表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/50

科学と理論

 「そういえば、最近話題になっている記憶転移システムの研究に、先輩の大学院も参加しているんですよね?」

 若干の沈黙の後、ひなのがパッと顔を上げて聞いた。ここで、寿也の方が詳しいであろう話題を選ぶのは、さすがサポート役のマネージャという感じだ。

「大学院の方だから、おれは会ったことがないんだけど、けっこう有名な教授が主にやってるんだって」

「じゃあかなり大がかりなプロジェクトなんですね」

 寿也は、「たぶん」と答えて、モンブランを口に運んだ。特に理由はないが、自分の父親も関わっていることは言わないでおいた。

「ニュースを見ていたら興味は湧くんですけど、あまり理解できなくて」

 ひなのは少し恥ずかしそうに言った。

「確かにあの内容を理解するのはなかなか難しいよ」

「でも先輩は多少理解していらっしゃるんじゃないですか?」

「まぁ、おれは身近な話題だからね」

「ぜひ教えていただきたいです」

「けっこう複雑かもだけど大丈夫?」

 寿也は、口元をほころばせながら言った。誰しも、自分の得意な分野や、好きな事柄についての話題を振られると、少なからず気分が高揚するものだ。

 ひなのは、「もちろんです」とにこやかに答えた。これも、ひなののアシストスキルの一つだろう。


 「記憶転移システムは、人工知能と融合させることによって完成するんだ」

 ひなのは、再びチーズケーキへと伸ばした手を止め、寿也の方に顔を向けた。

「高橋は人工知能についてどんなイメージがある?」

 寿也のつかみ所のない質問にも、ひなのは真剣に考えているような様子を見せる。

「あまり詳しくはないんですけど、人工知能ってあれですよね、よくテレビで、オセロや将棋と対戦してるコンピューターのことですよね」

「そうそう、その人工知能はかなり初期のものかな。人工知能は、生き物の自然知能をコンピューター上に実現することを言うんだ」

 ひなのは少し首を傾けた。

「もちろん、自然知能をそのまま人工知能に写すことはできないから、モデル化、数学化したそれぞれの問題に対して、人工知能を実現する。これが、問題特化型の人工知能で、実は、世の中のほとんどの人工知能はこの型に含まれるんだ。さっき高橋が言ったのもこの一つだよ」

「その問題特化型が初期ってことは、最近は他の型もできているんですか?」

「そうだね。学習する人工知能なんていうのも開発されていて、ディープラーニングや、機械学習など様々な方法があるんだ。実際に、ディープラーニングの性質を利用した囲碁AIがあって、プロ棋士に勝利したんだよ」

 ひなのは「へぇ」と驚いたような声を出す。

「ディープラーニングって、具体的にどんな技術なんですか?」

「なんていうかな、今までは、データごと、問題ごとに抽出アルゴリズムを工夫していたんだけど、ディープラーニングは、学習のデータが十分にあれば、ニュートラルネットワーク自体が、データ群の特徴を自動抽出してくれるんだ」

「……つまり、ニュートラルネットワークにデータを流し込めば特徴が勝手に抽出されるってことですか?」

「簡潔に言えばそういうことだよ」

 飲み込みが早く、積極的に知ろうとするひなの相手では、寿也も思わず話に力が入る。寿也は、わずかに残っていたアイスコーヒーを飲み干し、一呼吸置いた。

「でもきっと本当は、もっと高度な人工知能があるんじゃないですか?」

 ひなのがすべてお見通しといった笑みで寿也を見た。

「さすが話が早いね。そう、ここからが本題だよ」

 寿也も思わず笑みがこぼれた。この会話のテンポ感は、頭の良いひなのならではのものだろう。自分が詳しくない範囲でも、相手のリズムに合わせられるのは、彼女の美点の一つだと思う。


 「最近盛んに行われているのは、感情を持った人工知能の研究なんだ」

 ひなのがはっと息をのんだのがわかった。

「それってつまり……限りなく人間に近くなるってことですよね」

「そうなんだ。意思決定する人工知能はすでに存在しているけど、感情を持った人工知能はまだ作られていない。そもそも、感情の動きを支配しているのは、大脳辺縁系の扁桃体というところなんだ。その扁桃体で生まれた情動が、視床下部や脳幹網様体と呼ばれるところと連携することで、身体反応や情動行動が起きる仕組みになっているんだよ。だから、感情を持った人工知能を作るには、ほぼ完璧に人間の脳を再現しなければならない」

 ひなのが軽く握った手を口元に当てる。寿也の話を頭の中で整理し、反芻しているのだろうか。

「まだあまり具体的なイメージがつかめていなくて……」

 照れ笑いを含んだ顔のひなのと目が合って、寿也は反省した。つい興奮して、専門的な用語を多く使ってしまった気がする。

「高橋は嫌いなものなにかある?」

「……嫌いなものですか? ええと、なんでしょう。あっ、犬はあまり好きじゃないです」

 一見ワイルドピッチのようにも見える寿也の質問を、ひなのは多少戸惑いながらもすぐさま丁寧に捕球した。

「子どもの頃に犬に追いかけられたことがあって、多分それがトラウマになっているんだと思います。今なら小さいのは触れるんですけど、大型となるとやっぱりまだちょっと抵抗があって」

「その経験こそが、感情が起こる原因の一つになるんだ」

 寿也は、不思議そうな表情で見つめるひなのに微笑んだ。

「もし今大っきい犬が走ってきたらどう思う?」

「怖いです! すぐに逃げます」

 ひなのはそのシーンを想像したのか、綺麗な形の眉をひそめた。

「目の前にいる犬という目から得た情報を、海馬の記憶と照らし合わせて、どのような情報を生むべきかを扁桃体で評価するんだ。その評価は、相手が味方だったら『快』を感じて喜びになるし、敵だったら『不快』を感じて恐怖や怒りが生まれる。つまり高橋は、犬に対して怖い経験をした記憶があるから、犬を見ることで再びその記憶が再生されて、不快の感情が起こるんだよ」

「なるほど……。感情は、記憶と密接に関わっているんですね」

「そう、そこでようやく記憶転移システムの登場だ」

 寿也はもったいぶって一つ咳払いをした。

「仮に、感情をもった人工知能ができたとして、意図的に作らない限り、その人工知能に当然記憶はない。だけど、記憶転移システムがあれば、その人工知能は記憶を持つことができるんだ」

「……どういうことですか?」

「人間の脳にある記憶をそのまま転移させるんだよ」

「まさかっ」

 ひなのは大きな瞳をさらに見開かせた。到底信じられないといった様子だ。

「そのまさかを実現させるべく、科学者や脳外科医たちは研究をしているわけだ。記憶細胞からは、特殊な周波数が出ていると言われている。その周波数を抽出し、データ化することで、その人間の記憶データを取り出す」

「そんなこと本当にできるんですか?」

「理論上はね。まぁ、こんなに語っておきながら言うのもなんだけど、おれ自身も、記憶転移システムが実現するかは半信半疑だよ」

 寿也の言葉に、ひなのは「なぁんだ」と小さくつぶやいて笑った。

いつも読んでくれてありがとうございます!

良かったら、ぜひブクマつけて下さい!

心の中で喜びます(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ