第10話 糞ビッチキス魔こと美少女忍者社長・てふてふ
「ここは……?」
「どうやら正気に戻ったようです、社長」
そう口にしたのは晴太の正面で少女と並んで立っている長身の男であった。
その男の声は先程クローゼットの中から聞こえてきた月影と名乗った人物の声と合致している。
彼は首から上は映画俳優顔負けの二枚目であるものの、服装は派手なマント着用とマフラー装備という、まるでファンタジー世界の登場キャラのような個性溢れる出で立ちをしていた。
続いて発言したのは社長と呼ばれた少女であった。
「君はどうして自分がこんな事務所の中にいるか、不思議で仕方がないのだろう? だが君は自分の足でここまで歩いて来たのだよ。わたしはてふてふ。このにんにんマーケットのボスにしてまたの名を不死鳥のてふてふだ。わたしの数ある能力の一つで、一時間ほど君のことを操らせて貰った」
少女の淡々とした説明を晴太はきょとんとした表情で聞いていた。
そんな彼の耳に、立て続けに学校でよく聞く活発な女子生徒の声が入ってきた。
「てふてふ社長はこう見えて糞ビッチキス魔でね。キスした異性に催眠を掛けて操れるのよ。広橋君、軽く身辺調査した限りでは彼女がいたことはないみたいだけど、ファーストキスだったなら残念だったわね」
鬼灯はパソコンの置かれた事務机に、ここが私のスペースだと言わんばかりに座っていた。
服装はいつぞやの袴姿であるが、周りの人間もみな彼女に負けず劣らず濃い格好をしているので逆によく溶け込んでいた。
「ようこそ、にんにんマーケットへ。わが社は正義の組織です」
てふてふは両手を広げ、二度に渡る不法侵入の罪を踏み倒しながらも白々しく笑顔を見せた。
晴太が堪らず手元のゆきの顔色を伺うと、今にも爆発しそうな敵意と不信感で震えている。
しかし晴太はさすがにゆきの力だけではこの部屋にいる人間全てをどうにかすることは出来ないと感じていた。
「俺たちを無理矢理連れてきて……なんの用だ」
晴太は声を震わせながら、ぎゅっと強くゆきを抱き締めた。
「そう構えなくても平気だぞ。さっきは少々強引な手法を取らせて貰ったが、わたしらに君と敵対の意志はない。調査の結果、君が淡雪草の能力を悪用している可能性がないことはもう判明しているからな」
「それはよかった。ならどうしてわざわざ」
「言ったはずだよ、わたしには個人的に君に話したいことがあると。ずばり広橋晴太君、君のそのゆきちゃんは叔父さんの宮下鋼鉄から譲り受けたものだろう?」
「な、どうしてそれを?」
「実を言うとな、わたしは君の叔父さんのかつての冒険仲間なのだよ」
「なっ……」
「ふふ、あの頃は数々の異界を旅することが出来て本当に楽しかったな。まあだから君が淡雪草を持っていることを最初から知っていて、この近辺で異能の力の悪用らしき事件があったものだから念のため調査をしたという訳だ。わたしが思った通り、君は悪い人間ではないみたいだ。いやいや、疑って悪かった」
てふてふの口から語られる一言一言に、晴太は困惑するほかなかった。
目の前にいる少女はどうみても十歳前後の小学生であり、鋼鉄が失踪したのは十年前である。
つまり、どう考えても時系列の辻褄が合わない。
晴太は彼女のことを知っているかどうか、ゆきにアイコンタクトで確認を取ってみた。
しかしゆきはすぐさま首を横に振った。
「ふむ、君はわたしの言うことを疑っているようだね」
「いや、疑っているとかじゃなくて」
「君の顔にそう書いてある。いいんだ、まあ今のわたしの姿を見てわたしが十年前に消えたはずの鋼鉄の仲間だったなんて言われても信じられないのは無理もないさ」
「今の、姿?」
晴太は首を傾げた。まるでそれは化け狐のように自在に姿を変えられるかのような言いぶりである。
「ふむ。ここから先は君にとってさっきの話など比にならないくらい衝撃的な内容になるだろうが、話してもいいかな?」
「やめておいたほうが良いと思うわ。私があなたの立場なら卒倒するような情報だから」
横から忠告を入れてきたのは鬼灯であったが、人間このように勿体付けられると余計に聞きたくなるものである。
晴太は即答した。
「いや話してくれ。どうせ後から気になるし、それに話したくてウズウズしてるってそっちの顔に書いてある」
「うむ、いい返しだな。なら洗いざらい話すとしよう。わたしは君やここにいる他のメンバーと少し違ってな、普通の人間じゃない。ざっと千年以上は生きている化け物ということになるかな」
「えっと……。つまりは不老不死の吸血鬼とか、そんなところか?」
彼はもうこの時点である程度は開き直っていた。目の前で起こっている現実を非日常と認め、彼はもうこれ以上なにを聞かされても驚かないつもりでいた。
「不老不死とも吸血鬼とも違うがな。しかし、思ったよりも驚かないんだな。鋼鉄に色々聞かされて実際にゆきちゃんを見ているせいかな」
「それもあるし、現在そういう設定のキャラが多数出演するゲームにハマってて絶賛中二病煩い中なので」
するとてふてふは腕を組み、実に愉快そうな笑みを浮かべた。
「話が早くて助かるな。少しややこしい話になるが、ついてきて貰いたい。わたしが不死鳥と呼ばれる所以、それはわたしが永遠の命を得ているいうところにある。わたしは異能の力を持つ者と交わり子を孕むと、その力をその子供に受け継がせつつ、わたし自身がその子として転生することが出来るのだ。つまり、出産の直前に母体である過去のわたしの消滅と引き換えに生まれてくる子供の魂を乗っ取り、新たなわたしとして生まれ変わることでわたしは強くなり続ける。ちなみに今のわたしは四十代目のわたしだな」
てふてふは平然と、さも当たり前のような顔をして言ってのけた。
「どうした、なにか質問でも?」
「ええっと、さすがにそれは思ったよりも随分とエグい設定というか、生々しいというか……。なあゆき」
ゆきはてふてふから距離を取るように茎を仰け反らせ、ドン引きの感情を表現していた。
晴太の感想もそれと概ね同じである。
しかし、てふてふの話はこれで終わりではなかった。
「驚くのはまだ早いと思うぞ。ここからが衝撃的な内容なんだが、ぶっちゃけ、三十九代目とわたしと交わって子作りをしたのは鋼鉄だ。だからわたしは君からすると叔母であり従妹であるわけだ」
「え……」
晴太は眉をひそめ、てふてふの顔を思わず二度見した。
「は? え……は? ええええええっ!??」
なにを聞かされても驚かないとはなんだったのか、晴太はリアクション芸人ばりに目を見開き、口を大きく開けて固まってしまった。
期待していたような反応が得られて満足したのか、てふてふは少し目を細め、続けた。
「もちろん鋼鉄と一緒にいた頃のわたしはもっと大人で背も高く、なにより美人だったがな。仲も良かったし、交わるときはお互い同意の上の行為であって先程の催眠能力等は一切使用していない」
「え、ええ……」
あまりに衝撃的過ぎて信じ難い話であるが、晴太はてふてふの目元がよく見ると鋼鉄に似ていることに気付いてしまった。
「ああ心配しないでくれ。紅ちゃんはわたしのことを糞ビッチキス魔と言ったが、わたしはあの能力を滅多に使ったりはしない。それにこの四十代目の体はまだ処女だし、さっきの接吻はそう不潔なものじゃないと思うぞ」
「ああいや、そういうことじゃなくて」
と、晴太が言いかけた瞬間だった。
これまで大人しくしていたゆきが突然殺意むき出しで枝の先端を尖らせると、てふてふの胸元に突き立てたのだった。
「ゆきっ!?」
「ふむ。どうやらゆきちゃんはわたしが君の唇を奪ったことが許せないみたいだね。その子は女の子かな?」
「さあ、ゆきって名付けたのは淡雪草の文字から取ったもので、正確な性別までは」
「納めるよう言ってくれないか。正直さっきは悪かったと思っている。君に鋼鉄の面影を感じたものだから舞い上がってしまってな。もう二度とあんな真似はしないと約束する」
「……ゆき、この人は反省してるみたいだから」
ゆきは渋々枝を元の状態に戻し、ぷいっと茎をねじ曲げそっぽを向いた。
晴太は制止の言葉を口にしながらも、内心では自分のことでゆきが本気で怒ってくれたことが嬉しかった。
「さて。わたしと君の関係も話したことだし、そろそろ本題といこうか」
「本題って、まだなにかあるんですか?」
晴太は彼女が自分の叔母兼従妹であるということで、いつの間にか敬語になっていた。
てふてふはわざとらしく咳払いをし、口にした。
「晴太君。将来の進路について悩んでいるのなら、わが社に入るつもりはないかね?」