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第11話 自称正義は本当に正義か

「わが社にんにんマーケットは特殊な能力を持つ者を集め、その力を社会のために役立てる正義の組織だ。政府や警察、あるいは我々のことを知る企業や個人から依頼を受け、日々様々な業務をこなしている。言ってみれば超スゴイなんでも屋みたいなものだ」

「はあ……」

「報酬は前後するが基本的に月百万くらいだと思ってくれていい。無論、あまりにも危ない仕事や胡散臭い仕事ならこちらから断ることもできるぞ。勤務時間は平均週五日、一日八時程度で休みは不定期だがある程度の融通は付けられる。有給制度もある。そしてなによりこの仕事は君にとって、他の普通の仕事にはないやり甲斐に溢れているはずだ。どうだ、やってみないか?」


 晴太はとてもではないが首を縦に振る気にはなれなかった。

 たとえ親戚であることが判明したとはいえ、彼はまだてふてふを信用しきっていない。

 それ以前に、不法侵入からの実力行使で無理矢理連れてきておいて自分は正義の存在だと堂々とのたまう人間の話である。

 彼は初対面で一方的によく喋る人間、うまい話を口にする人間は絶対に信用してはならないと母親に耳にタコができるほど叩きこまれていた。


「一応聞きますが、なんで俺を誘ったんですか」

「君が悪い人間ではないことは分かったのだが、そのゆきちゃんの力をただ眠らせておくのは勿体ないと思ってね。その子の葉の力は使いようによっては多くの人の助けになる素晴らしい力だ」

「それなら俺ではなく、ゆきに聞けばいいじゃないですか」

「いやいや、そうしたくてもわたしらにはその子と意志疎通が出来ないし、そもそも君の言うことしか聞かないだろう。それに君を誘ったのはもうひとつ、君が鋼鉄の甥だからというわたしの個人的感情もある」


 てふてふは笑って言った。

 その満面の営業スマイルを見るたびに、彼の中の不信感は募るばかりであった。


「あの、これって嫌ならちゃんと断れる話ですよね」

「もちろん。だが最終的な判断を下す前に、うちの活動を少し見学してから決めて貰いたい。日時は明日以降、君の塾のない日に紅ちゃんから連絡する。いいかな?」


 あくまでも最終的な決定権はそちら側にあると安心させておいて、その隙に外堀を埋め、断れなくするのは詐欺師の常套手段である。

 晴太は改めててふてふのペースに呑まれてはいけないと気を強く持ち直した。


「困ります。そんな勝手に決めて貰っちゃ」

「もちろん君の時間を拘束することへの代価は支払わせてもらう。一回の見学につき五万でどうかな」

「ごま……ん……」


 晴太の目が眩んだ。それがアルバイトをしていない高校生にとってどれほどの価値ある数字であるかは今さら言うまでもない。


「どう思う? ゆき」


 晴太が意見を求めるとゆきは少し悩んでいるかのように動きを止め、やがて一枚の葉で彼の鼻の辺りをピンと指した。

 お前のやりたいようにやれ、という意味である。


「まあ今日はもう遅いし、帰るといい。見学についてやるやらないは君自身が決めてくれ、良い返事を期待している。では紅ちゃん、彼を家まで送ってやってくれ」

「分かりました。広橋くん、仕方ないから美少女剣士の私が君を家の近くまで送ってあげるわ」


 晴太は鬼灯に案内される形で外へと連れ出され、初めてその事務所が繁華街の一角にあるとある雑居ビルの一室であることを知った。

 辺りは妙に深い霧で覆われており、常に気を張って鬼灯の後ろ姿を追っていないとすぐに見失ってしまいそうであった。


「広橋くんに合わせたりでもしなければ、こんな速度の徒歩でアジトを出入りしたりはしないのよ。だからこの霧は念のため、誰かに私たちの姿を見られたりしないようにするためのものよ」

「なるほど。つまりこれはその、鬼灯さんの特殊能力ってわけか」

「いいえ違うわ。これは部屋にもう一人いた宵闇さんの能力ね。ほらいたでしょ、全身黒ずくめで水晶の前にいた怪しい人が」


 晴太の記憶には確かにそのような外見的特徴を持つ人物の姿が残っていた。

 一言も喋らず、また一切彼の方を見向きもしなかったが、その男の醸し出す異様な雰囲気は常に強烈な存在感を保ち続けていた。


「いたなあ、そんな人。一言も喋らなかったけど」

「実を言うとね、私はただ剣の腕前が達人クラスなだけで、社長や他の二人のような特殊な力はないのよ。偶々うちの家系が代々てふてふ社長と縁があったからいるだけで」

「そうなのか」

「異能力持ちの人ってこの世界にたまにいるんだけど、あの人がああいう風にスカウトすることって滅多にないのよね。正直な話、少し羨ましいわ」

「いやいや。俺だって俺自身が能力持ってるわけじゃないし、たまたま鋼鉄叔父さんの甥だったってだけで誘われたんだと思うけど」


 晴太は横目で腕の中のゆきの方をチラリと見た。

 ゆきは置物のようにじっと動かず、黙って二人の話を聞いていた。


「まああの社長の考えてることは私にも分からないわ。でもこれだけは言える。楽しいわよ、この仕事。あなたも特別な存在でいたいなら飛び込んでみることをお勧めするわ」


 ――特別な存在。

 やりたいことが見つからず、進路調査票に書くことに悩んでいた彼の心にその言葉は少しだけ響いた。

 やがて霧が晴れ、外灯の光に照らし出された鬼灯の瞳が燦々と輝いているのを彼は見た。


「じゃあここで。体験会の日程は追って連絡するから」

「その体験会とやらに行くか行かないかは置いておいてさ、もう俺の部屋に勝手に侵入してきて欲しくないんだけど」

「ああうん、それはちゃんと社長に言っておくわ」


 別れ際の鬼灯はまるで新しい仲間を歓迎するかのように無邪気に手を振っていた。

 その後、自宅に戻った晴太は今回の提案についてゆきと二人でよく話し合った。

 そしてその結果、総合的に判断してやはりてふてふの話は胡散臭いとし、断る方向で意見が纏まったのだった。



 * * * *



 翌朝、晴太がいつものように登校すると、普段と変わらない学校の風景がそこにはあった。

 昨夜あれだけ非日常に触れたせいなのか、彼はその変わらない風景にこれまでにない安心感を覚えていた。

 しかし、その刹那の安心も視界に入ってきた鬼灯のウインクによって乱され、そして以後それが頭から離れなくなってしまった。

 体験会の誘いは断ると結論は出たものの、角が立たないようにちゃんと断ることができるのか。

 そもそも鬼灯が自分の話をちゃんと聞いてくれるのか。

 彼ははっきり言って不安であった。

 しかし結論から言うとその日鬼灯は彼に連絡を送らなかった。そしてその翌日も、その翌日の翌日も、鬼灯から体験会への誘いはなかった。

 その間彼が釘を刺しておいた自宅への無断侵入も一切なく、晴太は無駄に気を張り、余計な気疲れを余儀なくされた。

 そして数週間が経ち、晴太が気疲れするのにも疲れてきた頃、クラスは目前に迫った文化祭の準備期間へと突入していた。


「おい男子コラ、あんたらいい加減にしなさいよっ! うちらが黙ってたらいい気になっていつまでもスマホ弄ってくっちゃべっててさぁ! そのせいでうちらにどんだけシワ寄せ来てると思ってんだよ、アア!?」


 森を中心に女子生徒たちが数人、鬼の形相で男子グループを睨みつけていた。

 完全なるマジ切れである。

 彼らのクラスの出し物はお化け屋敷に決定しているが、これまで男子たちは準備を女子たちに任せきり、サボりにサボってきていた。

 無論、そんな男子たちに言い訳の余地はない。

 通夜のような空気が漂う中、男子を代表してサッカー部所属の田辺が申し訳なさそうに声を発した。


「わ、わりぃ森。ちょっと気が緩みすぎてたな俺ら」

「ああん、ちょっとだァ? ふざけんな! こちとらあの小金沢でさえ真面目にやってんだよ! あの小金沢がだよ!?」

「葵ちゃん、その言い方はヒドくなーい? あたしはこういうお祭りの準備が楽しい人なだけだよ」

「とにかく! あんたたちのそれはちょっと気が緩んでたとかそういうレベルじゃないから」

「うう……」


 怒られている男子たちの中には晴太もいた。

 晴太は森の眼光から逃避するかのように、奥で座って作業をしている鬼灯の方に目を遣った。

 鬼灯は我関せずといった顔つきで黙々と手を動かしている。


「今日中に絶対その看板を仕上げなさい。いい、今日中にだからね」

「いや無茶言うなよまだ下書きも何も……」

「今・日・中・に! 出来なかったらあんたたちのこと絶対に許さないから」

「わ、分かった。その代わり外のベランダで作業させてくれ、お前らに見られてたらビビって手が震えちまうからよ」

「とか言ってサボったら承知しないよ」

「さすがに分かってるよ! じゃあ」


 田辺以下男子数名は材料と道具を抱え、そそくさとベランダへ退避した。

 先程まで気だるそうにスマホを弄っていた面々も、さすがに危機感を持ったのか、緊張感のある面持ちをしていた。


「仕方ない。やるしかないべ」

「ああ、女子どもに見せてやろうぜ。本気になった俺たちの力を」

「手分けしてやろう。中川と大槻は装飾品の方を頼む」

「って広橋、なに笑ってんだよ」

「いや、こうしてみんなとなにかやるって青春っぽいなと思って」

「おいおい、おっさんみたいなこと言うなよ。ていうか、今さらそんな感想が出るくらい今まで俺らなにもしてなかったんだな」


 こうして晴太たち男子組は慣れない手付きながらも真剣に作業に取り組み始めた。

 しかしいくら気持ちだけ団結していても手際の悪さはどうにもならず、刻一刻と時間は過ぎ、日が傾くにつれ多くの人員たちが抜け落ちていったのだった。


「すまん。もう少しで完成なとこ悪いんだけどさ、僕もその、部活の方に顔出さなくちゃいけないので」

「いいよ。これぐらいなら俺一人でも終わりそうだし、最後までやってくよ」

「すまん広橋、頼んだ。僕たちの汗と涙の結晶、必ず完成させてくれよ」


 最後の一人、アニメ研究部の剣持がいなくなり、こうして残るは晴太だけとなった。

 残る作業箇所は中央部分の塗装のみ。晴太は普段あまり親しみのない彼らの役に立ち、少しでも株を上げておこうと奮起した。

 後でこっそりこの件についての自分の頑張りを島谷に報告し、自分だけ褒めて貰おうなどと考えていることは内緒の話である。


「よし出来た。ってもうこんな時間か、帰ってゆきに水やらないと。ゆきの奴怒るかな」


 完成の余韻に浸るのも程々に、晴太は鞄を持ちゆっくりと立ちあがった。


「う、長時間座りすぎて足に大分来てるな……。とっと、アアッ!?」


 ガシャガシャガシャガシャーン!!

 豪快な破壊音とともに、晴太の身体は倒れ込んだ。

 そして次の瞬間に彼の目に飛び込んできたのは、女子グループが丹精を込めて作り上げたお化けの模型の変わり果てた生首であった。


「あああああ……! あわわわわわ……」

「あ~あ。やっちゃったわね」


 彼は慌てて振り向いた。そこにはなぜか露出の激しいチア服を着た鬼灯が腕組みをして立っていた。


「森さんたちに知られたら、広橋くんの学園生活終わるんじゃないかしら?」

「ど、どどど、どうすればいい?!」

「元の写真はあるし、これを元にすればにんにんマーケットなら修復できなくもないけど」

「た、頼めるの?」

「ふふん。ちょうど君に体験会のお誘いをしようと思っていたところなのよ。五万円の報酬の代わりにってのなら、余裕で引き受けてくれるんじゃないかしら」


 鬼灯はにっこりと微笑み、晴太にピースサインを送ったのだった。


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