アンドロイドとヒューマノイド
まだ胃の中に昨日の焼き肉が残っているような気がする。寿也は一応ブレスケアをしてから家を出た。
今日は、本来なら実習二日目のはずだが、寿也たちの大学と提携を結んでいる研究所の研究者が臨時で大学に来るということで、急遽、講演会に変更された。正直、昨日の疲れがまだ溜まっていたため、この変更はかなり有り難かった。それに、講演をするのは、最先端アンドロイドの研究者であるため、元からこういうものに興味がある寿也は非常に楽しみだった。
徹は寿也よりも早く教室に着いていた。寿也は、徹が取っていてくれた席に腰掛けた。ぞろぞろと扉から生徒が入ってくる。自由参加であるため、もっと少ないかと思ったが、最近ホットなアンドロイドの講演であるためか、かなりの生徒が朝から来ている。しかし、春花の姿は見えない。
チャイムが鳴った。それと同時に、どこにいたのか、白衣の女性が現れた。
「皆さん、おはようございます。今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。私は、本日、我が研究所が行っている最新アンドロイドの研究についてお話しに来ました、研究者の梅澤里帆と申します」
目の前の女性は、台本をそのまま棒読みしたような機械的なトーンで挨拶をし、軽くお辞儀をした。白衣が身体に合わせて揺れる。寿也は、研究者が、世間のイメージ通り本当に白衣を着ていることになんだか面白さを感じた。
「えぇー梅澤博士は、この研究のチームリーダーであり、非常に優秀な方です。今日は皆さんのために、わざわざ時間を割いて講演して下さいます。ぜひ集中して聞いて下さい」
教授が額の汗を拭きながら学生に向けて言った。その表情からも、こんな機会は滅多にないのだろうということが窺える。寿也たちの実習の時間を割いたのではなく、その時間を使って講演していただくのだ、教授たちはそう言いたいということを理解した。
それにしても、梅澤博士は非常に若いように見える。三十代前半といったところだろうか。表情を一切変えないため、実際は、今見えているよりももっと若いかもしれない。この若さでチームリーダーを任されるぐらいだから、本当に優秀なのだろう。博士は、切れ長の一重が特徴的な、クールビューティだ。着色の一切ない髪は、後ろできっちりと結ばれており、別段見た目に気を遣っている様子はない。アイラインもマスカラもないナチュラルメイクがより一層それを示す。
「高木くん、資料の配付をお願いします」
梅澤博士は、隣にいた助手と思われる男性に声をかけた。高木くんと呼ばれた彼は、スムーズに最前列の生徒に資料を手渡していく。途中で生徒が資料を落としたが、素早い動きで拾い上げ、涼しい顔で配布を続けた。
「ありがとう」
梅澤博士が高木くんに耳打ちしたのを聞いて、隣の席の徹が寿也を肘で小突いてきた。
「ん?」
「あれ、ぜったいできてる」
「何が?」
「はぁ……だから、あの二人確実に付き合ってるって言ってんの」
徹が、声が響かないように手で口元を覆いながら言った。
「そうか? 女の人の方、研究以外に興味ありませんっていう雰囲気だけど」
「普段は男を引きつけず、近づいてくる男全員虫けらのように追い払う、鉄壁ガードの女が、一人の後輩にだけ心を開き……そして二人は次第に惹かれていく……。こういうシナリオだよ」
「……その顔気持ち悪い」
寿也は何やら妄想をしている徹を元の位置に押し返した。
「今日は、私たちの研究チームの一員である彼にサポートを頼んでいます。彼はチームのキーマンです」
梅澤博士が高木くんにマイクを渡した。
「助手の高木良太です。今日はよろしくお願いします」
高木くんは、助手の立場だからか、キーマンとはとても思えないようなシンプルな自己紹介を済ませてマイクを博士に返した。高木くんは、イケメンでも不細工でもない、ごく一般的な顔だが、目尻にはどことなく人なつっこさが感じられる。会場には無造作な拍手が響いた。
「皆さんは、アンドロイドとはどういったものか説明できますか」
梅澤博士の、女性にしてはやや低めの声が会場に広がった。
以前、ひなのと会った際、寿也が人工知能について質問したが、そのときと同じような入りだ。今になって、咄嗟に応答したひなのの臨機応変さがよくわかる。
「アンドロイドは、人間酷似型ロボットという意味ですよね」
中央の前から三列目に座っていた男子学生が挙手をして言った。
「はい、その通りです」
博士の声は相変わらず無機質で、顔はにこりとも笑わない。
「似た言葉に、ヒューマノイドという言葉があります。ヒューマノイドとは、人間の姿形を連想できる身体を持ったロボットのことを指します。目や手や腕があるようなロボットは、その見かけが機械的なものであっても、ヒューマノイドと呼ばれます。具体的なイメージを掴んでいただくために、ここに例をご用意いたしました。皆さんは、スターウォーズはお好きでしょうか」
博士の問いかけに、真面目な生徒たち何人かが首を縦に振り呼応した。高木くんが、前方のプロジェクターを操作する。
「今ここに映っているのは、スターウォーズに登場する、人間型ロボットC-3POと、円筒形の体を持つ、R2-D2です。ご覧の通り、両者は同じロボットながら、見た目はまったく異なります。この場合、C-3POはヒューマノイドに含まれますが、R2-D2は含まれません。単純に、R2-D2は人間を想起させる見た目をしていないからです」
博士はここで一呼吸置き、ペットボトルの水を口に含んだ。何人かの生徒たちは、律儀にメモを取っている。
「では、本題に戻りますが、アンドロイドとヒューマノイドはどう区別されるのでしょうか」
今度は違う生徒が手を上げた。
「ヒューマノイドには、機械的な見た目のものも含まれますが、一方アンドロイドは、その見かけが生身の人間のように見えるヒューマノイドに対する呼び名です」
梅澤博士は、少しも驚く様子もなく、「はい、正解です」とだけ答えた。
それに対して寿也の方は、当たり前のように答えられる生徒がいることにかなり驚いていた。人工知能やアンドロイドの仕組みについての知識は、自分でもある方だと思っているが、そもそも大前提である、種類の違いについてなど気にもとめていなかった。
「ちなみにアンドロイドは、ギリシャ語で人間もどきという意味です。ただ、これは男性名詞ですので、女性のアンドロイドは、ガイノイドと呼ばれることもあります」
寿也は配布された資料をめくりながら、ところどころ印を付けて聞いた。
「我が研究所が行っているのは、最新アンドロイドの開発です。そして、最終目標は、人間と同じ見た目、同じ機能を持ったアンドロイドを作ることです。ですが、この話をする前に、一度こちらをご覧頂きます」
梅澤博士の声が静かな会場に反響する。一気に照明がすべて落とされた。




