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資料室と期待

 昨日から、今日の予定は決めていた。実習終了後、父の働く都立総合病院へ向かうつもりだ。特に何か策が思いついたわけではないが、記憶転移システムの研究舞台とも呼べる場所に行くことで、少しでも手がかりがつかめればいいという期待があった。


 寿也は、実習が終わると、足早に大学を出て駅に向かった。


 電車に揺られながら、窓の景色を眺める。病院へ行くのは久しぶりだ。父の職場であると同時に、そこは母が死んだ場所でもある。

 

 母が入院していた頃は、よく見舞いに行ったが、死んでからは、現実逃避するかのように近づかなくなった。今思い返せば、母の最期に間に合わなかった父への子供じみた当てつけだったかもしれない。

 そんな昔に比べれば、今日久々に病院へ足を運ぶが、至って冷静でいられる自分に少し驚く反面、十年近く前のことだから当たり前かと納得もする。


 今でも、あの日の父を許してはいないが、一脳外科医であり脳科学者でもある父の本当の姿を知りたいという思いがある。寿也が記憶転移システムの真相を知ることにこだわっているのも、父が家庭よりも母よりも優先した研究とは何かを自分の目で確かめたいからだ。


 実際に研究データのメモを偶然発見するまでは、さほど関心を持っていなかったが、今となっては、寿也の心の中に眠っていた何かがはじけたかのように、記憶転移システムのことが頭から離れなくなっていた。


 


 駅に到着したことを告げる車掌のアナウンスと共に、寿也はホームへ降りた。時間はまだ3時過ぎであるため、駅にはまばらにしか人はいない。


 都立総合病院は駅から徒歩5分の距離にある。久しぶりに目にするその建物は、以前と大きく変わったところは特になく、相変わらず、己の存在を誇示するかのように、青空の中堂々とそびえ立っていた。


 寿也はとりあえず正面から中に入ることにした。一般客に紛れて待合室まで行くのは容易だった。何しろ約10年ぶりだ。医者や看護師も、見たことがない人ばかりになっている。


 寿也はいったん待合室の座席に腰掛け、スマホを取り出し、あたかも診察を待っているかのような雰囲気を醸し出す。


 スマホをいじるふりをしながら、寿也は幼い頃の記憶をたぐり寄せる。


 母の見舞いにここによく来ていた頃、何度か父の資料室に連れて行ってもらったことがあった。院長室とは違って、綺麗な雰囲気や豪華な家具はなかったが、寿也には、資料室の雑多な感じが妙に心地よかった。 マンションにも、仕事部屋を持っているのに、まだそれでは足りないのかと思うが、医者というのはそれなりに大変らしい。


 あの時は、父との関係は良好で、むしろ仕事熱心な父のことを格好いいと思っていたし、同時に憧れてもいた。

 父も、仕事の傍ら忙しい時間を縫って、病院に来た寿也の相手をしてくれた。そのときに行っていたのが、父の資料室だ。寿也はそこで、父が用意してくれていたゲームやおもちゃを使って遊ぶことが多かった。

 あの頃の寿也には、その部屋は遊び場でしかなかったが、今振り返れば、あの部屋にはたくさんの資料が積まれていた。


 遠い過去の記憶であるはずなのに、あの部屋の様子を鮮明に思い出すことができる。寿也は大きな本棚の下で遊んでいた。そして、本棚の向かいには事務的な机が一つあった。仕事中の父は、何度かその部屋に入ってきた。父は、時には難しい顔をしながら、本棚の資料を眺めていた。


 そこで、あることをふと思い出す。あの机だ。父はたまに机の引き出しを開けていた。不用心にも程があると思うが、父は資料室に鍵をかけていなかった。しかし、その机の引き出しだけは、毎度きちんと施錠を怠らなかった。


 本当に重要なデータを保管する際は、あの引き出しにしまうのではないか。寿也は漠然と浮かび上がった想像を確かめたくなった。

 どうせ行き当たりばったりで病院に来たのだ。少しでも可能性がある場所に行くのが最善の策だろう。




 なるべく顔を伏せながら、寿也はエレベーターに乗り込んだ。いくら桐谷真太郎の息子だと言っても、顔パスで研究部屋に入れるはずがない。それに昔と今では、父との関係も、寿也の知識量も違う。

 顔を伏せているということは、自分でもいけないことをしているという自覚があるのだ。しかし、今更後には引き返せない。寿也は4階で降りた。


 4階フロアの光景は、寿也の幼い頃の記憶のままだった。エレベーターを降りて最初の廊下を渡ったところには、たくさんの病室がある。脳神経外科で受診している患者たちの病室だろう。


 その廊下を抜けた先には、患者や医者や看護師たちが利用する食堂がある。入院中の食事と言えば、ベッドの上で食べる病院食のイメージが強いかもしれないが、基本的に特別な理由がなければ、食事を食堂で食べるか、ベッドで食べるかは、患者自身が決めることができる。


 寿也の母は、体調が良い日などは、なるべく食堂で食べるようにしていた。食堂で、他の患者さんたちとおしゃべりすることも、治療の一環だというのが母の持論だった。


 食堂を抜けた先に、患者のカルテなどを保管する倉庫があり、その隣が父の資料室になっていた。

 寿也は忍び足で倉庫のそばを通り抜けた。食堂とは打って変わって、明らかに関係者以外立ち入り禁止の雰囲気が漂う。父の資料室の奥には、北館に続くエレベーターが一台あるのみだ。


 寿也は、ゆっくりと資料室のドアノブを回した。案の定鍵はかかっていなかった。手汗で銀色のドアノブがうっすらと光っている。寿也は、まるで強盗犯のように、ハンカチで証拠を拭き取る。


 時刻は、まだ4時過ぎにもかかわらず、部屋はカーテンを閉め切っているせいで真っ暗だった。寿也は鞄の中からスマホを取り出し、ライトを付けた。部屋の中に侵入しているのを誰かに見つかるわけにはいかない。うかつに部屋の明かりは付けられない。


 低い姿勢のまま、部屋の中を手探りで進む。部屋全体の配置は、昔と変わっていないようだ。薄暗い部屋の中を、スマホのライトが例の机を捉えた。寿也は慎重に机に近づく。


 机に手がかかった。その瞬間、軽い音が床に響いた。何かが机の上から落ちたのだ。


 寿也はライトで、音の鳴った床を照らした。


 そこには、USBメモリが一つ転がっていた。


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