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非リア充の男子高校生が異界から来た観葉植物とイチャつく話  作者: 武藤一光
第5章

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第24話 グラスワールド盆栽品評会

 盆栽品評会はハナザカリ城の庭に設置された特設ステージにて行われる。

 審査員は城の主である将軍、およびその直近の部下数名であり、参加者たちは各々の持ち時間の間に自慢の盆栽をステージに置き、語りによってその魅力を彼らにアピールせねばならない。

 明石優子は相棒の黒い淡雪草・クロとともに待合室の隅を陣取り、順番待ちをしていた。

 最大の障害たるもうひとつの淡雪草を排除した彼女にとって他の参加者たちはすでに眼中になく、涼しい顔で元の世界より持ち込んだノートパソコンでネットサーフィンに勤しんでいた。


『おいおい優子、こんなときでもパソコン弄りかよ。大舞台を前にして緊張しているオレ様になにか一言とかあってもいいんじゃねえか?』


 少ししゃがれた荒々しい声の持ち主は彼女の相棒のクロである。

 優子はパソコンの画面からまったく目を逸らさずに答えた。


「うるさい。緊張するって柄じゃないくせに。それにしてもクロが教えてくれたこの留電草はいい。あとで沢山摘んで持って帰ろう」


 優子のパソコンの電源プラグには青白く発光する蔓のようなものが巻きつけてあり、そこから電力が供給されていた。

 留電草はグラスワールドの至る所に生えている電気を帯びた雑草であり、ゆえに希少価値はない。

 クロは見向きもされないことが不満なのか、少し拗ねたような口調で突っかかった。


『それよりもこっちの世界からネットに繋げてることのほうに感動してくれよ。オレ様の超凄い超能力のおかげなんだからな』

「はいはいすごいすごい。あー、丁度いい椅子が欲しくなってきた。鬼灯紅子」

「はいなんでございましょう、優子様」


 優子への絶対服従を誓わされている鬼灯は直立不動で返事をした。

 彼女は優子が話し掛けるまで余計な口は慎むように命じられている。


「あなた、高校ではチア部の花形で周りからチヤホヤされてたんだって?」

「はい、自分で言うのもなんですが学校での私はまさに太陽のような存在で、男女問わずに大人気でした」

「ふーん。私、あなたみたいな陽キャでリア充っぽい女は大嫌い。だからぼろ雑巾のように使ってあげる」

「ありがとうございます!」

「とっとと四つん這いになって私の椅子になりなさい」

「はい、喜んで」


 鬼灯が嬉しそうに言われた通りにすると、優子は容赦なくその背中の上に腰掛けた。

 そしてそのまま黒タイツを履いた足を組み、パソコン作業に没頭しはじめた。


『ククク、お前もなかなかドSじゃねーか。まあ分かっちゃいるが』

「クロに言われたくない」


 カタカタと小気味よくキーボードを叩きながら、優子は日課をこなしていく。

 彼女はインターネット上のとある大型匿名掲示板と、そのまとめサイトの管理人をしており、引きこもりでありながらにして年収二千万超を稼いでいた。

 彼女はまずは掲示板の方にアクセスし、直近に経ったスレッドに一通り目を通した。


「相変わらずのクソスレまみれ。このスレとこのスレは過去ログ送り。こいつはアク禁、こいつもアク禁。あ、これは記事に使えそう」


 この掲示板というテリトリーにおいて、優子は創造主であり、絶対の支配者でもある。

 そこにはストレスを溜め込んだ現代人の吐き出す汚い罵声の応酬と誹謗中傷が常に飛び交い、常人が迷い込もうものなら一瞬にして精神が病んでしまうであろう荒みきった空気が流れていた。

 そんな社会の闇の縮図のような肥溜めの中を優子は平然と闊歩し、目に余る荒らしのみアクセス禁止の刑に処していく。

 彼女はこの掲示板の運営を初めてから、人の心がいかに穢れ救いようのないものかを知った。

 住人たちは面白半分で嘘をつき、敵とみなしたものには偏見まみれのレッテルを貼り、下らないことでマウントを取り合うなどは日常茶飯事。中にはライバル企業の社員と思わしきステルスマーケティングやネガティブキャンペーンらしき書き込みも現れ、管理人の彼女はいちいち全てに対処しきれなかった。

 そして普段人とまったく関わらない彼女には、この掲示板の空気こそが人間の根本的な本質であるようにさえ見えていた。


『ククク、相変わらず人気コンテンツの叩き記事で信者とアンチの対立を煽るのかよ。えげつねえ女だぜ。訴えられたりしねえのか』

「そこはやり過ぎないように注意してるから。閲覧数やコメント数を稼ぐには不安や怒り、見る人の負の感情を刺激するのが一番。それらがすべて私の養分となり、お金となる」

『今日もコメント欄は大荒れだな。計算通りってか』

「こんなソースもない情報に踊らされる方が悪い。人間ってホント馬鹿」


 優子にとって、すべての人間は愚かで、消えてもいいゴミのような存在だった。

 手慣れた様子でまとめサイトの記事を作成していく彼女の傍らで、クロが陽気に笑いかける。彼女が拾ったこの淡雪草はとにかく快楽主義者で、混沌を好んだ。

 そのクロのお陰で優子は毎日部屋に籠りきりパソコンの前に座っているだけの生活であるにも関わらず、退屈せずに済んでいた。


「145から150番の方、そろそろ移動お願いしま~す!」


 赤い法被を来た運営スタッフが高らかに声を上げた。

 いよいよ優子たちの出番である。


「ほんじゃま、さくっと優勝してきますか」

『フッ、お前が毎晩オレ様を大事そうに抱き抱えて添い寝してくれるお陰でオレ様のイケメン度はジョニーズ軍団が裸足で逃げ出すレベルだぜ。改めて礼を言うぜ、優子』

「なに言ってんだか。気持ち悪い」


 優子はパソコンをそっと閉じ、立ち上がった。

 そしてクロを抱え、なに食わぬ顔で舞台袖に向かおうとすると、四つん這いなったままの鬼灯が慌てて口を開いた。


「あ、あのっ優子様?! 私は一体どうすれば」

「忘れてた。ついてきて。あなたは適当に私たちの護衛でもしてなさい……。ふーん、あれがお殿様? 見るからにバカ殿って感じね」


 現在ステージの上では宝石のような実の成った木が置かれ、晴着を来た女が長々と審査員に向かってその見所について解説をしている。

 優子たちの出番はその次の次であった。



 * * * *



 舞台袖にて優子とクロがスタンバイすると、スタッフが名前を読み上げた。

 優子の顔に緊張の色はない。


「お次はアカシ・ユウコ氏の作品。クロです」

「はいはーい」


 優子はステージに顔を出し、軽く一礼をするとフードを取った。

 優子の顔立ちはある程度整ってはいるものの、ショートボブの髪は乱れ、肌は青白く、目の下には隈ができていた。

 チョンマゲ頭でやたらと派手な着物を着飾った将軍はその肌を見て、物珍しそうな顔をした。


「ぬ。おぬし、この世界の住人ではないな」

「はい。私は遠くはるばる日本という国からやってきました。そして、こちらが私をこの世界に呼び寄せた相棒のクロです」


 優子がクロを高々と掲げ、床の上に置いた。

 将軍は審査員席から身を乗り出し、クロを舐め回すように観察しはじめた。


「おお、これは淡雪草か。枝葉の形、艶ともに素晴らしいぞ」

「しかも世にも珍しい黒色でございますぞ、殿」

「うむ。こんなに美しい漆黒は初めてだ。いやはやこれは凄い」


 将軍とその部下は興奮した様子で口々にクロの容姿を褒め称えている。

 それに気を良くしたのか、クロは大胆にも将軍の面前で茎をふんぞり返らせ、嬉々として自分語りを始めた。


『フン、どうやら天下のお殿様もオレ様の黒光りするモノに見惚れてやがるようだな。だったら一つ教えてやるが、オレ様をここまで黒く染め上げたのは他でもねえ。優子がネットを通して見せてきた人間共の邪念によるものだ! 失望、怒り、嘆き、それらネガティブな感情はすべてオレ様にとって最高の養分なのよ! そういう意味じゃこいつはオレ様にとって最高のマスターだぜ!』


 不敬な物言いであるにも関わらず、将軍は怒るどころか俄然興味を示したようであった。


「な、なんと。これは驚いた、そちらの世界の人間の邪念を養分とな。しかし優子とやら、おぬしは一体」

「私ですか? ふふ、一介のまとめサイトの管理人ですよ」

「まとめ……? まあよくわからんが、おぬしのような振り切った者があちらの世界には多くいるのか?」

「いいえお殿様。この品評会で優勝することが出来たなら、お借りした植物王様の力で世界を恐怖のドン底に陥れてやろうなどと考えているのは私くらいでしょう。さすればクロは喜び、さらに黒く美しく育ちます……。お殿様、見てみたくはありませんか?」


 優子は不気味に笑い、まるで記事の見出しのような挑発的な謳い文句で将軍を煽ってみせた。

 どうすれば人の心を扇動出来るのか、その点において彼女の右に出る者はいない。


「ほう、お主が見掛けによらず悪党なのはよく分かった。だがまあ良かろう。おぬしがおぬしの世界でいかなる悪事を働こうが、余は感知せぬ。それよりももっと余に、その淡雪草の良さを見せてみい」

「かしこまりました。クロ、行くよ!」


 ジャンジャカジャカジャカジャン……♪

 優子はパソコンの音楽プレイヤーを起動させ、なにやら妖しい音楽をかけ始めた。

 するとクロは茎を一気に巨大化させ、まるで天に昇る一匹の龍のような姿となった。クロはそのまま音楽に合わせ体を大きくうねらせながら、自慢の葉を見せびらかすかのようにステージ上を何度も往来し、審査員たちにその絢爛さを存分にアピールしてみせた。


「おおっ、これは! なんたる猛々しい生命の息吹かっ!」

「将軍、これはもう抜きんでておりますぞ」


 将軍も、その部下たちも皆一様に口を開けひたすら圧倒されていた。

 優子はその瞬間、勝利を確信していた。

 ちなみに鬼灯はというと、ステージの端で意味もなくチアダンスを踊っていた。


「素晴らしい! まさにアッパレだ! これほどまでに完成された盆栽は未だかつて見たことがない!」

「殿、これはきっと植物王様もお喜びになりますぞ」

「うむ。優子とやら、下がって良いぞ。おぬしらが断トツで暫定一位だ」


 優子は通常サイズに戻ったクロを抱き上げ、勝ち誇った表情でステージを降りた。

 出番を終えた参加者はそのまま庭で待機することになっているが、優子の番は最後から数えて二番目である。つまり次にステージに上がる盆栽がクロよりも見劣りするものであった時点で、彼女たちの優勝は決定となる。

 優子はほくそ笑みながら、その最後の参加者のアピールタイムを見ていた。


「うむ、結構。下がってよいぞ。これにて今回のグラスワールド盆栽品評会は終了とする。優勝は全会一致で圧倒的な存在感を見せつけてくれた……」

「ちょーっと待ったぁ!」

「む、なに奴っ!?」


 将軍の言葉を遮るかのように、甲高い少女の声が鳴り響いた。

 声の方角は塀の上からであり、その場にいた全員の視線がその一点に集まった。

 発声したのはてふてふである。

 そしてその背後には、ゆきを抱えた晴太がしゃがみこんでいた。

 続いて晴太が息を吸い、目一杯大きな声で叫んだ。


「広橋晴太と相棒のゆき! 遅れて参りました! どうか今からでも品評会に参加させて貰えないでしょうか!」



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