#6『昇天者』
かなり衝撃の事実を前に驚いているのは俺だけのよう。
ユメリスはよく大切なことを言い忘れるが、この事実はそんなレベルの問題ではない。
ミナリアの人生を左右するかなり重大な事項だ。
しかし、当の本人は動揺するどころか、ここに永住できると聞いて若干嬉しそうにしている。
「そそそ、それやばくないか!? だってこの子もう下に戻れないんだろ!?」
「いやぁそれは違うんだなぁ」
そのユメリスの発言を聞いて少しやらかした感を薄れさせる俺と、下界に戻されるかもしれないと思いギクッという表情に変わるミナリアがいた。
もう完全に立場が逆になっているが、そんなこと全く関係ないというような他人行儀面で応対する。
別にミナリアが望まないのであれば無理に下界に戻すことはない。
ただ、ミスってミナリアをここに拘束した張本人が『俺』となれば、話は別だ。
寿命のない天界人からすれば文字通り『未来永劫』そのネタを使っていじり続けられることになる。
特にたまにSっ気を出すユメリスは要注意中の要注意である。
ここはあくまでもミナリアが望んで天界生活をしているという形を作らなければならない。
「『昇天』は確かに、人間に戻ることはでき無いですけど、天界人になるんです。つまりぃ、ボクたちと同じように年を取らない上に、死亡時は天界に戻ってくるんです♪。時間を早回しした時はボクたちと同じで『タイムトラベル』することになるんですねぇ、これが」
「何が『なるんですねぇ、これが』だ! お前はいつも肝心なところが抜けてんの! そのうち、『あ、うっかりしてたにゃぁ』的なノリで何億年も歴史刻んだ世界滅ぼしそうな気がしてならねえの! アーユーアンダースタンド?」
「あーゆー? なんて言ったんですかにゃぁ?」
「アーユーアンダースタンド! 理解してますかって聞いてんの。つかそんなとこに食いつかなくていいの」
完全に言い忘れてたことを棚に上げてスッとぼけ状態のユメリス。
こうなるともう彼女は折れないので、俺が折れるしかない。
天使は柔らかそうな表情、態度ですまし顔する。
だが図太いところは図太いのである。
「ミナリアは……、その下に帰りたいか?」
全力で首を横に振るミナリア。
おおよそ予想通りの反応だったが、これで問題は解決、しているのか。
そもそも、自分の生まれた時代に戻れなくなるという意味を彼女は理解しているのだろうか。
確かに、嫌なことがあったにせよ自らの故郷を捨てるということに等しいのでは。
「い、いいのか? まぁいいのか、だってもうどうしようもないもんな……。そうだよな。ミナリアも天使的な感じになっちゃったんだもんな」
「て、天使ですか……?」
――結果、俺が一人で問題を大きくして、それを自分の中で自己解決して問題は終了を迎えたのだった。
こうして、ミナリアが正式に天界人として迎え入れられることになった。
天使でもなければ神様でもないミナリアはどういう立ち位置になるのか不明。
まぁとりあえず彼女の特性を生かして魔法を大成させ『伝説の賢者』的な立ち位置にしておけば民の信仰心も容易くゲットできるかもしれない。
俺は早くも自分が魔法やら剣術やらを習得するのを面倒臭くなってきて匙を投げかけていたが、現実はそんなに優しくなかった。
◇◆◇◆◇◆
「あの……、なんで俺まで」
「それはもちろん、グノシス様は神様だからです」
「いや理由になってないし……。つか俺魔法適性とかあるかわかんないし……」
あの後丸一日かけて、魔法修行とメイドとしての修行を終えたミナリア。
翌日天界書庫で魔導書を読み漁っていた。
村民に対する教育関係はあまり行き届いていないので識字率は高くないはずだが、彼女の本を読む速度は異常な程早い。
これも『希少種』たる所以なのだろうか。
魔導書というのはただの本ではなく、それこそ魔法という術がしっかりと刻まれている本。
それは凡人には書けないもので、有名な賢者や神などが著作しているものがそのほとんど。
本自体に魔法が込められているのだ。
そうは言われても、こんなに分厚い本を読む気になるはずがない。
「ふむふむ、氷の術はこうするのですね……。私のこの美しい魔力がさらに光り輝きます」
「そういえば、ユメリスはどこ行ったんだ。さっきまで近くにいたのに」
「ユメリス様でしたら『ボクはグノシス様のお相手をするのがちょーっと疲れたかミナたんよろしくぅ』と仰られて自室に戻られましたよ」
たった数時間しか話していないというのに中々のクオリティを発揮しているモノマネ。
ユメリスのねっとりくる腹立たしい態度をよく真似できている。
ポンコツ天使はさっきまで寝ていたというのにまた自室に入って昼寝しているようだ。
天界はなぜか時間経過しても夜にならないので、いつになっても白昼状態である。
しかし、寝る時はもちろん明るすぎるから、天界で眠くなった時は窓に黒い板を貼って寝ているのだった。
「『疲れた』ってなんだよ。むしろこっちが疲れてるってのに……」
「神様や天使様でもお疲れになるんですね。やはり世界の上に立つというのは楽ではないということですか」
「そ、そうなのかな。あんまり上に立っている感はないけど、自分の作り出したみんながちゃんと楽しい人生を送れるようにしなきゃって責任感は感じてるよ」
最初のアダムの死亡報告の時は驚きで色々な感情が隠されていたが、思い返してみるとあれはあれで喪失感を感じていたものだ。
世界の滅亡は思ったよりも大きな喪失感を伴う。
それは年月や歴史を重ねたものほど大きくなるだろう。
これからどんな不安分子が生まれてくるのか検討もつかない。
それでも彼ら全体を守ることを主眼し活動していかなければならないな。
「さすがです! 私もグノシス様のお役に立てるよう、この忠誠心を天に捧げて城内全体の美しさを保つことを誓います!」
「かなり意気込ん出るけど、つまり掃除頑張りますってことかな」
その時ミナリアは持っていた本をポンと閉じた。
ミナリアはざっと棚一つ分の大量の本を読み終えたらしい。
こんなペースで本が読めるならこの書庫にある大量の書物が数日あれば読破できてしまうだろう。
彼女が知識を得れば得るほど世界創造の役に立つだろうからそれはそれで願ったり叶ったりだが、段々俺とミナリアの立場が薄くなっていくように感じた。
「とりあえず読み終わりました。グノシス様、次行きますよ!」
「次ってどこ行くんだ。第一この城のどこに何があるかなんてわからないだろ」
「その点は抜かりなく。我の手にかかればノアの構造くらい全てお見通しなのです!」
「う、嘘だろおい……」
彼女は既に城内構造について熟知している。
俺でもまだどこに何があるか覚えきっていないというのに、それらの本を読んだだけで全て把握した。
読む速度だけでなく記憶力まで異常とは恐るべし。
それに忘れていたが、彼女の口調が先程からなんかおかしいことに気がついた。
よくよく考えてみるとおそらく読んでいた本が原因かもしれない。
様々な中二病用語で彩られた書物たちが純粋な少女に悪影響を与えたのか。
ミナリアはそそくさと本を片付けると、書庫を後にした。たった数日で随分とたくましく成長してしまったように思える。
「ミナリア。そろそろ本題にはいるけど、君のいた村で食糧難が発生しているのは知っているか?」
「はい。以前から食べ物が枯渇気味である事は耳にしていました。私も村内での立場が立場だったので、それは食べ物の獲得に苦労したものです」
そうは言っても彼女に不健康そうな点は何一つ見当たらなかった。
精神的に若干病みかけていたが、それもこっちに来てすぐに克服されている。
おそらく『希少種』としての自己修復能力が機能しているのだろう。
彼女にはどこまでも驚かされっぱなしだ。
「それで、原因を探ろうと思うんだけど、ひとまず村の近くにある山に行こうと思うんだ。あの様子だと山の奥地に何が強力な存在がいると睨んでいいかもしれないな」
「それは『山の主』のことでしょうか」
「『山の主』?」
聞いたこともないワードが飛び出してきた。
さすがファンタジーというところか。
「私も村にいた時に少しばかり話を聞いただけなのですが、村近くの山には『ゴブリン』という魔物の長がいるという伝承があります」
――『ゴブリン』。
その言葉がこの世界で出てくるとは思わなかった。
ゲームなどではお馴染みのモンスターだが、いつの間にこの世界で生まれたのだろう。
種族としての扱いを受けない魔物たちは、魔力が存在するミスリックにおいて突発的に発生することがあり得る。
世界を創ったその時から魔力という概念が存在するあの世界ではいつかそんな存在も生まれてくるとは覚悟していたが、思ったよりも早く生成されたらしい。
となると、頭をよぎるのは『討伐』の二文字であるが、まだ虚弱で武器も揃っていない村民を連れていくわけにもいかない。
「『ゴブリン』か。いよいよ異世界ファンタジーっぽくなってきたな。てことは戦闘になる可能性もあるってことか」
「ですからここで戦闘訓練をするのです!」
そういって彼女が扉を開いたのは城内闘技場。
まだ俺も使ったことがない場所だが、そこはとても広い新品のホール。
壁や天井は大理石でできており、観客用の客席まで全方面に備えられている闘技場だ。
城内をそこまで俺からすると、こんなものまで揃えてあるというのは驚きしかない。
そして、その闘技場で数時間に及ぶ戦闘訓練をした俺たちは、起きたユメリスと合流して再び下界へ問題解決のために向かったのであった。
本編の関係でちょっと端折り気味です。
訓練とか生活とかの面は幕間に回します!