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第15話 女子たちの思惑と肝試し大会

「ちょっマジぃ? この子の香り嗅いでるとマジで頭がスッキリするっていうか、マジで捗るんですけど」


 新聞部所属、お喋り系女子の桐野美咲はゆきに鼻を近付け、しきりに匂いを嗅いでいる。


「噂は本当だったか。この子、ゆきちゃん凄いよコレ」


 森葵は桐野ほどではないにせよ、少しでもその恩恵を受けまいとちゃっかりゆきに近い座席位置をキープしていた。


「ねえ広橋くん。この植物、見たことない種類だけどどこで買ったの?」

「あー、えっと貰い物だからよく分からないんだ」


 園芸部部長の谷町陽菜の鋭い質問に、晴太は目を逸らしつつ答えた。


「ふん、さしずめ謎の植物という所かしら。でも、効力は確かなようね。一体どこの異界の植物なのやら」


 鬼灯紅子は鉛筆を動かしながら、実に白々しいすまし顔で言った。

 現在晴太の部屋には女子のみが五人、つまりちょっとしたハーレム状態となっていた。

 つい先程までは男子グループたちが居座っていたのだが、ちょうど課題が終わり出ていくのと入れ替わるようにして彼女たちが入って来たのである。

 ちなみに佐藤はちょうど教員室で小テストの追試を受けており、現在この部屋にいる男子生徒は晴太一人のみ。

 彼は自室であるにもかかわらず、部屋の片隅でどうにも居心地の悪さを感じていた。


「ふぅ終わったぁ。なんかここでやり始めたらあっという間に終わっちゃったわ」


 最初に上がりを宣言したのは谷町だった。


「あたしも終わり。サンキューゆきちゃん。広橋、この子触っていい?」

「どうぞ」


 森は結構な力強さでぐしゃぐしゃとゆきの葉を揉みしだいていた。晴太はそれを見守りながら、内心葉がもげたりしないか気が気ではなかった。


「ふふ、私も終わったわ。桐野さんは終わりそうかしら」

「もう終わるとこ。あと十秒。莉子りんは?」

「私はもうしばらくかかりそうかな。みんなは先に行ってていいよ」


 岡野莉子一人を残し、バタバタと女子たちが一斉に立ち上がった。

 ようやくこれで平穏が戻りそうだと晴太が安堵しかけたそのとき、鬼灯が無駄に格好つけたような仕草で髪を振り払い、意味深なウインクとともに口にした。


「岡野さん、ちょっと躓いているところがあるみたいなのよね。広橋くん、色々教えてあげたらどうかしら」

「えっ、俺?」

「あなた最近学力をメキメキと付けているじゃない。それくらいしてあげなさいよ。じゃあ、私たちは一足先にお風呂に入っているから」


 岡野莉子。鬼灯が転校してくるまではクラスでナンバーワン美少女の座を欲しいままにしていた彼女と、こうして晴太は二人きりになった。

 とは言え、正直彼はこの二年と四か月、彼女とは席も近くになったこともなければ、まともに会話したことすらない。

 不意にやってきたこの状況に晴太が戸惑っていると、岡野が少し緊張気味の声で話しかけてきた。


「あの……。広橋くん」

「な、なに?」

「ちょっと、教えて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」 

「えっ、ああもちろん。俺に分かることならなんでも」

「ありがとう。じゃあ、もっと近くに来てくれる?」

「え、あ……うん」


 晴太はごくりと息を呑み、言われるがまま岡野の隣に座ることにした。

 ショートカットのヘアスタイルにパッチリとした二重まぶた、長いまつ毛。間近で見てあらためて、晴太は彼女の美少女ぶりに感心していた。

 同時に彼の脳内に、高校生男子特有の都合のいい妄想も溢れ出す。

 彼が敬虔たる島谷派であることは今さら揺らぎようがないが、この瞬間彼は間違いなく岡野のことを異性として意識していた。


「それで、教えて欲しいところっていうのはどこ?」


 岡野の手元のプリントに視線を落としながら、晴太は考える。

 単純に彼女に勉強を教えるだけならば、晴太よりも成績が良く仲も良い鬼灯の方が適任のはずである。

 にもかかわらず、鬼灯がなにかの合図のようなわざとらしいウインクとともに晴太を指名した意味。

 どう考えても意図的に二人きりになる様に仕組んだ以外にありえない。

 晴太は知らず知らずのうちに島谷とデートしたあの日以来の胸の高鳴りを感じていた。


「イタっ!」

「大丈夫!? 広橋くん、どうかした?」

「ああいや、なんでもない。ちょっと足が痺れただけ」


 晴太にその痛みを与えたのは岡野の死角、机の下から回り込むように尖らせた枝を伸ばしたゆきの一撃だった。

 晴太はそれを「鼻の下を伸ばすな」というサインだと受け取り、いま一度真面目な顔を作り直した。


「それで広橋くん。その、教えて欲しいことなんだけど」

「うん……」

「恋愛についてのことなんだ」

「ふえっ!?」


 晴太があらぬ声を出した瞬間、再び彼の足裏にチクッとした痛みが走った。


「れ、恋愛って。恋愛について俺に聞くことなんてあるの? 岡野さんは」

「ああうん。実は私、佐藤くんのことが好きなんだけど」

「なんだそっちか……って、ええ!? 佐藤!?」


 晴太の当ては見事に外れたが、まあそんなにうまい話はないと彼も途中から薄々感づいてはいた。

 岡野は指をもじもじさせながら、次の言葉を口にした。


「広橋くんって佐藤くんと仲いいじゃん。だからアドバイスが欲しいなと思って」

「ああそういうことね。うん、まあ俺に助言出来そうなことなら協力するよ」


 晴太は快く親指を立て、岡野にグーサインを出した。

 彼の頭はすでに切り替わり、これはこれで面白い状況であると思い直していた。


「ありがとう。それで明日の晩、先生たちに内緒で肝試し大会をやる予定なんだけど、そこで告白をしようと思うの」

「えっ、明日ってそれはさすがに急過ぎない!? というか肝試しの話とか聞いてないんだけど」

「ああごめん。佐藤くんと広橋くんには計画が色々煮詰まったあとでお知らせしようと思って、あえて言ってなかったの。それでその告白の台詞を広橋くんに一緒に考えて貰いたいんだ」


 晴太は裏で絡んでいるであろう鬼灯や森といった女子グループの顔を思い浮かべ、若干のプレッシャーを感じながらも相談に応じることにした。


「……とまあこんな感じかな。あいつなら多分これでいけると思う」

「うんありがとう。なんか行けそうな気がしてきたよ」

「一応俺のアドバイスとしてベストは尽くしたつもりだし、そもそも岡野さんなら最初から脈もあると思うけど、これで失敗しても恨まないでよ。念のため」

「大丈夫。そこはわかってるから。じゃあまた明日、おやすみなさい」


 部屋から出ていく岡野の後ろ姿を眺めながら、晴太は実に満足気な表情を浮かべていた。

 多くの場合他人から恋愛の話を聞かされるのは苦痛でも、第三者の立場から他人の恋愛に干渉するのはそれなりに楽しいものである。


「あいつもついにリア充か。しかも相手は岡野さん。やったじゃねえか佐藤。え? なんだゆき、岡野さんに嫉妬してんのか? お前、俺という男がいながらこのっ」


 晴太はゆきの葉に軽くデコピンを浴びせてやった。

 こんな調子で晴太とゆきがじゃれ合っていると、少し間を置いて何も知らない佐藤が部屋に戻ってきた。

 佐藤はお茶の入ったペットボトルを片手に、まるで酔っ払いのようなふらついた足取りで畳に倒れ込むと、そのまま大の字で横になった。


「はぁーっ、疲れた。もう動けねえ。俺三十分くらい寝るわ……。あ、なんだ広橋ニヤニヤして。俺の顔になんか付いてるか?」

「ああ、いやなんでもない。ただ、今夜は月が綺麗だなと思ってさ」

「なんだそりゃ。お気楽な奴だな」


 晴太は月でも見て気を鎮めようと思ったが、どうにも顔のにやつきは抑えられなかった。この目の前の親友とクラスきっての美少女が明日、自分の考えた殺し文句でカップル成立になると思うと笑いがどうにも止まらなかった。

 そして翌日の晩。

 特に天気の妨害などもなく、男女混合肝試し大会は予定通り開催された、はずであった。


「し、島谷先生!? どうしてここに?」

「今日だけ全員揃いも揃って課題の提出が早かったし、なんか妙にソワソワしていたから怪しいと思って後を付けさせて貰いました。で、逆に聞くけどこれは一体なんの集り?」


 つい先程まで和気藹々と門の前に集合していた十数名の目が一斉に点になっていた。

 学校指定のジャージを着こんだ招かれざるゲストは腰に手を当て、厳しい表情で立ちはだかっている。

 質問に慌てた様子で答えたのは、この企画の言い出しっぺである森だった。 


「みんなで肝試し大会をやろうと思いまして。ほら、受験勉強の息抜きというか、高校最後の夏の思い出作りに……」

「成る程、肝試しね。まあ気持ちは分かるけど、夜の山道を君たちだけで歩くと言うのは当然先生として賛同できないかな」


 先生には先生の立場がある。

 こういう場面で島谷が誰よりも頑固な性格であることは、彼らのなかでおそらく晴太が一番よく知っていた。


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