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偶然と必然

 寿也は、無意識にアルバムからその写真を取り出していた。


 高校生の母が、男子バレー部の大会の応援に来ている写真だ。この前に写っていた写真の父たちは三年生だったから、これは三年の夏の大会で、父たちにとっては引退試合でもある。


 しかし、寿也が感じた違和感は大会のことではない。写真の母の様子だ。


 母は、右腕を三角巾でつるしていて、その腕はさらにギブスで固定されている。このことから、かなりの大怪我をしたことがわかる。


「右腕……ギブス……バレー」


 寿也は、まるで呪文のように単語をつぶやいた。

 写真に写る母は、以前春花から聞いた状況と酷似しているのだ。春花も、バレーの試合中に怪我をして手術をしたため、ギブス生活を経験していた。そのときの影響で、飲み物を飲む際は、利き手の右手ではなく、左手で飲むようになったと春花は言っていた。

 

 母はどうだったか。思い出すことを頑張る必要もなく、寿也の脳裏には、左手で飲み物を飲む母の姿が鮮明に浮かび上がってきた。


「母さんも……左手で飲んでた」


 日常生活の母のほんの少しの癖を、どうしてここまではっきりと思い出せるのかは自分でもわからない。それでも確かに母も、左手で飲み物を飲む癖を持っていた。この写真を見なければ、思い出すことなどなかっただろう。


 これは一体どういうことなのか。同じような境遇の人間が寿也の周りに2人もいたことになる。確かに、バレーは手首に怪我を負いやすいスポーツだ。それでも、こんな偶然が重なるものだろうか。


 寿也は、先ほどの缶コーヒーを額に当てた。じんわりと冷たさが額から身体全体に広がっていくように感じる。しかし、高鳴った鼓動は鳴り止まない。


 謎が解けていくどころか、どんどん謎が深まっていくばかりだ。

さらに春花は、今ではその癖がなくなっている。思い返せば、最初に違和感を覚えたのは、春花が右手で飲み物を持っていたことだ。



 寿也は時計を確認した。いつの間にか、学校が終わってこの家に来てから、かなりの時間が経っている。念のため、もうこの部屋を出た方が良いだろう。


 まだまだ確かめたいことは山のようにあるが、今は、何から手を付けたら良いのかわからなくなっている。ひとまず寿也は、辺りをこの間のように綺麗に片付け、部屋を後にした。




 リビングはいつも通り静かなままだ。寿也は自分の部屋に行き、財布を手に取った。昨日に続き、今日も昼ご飯を食べるのを忘れていた。

 今日は、父は朝から仕事に出かけていると知っているのに、リビングに行った際、横目でテーブルの上を見てしまったことに、妙な恥ずかしさを感じた。


 マンションから一番近いコンビニで、適当にサラダとおにぎりを購入した。ついでにほろよいも買ったが、徹がいないため一缶で十分だ。


 1人リビングで、ほろよいを開けた。ソーダの淡い香りが鼻腔をくすぐる。おにぎりとはかなりアンバランスな組み合わせであることに気がついたが、気にせずに喉へと流し込んだ。

 

 カーペットの上に無造作に置かれたスマホが音を立てた。寿也は空いている手でスマホを拾い上げる。着信は春花からだった。



「寿くーん! 今大丈夫?」

 春花の明るい声が寿也の耳に飛び込んできた。

「うん、今家で1人だから大丈夫。どうしたの?」

 寿也は平静を装って返事をした。相変わらず呑気そうな春花の声を聞くと、自分がさっきまで考え込んでいたことが、すべて勘違いか何かだと錯覚しそうになる。


「明日さぁ、お出かけしない?」

 春花はあっけらかんと言い放った。

「明日、実習お休みでしょ? だから2人でお出かけしたいなって思って」

「でも明日って、健康診断の一環で採血がある日だよね?」

 寿也は手帳を開いて言った。明日実習がないのは、健康診断だからだ。春と秋に一度ずつ行われる。

「あれ、寿くん、聞いてなかった?」

「何を?」

「身体測定とか心臓検診はこの前終わってるから、心臓検診で引っかかった人以外は、採血は別に任意で良いって先生言ってたよ」

「……そんなこと言ってたっけ?」

「言ってた! とにかく明日は学校行かずにお出かけしよ」

 まったくそんな話を聞いた覚えはないが、最近は学校にいる間も、病院に行くことや父の仕事部屋に行くことで、頭がいっぱいになっていた。正直先生の話をよく聞いていたかと言われると自信がない。


「わかった。どこに行きたいの?」

「海!」

「え、この時期に?」

「海には入らへんよ。海岸を歩いてのんびりするのも楽しそうでしょ?」

「たまにはそういうのもありだね。ここら辺だった良いところを知ってるよ。夕日が綺麗なんだ」

「えー何それ! 行きたい!」

「じゃあそこにしよう。どんなところかは着くまでのお楽しみってことで」

「おっけー! じゃあまた明日ね!」

「うん」


 再びリビングは無言に戻った。

 明日のことを考えると、久しぶりの春花とのデートに、寿也の心は躍っていた。本当は、春花に聞きたいことがたくさんあるのに、それ以上に春花に会えること自体が楽しみだった。

 

 記憶転移システムが絡んだ状況下で、何かが起こっている。そして、春花もその何かを知っているかもしれない。それは十分に理解しているつもりだ。それでも、理性では追いつかないぐらい、春花の声を聞くだけでこんなにも寿也の気持ちは満たされていく。



 寿也は、明日行く場所を検索しながら、コンビニのおにぎりを頬張った。


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