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非リア充の男子高校生が異界から来た観葉植物とイチャつく話  作者: 武藤一光
第5章

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第20話 異界だって怖くない

「えーとつまりあれだ、ゆきは俺にそのヤバい奴を止めて欲しいって言いたいんだろ」

『はい。そういうことです』

「俺に頼まなくてもてふてふさんたちがやってくれるんじゃないのか? ほら、あの人異能の力を悪用してる人を裁くのを仕事にしているとか言ってたし」

『それが駄目なんです。その人物は現在ある目的でこっちの世界に来ていて、おそらくてふてふさんたちには干渉できないでしょう。私には晴太以外の人間を呼ぶことは出来ませんし、そもそも晴太を呼んだのだって頻繁に出来ることではありませんので』

「そうなのか。はぁ……」


 晴太はため息を吐くと同時に、肝心なところで役に立たないにんにんマーケットのへっぽこぶりを嘆いた。


「で、俺に具体的にどうしろと?」

『はい、その人物を止める方法は二つあります。一つは晴太が私の葉の力を使い、この世界にいるうちにその人物を亡き者にしてしまうことです』

「却下だ。出来るわけないだろ、そんなの」

『ですよね。さすが晴太。晴太ならそう言うと思っていました』

「分かってるんなら試すような真似はするなよ」

『すみません。ではもう一つの方法を言いますね。ズバリ、その人物の持つ淡雪草が、グラスワールド盆栽品評会で優勝することを食い止めればいいんです』

「え、なんだって……盆栽?」

『あっ、いま妙に爺臭いワードだと思って笑いましたね?』

「いやそこまでは。ただあまりに想像の斜め上を行く言葉が出てきたんで驚いただけっていうか……」


 目が点になっている晴太を前にして、ゆきはやたらと張り切った様子で説明をし始めた。


『いいですか。この植物の楽園たるグラスワールドにおいて、盆栽品評会の持つ意味は計り知れないものなのです。品評会は百年に一度開かれ、優勝した植物には偉大なる植物王様より絶大な力が与えられます。なにが言いたいかといいますと、通常私たち淡雪草の力をフルに使ったとしても先程私が見せましたような、一度に大量の人間を消滅させるような芸当はひっくり返っても出来ません。ところが品評会で優勝し、パワーアップをしてしまうと、それが可能になってしまうのです』

「ええっと、要するにその悪い淡雪草の持ち主はその盆栽品評会とやらに出て、優勝するためにこっちの世界に来てるってわけか」

『はい。そこでです! 晴太が私を連れて品評会の優勝をかっさらえば、パワーアップした私の力でその悪い淡雪草の力を逆に封じ込めることも可能なのです』

「優勝する気なのか、お前……」

『私のこの美貌があれば余裕でしょう?』


 ゆきは自信満々に茎をふん反り返らせ、葉で自らをビシッと指した。

 晴太はなんとなく、ゆきが彼をこの世界に連れてきた一番の動機は大舞台で自分の美貌を彼に見せ付けることのような気がしてきた。


「ま、お前の美しさなら楽勝か」

『でしょう! ふふふ。晴太、街の皆さんの命の危機を救うため私たちで頑張りましょう』

「そうだな。大舞台でちやほやされるお前の姿、俺も見てみたいぜ」


 なんだかんだ、ゆきの容姿には絶対の自信を持つ晴太である。

 先程まで抱いていた不安はどこへやら、彼は相棒の美しさを競うコンテストなら負ける気がまったくしていなかった。

 こうして彼らは意気揚々と盆栽品評会にエントリーすべく、会場のある街へと向かうこととなった。

 それはつまり晴太一人の足でしばしの間未知の世界を歩くということであったが、彼はゆきさえ側にいれば怖くはなかった。

 そのゆき曰く、グラスワールドの人間は基本的に晴太に危害を加えるようなことはないが、道中で悪の淡雪草使いからの襲撃はあり得ると、彼は念のため身体能力強化の葉を一枚持たされた。

 やがて光る木ばかりが生えた森を抜けると、二人は様々な色の花が咲き乱れる大草原へと行き着いた。

 その花のどれもが、晴太の元いた世界には見られないものである。

 彼が物珍しそうにそれらの説明を求めると、ゆきは得意満面であれこれ解説し始めた。

 その光景がなんだか普段と逆であると、晴太は思わず笑ってしまった。

 さらに遥か前方には街と思われる、塀で囲まれた建築物の集合体のようなものが見て取れる。

 晴太はゆきをしっかりと抱き抱えながら、その方角目掛けて一歩ずつ、異界の大地を踏みしめていったのだった。



 * * * *



『正面に見えますのはハナミの門。ハナミの門。ここを潜りますと終点、ハナサカリの街でございまーす』

「近くで見るとやたらとデカイ門だな。品評会とやらはこの街の中でやるんだよな」

『はい。この街は日本でいう東京みたいなもので、この世界の心臓と言っても過言ではないでしょう。ですから当然門もデカイです』

「あの、今さら気付いたんだけど、俺この世界の言葉分からないのにちゃんとエントリー出来るかな?」

『心配要りません。この葉を食べてください。言葉が分かるようになります』

「ゆきの葉って本当万能だよな……」


 晴太は差し出された葉を食べ、街の中へと足を踏み入れた。

 街道は石畳で綺麗に舗装されており、立ち並ぶ建物は日本の古い家屋に近い。

 そして至るところに先程森で見られた光る木が植えられており、ゆき曰くそれらが街灯なのだという。

 そんな街道を歩く人々は首から下は和風の着物姿であるが肌の色は薄紫で、一目で異界の人間だと分かる風貌をしていた。

 晴太は彼らに時折ジロジロと見られたが、晴太本人が思っていたほどの注目は浴びていないようであった。


『品評会はあのお城の庭で行われます。城門の前で受付をしていますので、早速エントリーを済ませましょう』

「あのさ俺、ちょっと腹が減ってきたんだけど」

『それでしたら受け付けを済ませたら食事にしましょうか。品評会本番まではまだ時間がありますので、私がお勧めの場所を紹介します。晴太の好きなメロンのような甘くて美味しい木の実がたくさんなっている場所があるんですよ』

「へぇ、そりゃ楽しみだ。んじゃとっととエントリー済ませるか。しかしなんていうか、凄い風格のある城だな」


 晴太は目の前に聳え立つ、和風の城によく似た巨大建造物を見上げながら呟いた。

 その天守閣と思わしき建物の高さはざっと一〇〇メートル近くはあり、下層部は青い蔦でぎっしりと覆われ、上層部の窓からは大木の枝と思わしきものが突き出ている。

 晴太はその存在感に圧倒されながら、あらためて自分が凄い場所に来ていることを自覚した。

 やがて彼らは門の前にズラリと出来た参加者たちの列に並び、自分たちの番が来るのを待った。手続き自体は特に難しいことはなく、晴太はゆきの助言を頼りに役人と思わしき男とコミュニケーションを取り、無事エントリーを済ませたのだった。


「しかし他の参加者の手持ちをパッと見た感じ、ゆきの優勝は固そうだな。この世界の美的センスまでは知らないからなんとも言えないけど、少なくとも俺の採点ではあの中じゃぶっちぎりでゆきが一番だった気がする」

『ええ同感です。私も我ながらそう思っていました。淡雪草の美しさは育てた人間のかけた愛情に比例しますから、だとしたら晴太のお陰ですよ。やはり晴太は最高のマスターです』

「あとはその悪いヤツの淡雪草とやらがどの程度のものかだな。まあ大量殺人をやり兼ねないような奴に愛情なんてあるわけないだろ。どうせ大したことないに決まってる」

『ですね。では晴太、さっそく例の木の実の場所に行きましょうか。この街の郊外にありますのでこのまま商店街を突っ切っていきますよ』


 ゆきに案内されるがまま、晴太はハナサカリの街の商店街を歩いた。

 そこには多くの人で賑わい、彼はまるで祭りの縁日の中を歩いているようだと感じていた。

 露店には様々な姿かたちの根っこや木の実、種や葉などが並び、やたらと植物に関係する商品が多く目立っている。


「しかし見てると見事に植物関係のお店ばっかりだな」

『ええ。さっきも言いましたように、ここの世界の人間はこのグラスワールドに生息する様々な植物の恩恵を頼りに生活しているんです。売られている木の実一つ取ってみても、石油の代わりに燃料になるもの、長寿の秘薬になるもの、中には魔法のように凄い力を秘めたものまでありますから』

「そうなのか。そんなものが普通に店で売られているんだったら、さっき言ってた植物王の力ってのは相当凄い力なんだな」

『はい。植物王様はお城の天守閣の中心に生えていらっしゃる私たちにとっても神様のような木ですから。そのお力に不可能はない、とまで言われています』

「ふうん……」


 晴太は先程より背後から聞こえている自分の名を呼ぶような声を無視し続けていた。

 この世界に彼を知るものなどゆき以外にいるわけもなく、単なる自分の名前とよく似た発音の空耳だと思い込んでいた。

 しかし声が近づくにつれ、その声がよく聞き馴染んだものであると気付かざるを得なかった。


「広橋くん! 待って広橋くん、待っててば」

「……鬼灯さん。なんで」

「ちょっ、なんでお前いんの? みたいな顔しないでくれるかしら」

「いやだって、実際そうだし」


 晴太は見間違いを疑い、彼女の顔を舐め回すように見た。

 しかし、やはりどこからどう見ても彼の知る袴姿の鬼灯紅子、コードネーム紅その人である。

 すかさず晴太はゆきに尋ねた。


「どういうことだよ、ゆきが呼べるのは俺だけじゃなかったのか」

『知りませんよ、私は一切呼んでいません。何かしらの方法で自力でここへ来たとしか』


 ゆきですら動揺するなか鬼灯は腕を組み、さも得意げに語り始めた。


「ふん、うちの社長は異界冒険家である広橋君の叔父さんの力を取り込んでいるからね。自在に異界を行き来出来るのよ。それで、数日前から淡雪草の力を悪用していると思われる人物が潜伏している可能性が高いとみて調査に来たってわけ。それにしてもまさかここであなたに会うことになるとはね」

「それはこっちの台詞だ。俺もゆきも夢にも思っていなかったよ」


 鬼灯の視線はいつの間にか晴太本人ではなく、彼の手元のゆきに固定化されていた。

 どうやら興味の対象は喋る淡雪草に完全に移ったようである。


「なるほど。この世界ではその子喋れるのね。なかなか色っぽい声してるじゃない、ゆきちゃん」

『あらそれはどうも。今まで言う口がないので言えませんでしたが、鬼灯さんもなかなか美人さんですよ。まあ私の一つ下のランクに入るくらいには』

「広橋くん、この子面白いことを言うわね」

「ゆきはまあ昔からこういうやつだよ。お陰で傍にいて飽きないというか」

「ふふ、俄然興味が湧いてきたわ。もう少し、お喋りさせて貰っていいかしら」


 そう言うと鬼灯は少し腰を屈め、ゆきの頭と同じ高さの目線になった。

 そして右手を腰に差した刀の柄に触れさせ、


『――へっ……?』


 居合一閃。鉢は晴太の手元で真っ二つに叩き割られ、散乱した土とともにゆきの身は地面に投げ出された。

 さらに鬼灯はゆきが反撃する間もないほどに流れるような所作で袖口から起爆札を叩き付けると、間髪入れずに起爆させた。


 ドオオオォォォンッ!!


「は……? 鬼灯、お前なにやってるんだよ…………ゆき……?」


 晴太の瞳には轟々と燃え盛る相棒の残骸が映っていた。

 名を呼んでも返事はなく、美しかった茎も葉もみるみるうちに灰と化し、そして塵となっていった。


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