表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/50

自然と人工

 プロジェクターが明るくなり、最初に目に飛び込んだのは、小さな女の子の姿だった。外国で撮影されたムービーなのだろうか。女の子は、ブロンドの髪に青い目をしている。年は五、六歳のように見える。

 女の子は、広い庭に敷かれたシートの上で、お人形遊びをしている。人形たちは、それぞれ綺麗な衣装を身につけ、きらびやかなアクセサリーまで付けている。


 「ジェシー」

 家の中から声がした。これは彼女の名前らしい。女の子は振り返り、人形たちをその場に置いて、声の方へと走って行った。

 

 ダイニングテーブルの上には、溢れんばかりの料理が並べられている。画面を通り越して良い匂いが伝わってきそうだ。真ん中に置かれている丸々太ったチキンの丸焼きは、ナイフを入れればいい音を立てて肉汁が溢れ出すことを容易に想像できる。


 今日は女の子の誕生日のようだ。六本のろうそくが刺さった大きなケーキが運ばれてきた。女の子の周りには、家族全員が集まって祝福を述べている。次々と誕生日プレゼントが手渡され、女の子は一つずつ丁寧に中身を開けては、目を輝かせて喜びの声を上げた。まさに、幸せな家族の日常を収めた理想的なホームビデオといった感じだ。


 ビデオが途絶え、一瞬スクリーンが真っ暗になった。


 次に見えた景色は、病院の一室だった。真っ白い清潔感が漂うベッドの上で目を閉じているのは、先ほどの女の子だ。しかし顔つきから、年齢はかなり高くなっているのがわかる。


 女の子は、この病院の患者なのだろうか。それにしては、人工呼吸器もなければ点滴も見当たらない。ここが病室でなければ、ただ眠っているように見える。


 その代わり、一つ見慣れないものがあった。寿也はもう一度映像を凝視する。やはり、女の子の頭には、何か装置が取り付けられている。それは、ヘッドフォンのイヤーパッドが外れたような見た目だ。耳の上から頭の頂点を通って、また反対側の耳の上まで固定されているその黒い装置は、ところどころ点滅している箇所がある。そしてそれは、コンセントのようなもので、ベッドの横の電子パネルに繋がれている。

 電子パネルが正面から映った。そこに映っていたのは、先ほどの誕生日のホームビデオだった。


 「今日で一週間です。お嬢さんの様子はどうですか?」

 病室に入ってきた、担当医と思われる恰幅の良い男性医師が母親に声をかけた。

「ええ、かなり落ち着いた表情をしているような気がします。目が覚めたときに、これを気に入ってくれるといいんですけど」

 母親は静かな声で答えた。口元には、ホームビデオの時には見られなかった法令線が刻まれている。


 ここで一度ビデオが止められた。寿也は頭の中で映像を反芻しながら一つの仮説を持った。しかし確証はない。


 「これは、我が研究所が、アメリカの医学大学と合同で行った、ある研究の実験映像です。そしてジェシーは、クライン・レビン症候群の患者です」

 梅澤博士がマイクを持って言った。会場には微妙な空気が流れる。

 寿也は以前、たまたまテレビで、クライン・レビン症候群の患者のドキュメンタリーを見たことがあったため、それがどういった症状なのかすぐに思い出したが、実際は、一般的にはもちろん、医学部生にもほとんど知られていない病気だ。


 博士が、「一応説明しておきますと」と前置きをしてから話し始めた。

「クライン・レビン症候群は、過眠症の一種です。これは、一日のほとんどの時間に寝てしまう仮眠の症状が、数ヶ月の感覚で出現します。仮眠期は、通常十日前後で脱しますが、長い場合には数週間続くこともあります。これは、百万人に一人ぐらいと、非常に稀な病気であるため、未だに原因などははっきりしていません」

 博士の言葉に、会場が少し騒がしくなった。生徒たちはお互いに顔を見合わせている。

 「彼女は、七歳の時にこの病気を発症しました。小学校の授業中に、突然眠り、そのまま一週間目を覚まさなかったのが始まりです。この症状の怖いところは、いつ眠りの周期が来るのかわからないということです。そして、どれぐらいの期間眠るのかも不特定なのです」


 講義の最初で手を上げた生徒が「質問です」と言って立ち上がった。

「眠っている間の生活はどうしているのですか?」

 隣の席の徹も気になっていたようで、身を乗り出して聞いている。

「彼らは、食事や排泄のために目覚めることはできます。ただしそれは、起きてはいても、心ここにあらずの状態で、患者たちのほとんどが、傾眠中の目覚めている時間を『夢の中にいるような感覚』と表現しています。また、普段は食べないものに手を出したり、別人のような振る舞いをしたりします」

 また会場にざわざわと声が広がった。


 「そして傾眠中、患者たちの中には、夢にうなされている方たちもいます。ほとんどの人が、その夢の内容を覚えていませんが、それでも、気分が悪かったという感覚が残ります。これを受けて私たちは、ジェシー、そしてジェシー家族協力の元、以前から行っていたある研究の実験を行いました」

 今まで感情を出さなかった博士の瞳に、一瞬好奇の色が写ったように見えた。徹は思わずつばを飲み込んだ。

「もうお気づきかもしれませんが、今、彼女が見ているものは、自然な夢ではなく、あのホームビデオの映像です」

 博士の言葉に、生徒たちはお互いに顔を見合わせ何やら話している。寿也は、やっぱりそうか、と思った。

「仮眠期に脳波を調べてみると、間欠期に比べて脳の働きそのものが低下しており、仮眠期に目覚めるときも、脳がうとうとしている状態であることがわかりました。それが関係しているのかはまだ断定できませんが、悪い夢を見るのは、そういった脳の機能低下が原因であると私たちは考えています」

 会場は再び静寂に包まれた。


 「そこで私たちは、夢を人工的に作り出す装置を開発しました」

 博士は、依然として表情を変えないまま言い放った。

「先ほども申し上げたとおり、夢の内容は、ご家族から提供していただいたホームビデオを元に作成しました。誕生日パーティーだけでなく、様々なバリエーションが存在します」

 様々なバリエーションなどと言うと、なんだかテレビショッピングのコマーシャルみたいだ、と寿也は思った。


 「ここでは簡単な説明にとどめますが、レム睡眠状態の脳に、ある一定のリズムで刺激を与えることで、自然に作られた夢を削除し、代わりに意図的な夢を転換できるのです」

 つまり、女の子が見ているのは、実在しない夢なのだ。寿也は身震いした。その震えは、人間らしさが喪失されることへの恐怖なのか、それとも、新技術の進歩を身近に感じることへの興奮なのかはわからなかった。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ