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第19話 ゆきとグラスワールド

 どれだけの時間が経過したかは分からない。

 結果としてクラスメイト達は全滅。晴太の身にのみ、なんの異変も起こらずに済んでいた。

 晴太の頭は少しだけ冷静さを取り戻したが、恐怖と戸惑いに支配され、いまだに彼らの死を悲しむだけの余裕は生まれていなかった。

 周囲の景色がはっきりと異常事態の継続を伝えている。

 これほどまでに視界が赤く染まりきり、空気を重々しく感じたことなど当然彼の人生経験にあるはずもなかった。


「この霧はあの人、宵闇さんの出したやつじゃないっぽいな……。はっ! そうだ。にんにんマーケット!」


 晴太は思い立ったように手にしたスマホの電話帳を開き、てふてふの番号に電話を掛けた。

 番号はいつぞやに手渡された名刺に書かれていたものであり、普段から異能に触れている彼女ならば何か知っているかもしれない。

 そう判断しての行動であった。


「ちくしょう! 出ろよ! なにがなにかあったら連絡してくれだよ、嘘つくなよな!」


 晴太はすぐにもう一度掛け直してみたが、やはり留守番電話に切り替わるのみでまるで出る気配がなかった。

 続いて掛けた鬼灯にも一向に繋がらず、頭に血が上った彼はとうとう駆け出していた。

 彼のいた大通りからにんにんマーケットの事務所までは物理的に距離が近かった。

 彼は記憶を頼りにしながら、昼間なのに人通りのまったくない道を駆け抜け、事務所のある雑居ビルへと向かった。


「てふてふさん! 大変なんです、俺のクラスメイトたちが急に……」


 事務所はもぬけの殻であった。

 彼は真っ先に社員が総出でどこかに出張っているのかと疑ったが、すぐにそうではないようだと思い直した。机や椅子、置かれている小物などは確かに以前晴太が足を踏み入れた時と変わらない。

 しかし、そこに過去人がいた気配がまるでなかった。


「クソッ、どういうことだよ。なんなんだよコレは一体……」


 パニック状態になりながら彼は再び外に出た。相変わらず空は赤い霧で覆われたままである。

 彼は次第に自分以外の人間に誰とも遭遇しないことへの異常性に気付き始め、目の前の現実が悪い夢であるかのような気がしてきた。

 しかしいくら力を込めて頬をつねってみても、はっきりとした痛みを感じるばかりで彼が思うような現実に戻るようなことはなかった。

 スマホでネットニュースを検索してみても、特にこれと言って現在の状況に該当するようなことは書かれていない。

 そして遂に彼は震える鼓動を抑え、自宅に連絡を入れる決心をした。この時間帯ならば少なくとも彼の母親の方は自宅にいるはずである。

 しかし、結果は彼の予想した通りだった。


「……まじかよ。どうなってるんだよ。ほんとにもう」


 晴太は途方に暮れ、とうとう地べたに座り込んだまま動かなくなってしまった。


「助けてくれ。誰か……ゆき……」


 擦り切れそうな彼の声に応える者は誰もいない。

 もはや自分以外のすべての人間が消え去ってしまい、世界に自分一人だけが取り残された。そのどうしようもない憶測を彼は事実として受け入れようとしていた。

 そんなとき、ふと彼の頭の中に声が鳴り響いた。


『晴太。こっちです。はやく私のところへ来てください』


 品のある若い女性の声。

 それは彼にとって聞いたことのないものであるが、同時にどこか知っているような声でもあった。

 晴太は立ち上がり、叫んだ。


「ゆきっ!! お前なのか!!?」


 女性から返答の声はなかったが、先程の一言はただの幻聴などではないと信じ、彼は再び夢中で走り出した。

 電車やバスなどの交通機関が使えないなか、道端に倒れていた自転車を勝手に拝借し、ペダルを漕ぐことおよそ一時間。

  自宅に着くなりまっしぐらに二階の自室に駆け上がると、彼の相棒はいつもの鉢の上でじっとしていた。


「おおゆき! いたのか、ゆき!」


 晴太は異変が起きて以来、はじめて安堵の感情を覚えた。そして、再び彼の脳内に先程の女性の声が鳴り響く。


『はい私です晴太。こうして直接話をするのは初めてですね』


 あらためて聞くと二十歳前後くらいの、いかにもお嬢様然とした喋り方である。

 晴太はその声が目の前の植物から発せられていることをはっきりと感じ取ることができた。


「ゆき! 本当にゆきなんだ! はは、お前こんな声してたんだな。ていうかなんでお前喋ってるんだよ!?」

『どうして嬉しそうなのですか。友達が一斉に惨い死に方をして消えたんですよ』

「いや、こうして直接言葉を交わして会話が出来るだなんて思わなくてさ。って、その言い方だとお前、なにか事情を知ってるのか?」

『知っているもなにも、先程から晴太が見ている光景はすべて私の作った幻ですから』

「え? どういうこと」


 晴太はぽかんと口を開けた。ゆきは落ち着いたトーンで次の言葉を発した。


『今から順を追って説明しますので、とりあえず座って楽にしてください。お水でも飲んで』

「あ、うん」


 彼は言われるがまま水道水で渇いた喉を潤すと、ベッドの上で胡坐をかいて一息入れた。

 一体どのような事情でこのようなことになったのか、説明がなされるまでは無論彼に知る由はない。

 だがしかし、目の前のゆきの声が落ち着き払っているという事実だけで彼の心の不安の大部分は取り除かれていた。

 やがてゆきは葉をゆっくりと上下させながら語り始めた。


『最初に謝っておきますが晴太、誠に勝手ながらあなたをこちらの世界に呼ばせてもらいました。私の声が聞こえるようになったのもそのためです。つまり、今からおよそ二時間前よりあなたは現実世界から一時的に消滅しているということになります』

「へ……? ていうと、俺はゆきに異世界に飛ばされたこと?」

『はい。そこらへんは後で詳しく説明しますが、さっきも言いましたように、とりあえず今現在晴太が見ているこの世界は私が見せている幻覚なのです。あのお友達の惨たらしい死もすべて』

「なんでまたそんなことを」

『驚かせてすみません。ですが、危機感を持って貰いたかったのです。さっき見せたあの惨状は私が作り出した嘘ですが、かなり高い確率で起こり得る未来でもあるのです』


 ゆきの声に少しだけ緊張の色が混じったのを晴太は敏感に感じ取っていた。

 同時に自分にあんな惨たらしい光景をわざわざ見せ付けてくるということは、相当に切羽詰まった話なのであろうということも察していた。


「なるほどな。つまりは話の流れからすると、俺にその未来を回避するために動いて欲しいってとこか」


 十二年の付き合いは伊達ではない。晴太にはなんとなく、そのときのゆきの考えが手に取るように分かった。

 するとゆきは嬉しそうに声のトーンを上げ、


『さすが晴太! 私の最高のご主人様! 話が早くて助かります』

「まあお前の考えることは大体お見通しだからな。それで俺はなにをしたらいい? 俺に出来る範囲のことだったら協力するけど」

『ええ、ですがその前にまず、今現在晴太がいる世界の本当の姿をお見せしましょう。風景だけでもそちらの現実世界に似た幻を見せ続けるのはそろそろしんどいですので』

「え?」

『チェンジ・ザ・ワールド! グラスワールド!』


 ゆきが言い終えた瞬間、晴太の目に映る一切の風景が一瞬にして切り変わった。

 彼がこれまで自分の部屋だとばかり思いこんでいたその場所は見たことのない光る木の生い茂った森の中であり、彼はベッドではなく大きな切り株の上に腰を下ろしていた。


「は!? え、嘘だろ?」

『ふふ、驚いたでしょう。ここはグラスワールド。私たち淡雪草が本来自生している、あなたたちの言葉でいう異界です』

「グラスワールド……異界……」


 晴太は周囲の景色を今一度よく見回した。

 唯一先程までと変わらない光景は鉢に植えられたゆきの姿だけである。

 彼は不思議で見慣れない風景を見るたびにそこが異界であることを認識せざるを得なかったが、不思議と怖いという感情は湧かなかった。


『このグラスワールドには実に多種多様な植物が繁栄し、この世界の人間と共存しています。その中でも私たち淡雪草は晴太のようなそちらの世界の人間と共生することで繁栄する種なのです』

「なるほど。でもなんでわざわざそんな回りくどいことを」

『そちらの世界の人間の愛情が私たちにとっての養分になるからです。だから私たち淡雪草はあなたたち人間の世界に転移し、力を与え、その代わりに愛を享受します。ところが晴太、あなたは私の力をほとんど使わなかったにも関わらず、私のことをたっぷり愛してくださいました。お蔭でほら、私はこんなに美人に! いやはやあのとき鋼鉄さんに呼び掛け、私を連れ帰らせたのは本当に正解でしたよ』


 晴太はこのナルシストぶりはやはりゆきだなと思いつつ、聞いていて悪い気はしなかった。


「嬉しいことを言ってくれるな。まあ普段は滅多に言うことはないけどさ、ゆき。俺もお前に会えてよかったよ」

『きゃっ、嬉しいです晴太! 愛してます!』

「おいおい。なんていうか、声にして直接言われると照れるな」


 晴太は思わず目尻を下げ、ゆきも葉を萎びらせ、その瞬間二人は間違いなくノロケていた。

 晴太はもう少しだけこのまま他愛のない雑談に耽っていたいとも思ったが、ゆきはすぐに真面目な声に戻り、話の流れを戻した。


『えー、少し脱線してしまいましたが、晴太たちの世界で人間と共生している淡雪草は私だけではありません。その持ち主の中には葉の力を私利私欲のため、好き放題使う者もいます。というより、そもそも淡雪草にはそういう力を強く欲している人間を呼び寄せる性質がありますから、自然と欲深い人間が持ち主になりやすいのです』

「つまり、異様に金持ちだったりめっちゃモテモテだったりする人の中には淡雪草の力を普通に乱用してる奴がいるってことだよな」

『それぐらいならまだ可愛いものですが、もっと闇の深い人間の手に淡雪草が渡ってしまった場合、死人が出ます。つまり、その人物にとって気に入らない人間を証拠も残さず一瞬にして抹殺出来てしまうようになるのです』

「まさか……」

『ええそのまさかです。晴太の街には現在、数万人規模の大量殺人をやり兼ねないほどの強い心の闇を抱えた淡雪草の持ち主が潜んでいます』

「なるほどな。そういうことか」


 ここでようやく話の筋が見えてきたのか、晴太は頷いた。

 しかしこの時の彼にゆきの言わんとしていることが自分に出来るとは到底思えていなかった。


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