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冗談と真剣

 「あーーーおいしーっ!」

 春花が頬に手を当てながら目を細めて言った。

 寿也と春花と徹の三人は焼き肉を食べている。実習終わりに合流し、そのまま店に寄ったのだ。徹は最初、自分は邪魔だと言って渋っていたが、春花と二人で説得して連れてきた。元々大学内では三人でいることも多く、徹はすぐに馴染んだ。

「ほんとだ。美味い!」

 徹も、焼きたてのカルビを二枚一気に頬張りながら言った。二人とも、ついさっきまで遺体を解剖していたとは思えないほどの食べっぷりだ。

「よくそんなに食べられるね」

 若干食欲を失っている寿也が、鉄板の上の肉をひっくり返し言う。

「ええー? 寿くんがご飯食べに行こうって言ったんやん~」

「いや、おれはもっとあっさりしたのを想像してたんだけどな。そしたら二人が焼き肉って言うからびっくりしたよ」

「ハードワークの後は焼き肉って相場が決まってんだよ」

「だよね~」

 春花と徹は完全にタッグを組んでいる。この二人相手に常識は通用しない。寿也は潔く抵抗を諦めて、比較的油の少ないタンを口に運んだ。


「これがあと六週間もあるのかと思ったら逃亡したくなるな」

 徹が口をへの字に歪ませた。解剖実習は、六週間にも及ぶ非常に大変な学科だ。初戦を終えた段階で、すでにかなりの精神力と体力を奪われた。こんな状態では先が思いやられる。

「私は楽しみだけどなぁ」

 春花が朝の調子で言った。

「清水さんサイコパスなんじゃないの?」

「うわっ、寿くんと同じこと言うやん! 絶対サイコパスの使い方間違ってる」

「だってあれ、相当精神的に来るぜ」

「私だって辛いよ? けどさ、あんな風に実際に経験できる機会なんてなかなかないからね」

「まぁそれはそうだな」

 春花の言葉に徹は頷く。

 

 「そういえば、献体ってどうやって用意してんだろうな」

 徹がジョッキを片手に言った。

「個人の好意で寄付されたものらしいよ」

 寿也が答えた。

「へぇ、そんな寄付があるんだな」

「医学部を持つ大学ごとに献体の募集があって、生前に登録するようになってるみたい。今日指導してくれた先生が言ってた」

「じゃあ、協力してくれるってことは、おれらの先輩の可能性があるな。わざわざここの大学に寄付してくれたわけだし」

「あり得るな」

「おれらも登録しとくか?」

 徹が冗談ぽくニヤリと笑って言った。

「不治の病になってからでも遅くないんじゃない? 今登録したらなんか縁起悪いし」

 寿也も笑って返した。



 「二人とも、いつ死ぬかなんてわかんないんだよ」

 ウーロン茶のグラスをテーブルに置く音と同時に春花の声が響いた。寿也と徹は笑い声を止めた。

「明日いきなり、頭の上に鉄骨が落ちてくるかもしれないし、通り魔に刺されるかもしれない。死ぬのなんてあっという間やねんから」

 春花は落ち着いた声で言った。

「ははっ、やっぱり清水さんて面白いな。そんなの宝くじに当たるぐらいの確率じゃないの?」

 徹は今日もほろ酔いの顔をしている。

「柏木くん、明日死んじゃっても知らないんやから」

 春花が少し不機嫌そうに言った。

「ごめんて、別におれらも死ぬことを軽く考えてるわけじゃないよ。一応これでも医者の卵なわけだし。なぁ寿?」

 助けを求める徹に寿也は頷いて返事する。

「春ちゃんは登録するの?」

 寿也は春花に視線をやった。

「私は……」

 春花は一瞬視線を落とした。それからすぐに二人の顔を見た。

「私は、自分が死んじゃっても、医学の力になりたい。たとえ若くに死んじゃって、医者になれなかったとしても、私にできることがあるなら協力したい」

 春花は一気に言った。寿也は咄嗟に反応できなかった。まるで春花こそ不治の病に侵されていて、死を覚悟しているみたいじゃないか、そう思った。


 「清水さんかっけー! おれも見習って早速登録するわ」

 徹が拍手しながら言った。寿也はビクッとしたが、春花はこれを聞いて、「ぜひ」と言い笑った。この場の空気を変えるためなのか、素で何とも感じていないのか、それとも酔っているだけなのかわからない。しかし、徹の空気を読まない発言で、ひとまずこの場は何もなかったように元通りに戻った。



 「うわぁ、てか今日も巨人負けてんじゃねぇか」

 徹がスマホを見ながら声を上げた。

「そっか、柏木くんも寿くんといっしょで巨人ファンか」

「そうそう、おれ、小学校から少年リトルで野球やっててさ、その後も中学高校と野球部だったし、人一倍野球愛が強いんだよね」

「へぇ! じゃあ坊主やったん?」

「おう、六年間きっちり坊主」

「なんか似合わなーい」

 春花が手を叩いて笑った。

「ひっでぇ! こう見えておれ、美坊主って呼ばれてたんだぜ?」

「うっそだぁ。写真見せて」

 徹がスマホの画面を春花の方に向けると、春花は気を遣う様子もなく、今度はお腹を抱えて笑った。

「やだ、やっぱり似合ってないけど思ってたよりかわいい!」

「それ褒めてんの?」

「褒めてるよ~」

「そういうことにしとくか。清水さんはバレー部だよな?」

「うん、私も中高ずっと続けてたの」

「ポジションは?」

「セッター!」

「セッターって、一番地味なポジションじゃないの?」

「違うよー! セッターって、アタッカーとかに比べたらあんまり目立たへんけど、チームの司令塔で一番かっこいいねんから。いわゆるブレーンってやつ」

 どや顔する春花に徹がまた茶々を入れて楽しんでいる。

 さっきの真剣な発言などまるでなかったかのようだ。やはり自分は最近、春花の言動に対して神経質になっているだけなのだろうか。実際、徹は何も違和感を感じていないようだ。

 寿也は、相変わらず右手でグラスを持つ春花を見ながら、何かを払拭するかのようにジンジャエールを一気に飲み干した。


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