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第18話 高校最後の日

 卒業式。三年間に渡る晴太の高校生活もこの日終わりを告げ、今日が彼にとって制服に袖を通す最後の日であった。

 晴太は席替えをして以来、めっきり話さなくなってしまっていた元隣の席の小金沢結華と、今現在、久方ぶりに談笑している。

 小金沢はもとよりお洒落に関心が強く、さり気ない制服の着崩しやネイルでの自己表現などに余念がなかったが、この日の彼女は普段以上にばっちり顔面フルメイクで決め決めであった。


「広橋くんさっき泣いてたでしょー。しっかり見えてたよ」


 思いも寄らぬ指摘をされ、晴太は少しだけ顔を赤らめた。


「いやだってウルって来ない? スクリーンに廊下や校庭の風景写真が映ってさ。これまで過ごした思い出が蘇って、ああもうここにはいられないんだって思うとさ」

「分からなくはないかな。でも私は泣きたくてもちゃんと我慢したよ」

「まあそりゃそれだけ気合入れてメイクしてて泣き崩れたら台無しだからでしょ」

「わかってんじゃん。……へへ。どう、綺麗かな?」

「えっ。うん、まあとても綺麗だと思います」

「うん、まあ、か。でもありがとう。広橋くんも高一の時からかっこよくなったよー、多分」

「……多分でもありがとう」


 彼らの最後のホームルームは島谷の号泣によって締めくくられた。教え子たちによるサプライズで寄せ書きと花束を贈られて感激しない担任教師など、この世に存在しない。

 そして現在彼らは打ち上げ会場の焼肉店へと移動している最中であった。

 打ち上げにはクラスのほぼ全員が参加し、彼らは皆卒業証書を手にしながらぞろぞろと歩道を歩いていた。


「小金沢さんは就職するんだっけ?」

「アパレル関係のお店にね。やりたい仕事に就けたのはいいんだけど、上手くやれるかちょっと心配なんだよね」

「小金沢さんのコミュ力ならきっと大丈夫でしょ。頑張って」

「うんありがとう、頑張る」

「うおぉーい、そこ! なんだ怪しいな。アレか? 卒業式のワンチャン告白かぁ!?」


 背後から猛烈なダッシュで二人の会話に割り込んできたのは元サッカー部の俊足サイドハーフ、田辺勇斗である。

 今日のためにいつにも増してツンツンに髪を尖らせた田辺は浪人が決まっているとは思えない快活な笑顔で晴太の肩に手を置いた。


「残念田辺くん。普通の話してただけだよ。こうして制服姿のJKと普通にお喋り出来るのも今日が最後だかんね」

「なんだよ広橋。男女差別じゃねーか。制服姿のJKとはお喋りしたくても、制服姿の俺たちDKとはお喋りしたくねえってか?」

「そんなことは一言も言ってないぞ。ふふ、しようぜ、高校最後の男のトークをよ」


 晴太は県大会で決勝ゴールを上げたときの田辺の活躍を取り上げ、彼の機嫌を上手く取りながら男同士の会話を盛り上げた。

 やがて田辺がご満悦な様子で元のグループのところへ戻ると、次に晴太に声を掛けたのは横を歩いていた元アニメ研究会部長の剣持だった。


「お互い卒業おめでとう。僕は忘れていないよ。去年の夏、君とコミケで鉢合わせになったことを」

「ああ、あのときは色々とお世話になったよ。インペリアル・コードのブースだけが目的だったのにお陰でいろんな知識を植え付けられたな。ところで前から気になってたんだけどさ、剣持の鞄に付けてるのって最強巨神ライライザーだよな」

「おおさすが広橋。こんな昔のロボットアニメを知っているなんて、君はやはりこちら側の素質があるな」

「素質があるかはさておき、その時代のロボアニメは結構詳しかったりするぞ。一時期ハマってたからな」

「ほほう、ならば語るかい?」


 晴太はしばしの間、剣持と古き良き昔の名作アニメの話題に花を咲かせた。

 そしてその会話に一段落が付くと、まるで狙い撃たれたような形で谷町からの質問攻めにあい、ゆきについて話せる範囲のことをぶっちゃけた。

 彼は様々なクラスメイトたちと会話をしたが、彼自身も彼と言葉を交わすクラスメイトたちも皆、終始笑顔だった。

 確かに晴太は入学当初は地味で目立たなく、佐藤くらいしか仲の良い友人はいなかった。それが今となってはこのようにクラス中の人間とある程度は笑って話せる関係となっている。

 それは彼自身の努力による成果ではなく、ひとえにこのクラスがいいクラスであったからにほかならない。

 晴太は焼き肉店への道を歩みながら、これまでの数々の思い出を振り返り、このクラスにいられて本当に良かったと心から感じていた。


「あれ、そう言えばあの子、鬼灯紅子はどこに行ったの?」

「えっ、さっきまでここにいたんだけど。まさかの紅子忍者説浮上?」

「打ち上げには来るって言ってたよね。卒業生代表挨拶を決めた大物がいなかったらしまらないって」

「だよね。ちょっと電話してみる」


 突然の鬼灯の失踪に女子たちが騒ぐ様子が耳に入っても、晴太はまだこの時点ではなんの不安も抱いていなかった。

 時刻は午後二時過ぎ。

 澄みきった青空からは春の柔らかな日差しが降り注いでいた。

 晴太は仲睦まじく肩を並べて歩く佐藤と岡野の背中を発見するなり、足早に近寄った。


「おう広橋か。焼き肉にはお前と何度か行ったが、こうしてみんなと行くってのは新鮮だよなあ」

「まあ最初で最後だろうな。数年後に同窓会を開いてもこれだけは集まらないだろうし」

「でも広橋くんは大学が近場だから会おうと思えばみんなと会えるよね」

「ああそっか、岡野さんは関西の大学なんだよね。佐藤、遠距離恋愛になっても浮気するなよ」

「するかよ。ま、大学が離れ離れになってもこれからもちょくちょく遊ぼうぜ相棒。それと、ゆきちゃんによろしく」

「ああ。伝えとく」


 晴太はゆきをこの場に連れてくれば良かったと少しだけ後悔した。さすがに今から自宅に帰って抱えて戻るわけにはいかないが、後で話聞かせるだけではこの感動を分かち合うには少々足りないと感じていた。

 せめて彼らのこの笑顔を出来るだけ写真に収めようと、スマートフォンに手を伸ばした、まさにそのときであった。


「うっ、ううう、うわあああああああああああっ!!」


 お祝いムードにはあまりにも似つかわしくない、泣き叫ぶような田辺の悲鳴が閑静な通りに鳴り響いた。

 これまで賑やかにしていた周囲の空気は一変し、皆の視線が何事かと一斉に彼のもとへと集まった。


「か、川嶋が……川嶋が……。ああああああっ」


 田辺は明らかに怯えた様子で震え上がり、呼吸は乱れ、目の焦点が定まっていない。

 誰がいくら見回しても先程まで彼と一緒に歩いていたはずの川嶋の姿はどこにもなく、まるで神隠しにあったかのように綺麗さっぱりと消滅していた。


「どうした田辺! ていうか川嶋はどうした、なにがあった!?」


 佐藤が尋ねるも、田辺は歯をガチガチと鳴らせるばかりでまともに言葉を返せる状態ではなかった。

 そして次の瞬間、晴太たちの目にあまりにもおぞましい光景が映った。


「あ……あ……ああ……あがっ……ぐああああああっ!!!」

「田辺ッ! おい、嘘だろ……」


 揃って見ていたはずの女子たちの中から誰一人として悲鳴を上げるものが出ないほどに、それはショッキングな光景であった。

 まず絶対的に揺るがない事実として、田辺が死亡した。それも突然全身の関節があらぬ方向にねじ切れ、至るところから血を噴き出して倒れるという惨い死に方であった。

 そしてその悲劇をすぐに上書きするかのように、死体は頭から砂のように崩れ落ち、やがて宙に舞って消え去っていってしまった。


「そんな、なんだよこれ。田辺が……」

「う、うぐっ…………」

「あ、ああ……いやああああああああっ!!!」

「みんなどうした!? ……そんなっ、嘘だ。うああああああ」


 まさに地獄絵図のごとく、晴太の周りのクラスメイトたちが一斉に苦しみ出した。

 森も谷町も小金沢も剣持も、そして岡野も佐藤でさえも皆揃って悶え苦しみ、まるで何者かの見えない力に押し潰されるようにして、一瞬にして事切れた。

 人の死というのは案外呆気ないものである。さきほどまでの平和が嘘のような光景がそこにはあった。

 晴太は恐怖のあまり動けなかった。

 仲間たちの死体がたちどころに蒸発していくなか、それがいつ自分の身に起こるか分からない恐怖に怯え、頭の中でひたすらゆきに助けを求めていた。

 やがてどこからともなく現れた赤い霧が周囲一帯を包み込み、空気が変わりはじめた。


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