さだ。たこ焼き事件の時に、この道を全力疾走したのが、もう懐かしい思い出になっている。
アパートの下で車を止め、春花にLINEを送った。既読が付いた後、春花はすぐに出てきた。
「寿くん、車で来てくれたんだ! ありがとう~!」
春花は満面の笑みで駆け寄ってくる。
「よく言うよ、車が良いなってちゃっかりLINE送ってきたくせに」
寿也は笑いながら、運転席の窓を開けた。春花の姿がはっきりと目に入る。
ピスタチオニットに、秋らしいニットカーディガンとワイドパンツを合わせ、バッグと靴をベージュで揃えている。そして、頭には同じ色のベレー帽が可愛らしく乗っている。暗めの茶髪のショートボブは、普段はストレートだが、今日は少しウェーブがかかっている。
「寿くんどうしたん? ぼーっとした顔して」
助手席に座った春花が寿也の顔をのぞき込んだ。
「……かわいい」
思わず本音が漏れた。春花の顔がみるみる赤くなっていく。寿也もはっとして目線をそらした。
「……そんなにどストレートに言われたら照れるやん」
寿也も恥ずかしさから、何と答えて良いのかわからない。しばらく変な沈黙が流れる。
「ふふふふっ」
その静けさを一瞬で破るかのように、春花の笑い声が響いた。
「付き合いたての高校生カップルか!」
春花が寿也の肩を軽く小突きながら言った。自分で突っ込んでおきながら、隣で春花はゲラゲラと笑っている。寿也も何だかおかしくなってつられて笑ってしまう。
「あーでもほんまに良かったー! 朝からちゃんと頑張った甲斐あったなぁ。普段ここまで張り切ることないからめっちゃ時間かかっちゃった」
「うん、すっごく似合ってるよ」
「寿くんも、私の選んだパーカー着てくれてる! めっちゃ格好いいよ」
「……なんかお互いに褒め合うの恥ずかしいからやっぱりやめよう?」
「えぇ~」
春花が笑って言う。
「もう出発するよ!」
寿也はアクセルを踏み込んだ。開けたままの窓から心地よい風が吹き込む。BGMに合わせながら、春花が身体を揺らしている。
このまま2人でどこへでも行ける、そんな気がした。




