Color=Seven
ダイランは丘から離れ、広がるバートスク地区を横目に大通りを抜け、商店街へ入って行った。
世界中の古い洋書が所狭しと骨董の中並ぶ、こじんまりとした歴史を感じる店内にダイランが入ってくると。一番奥のブロンズのカウンター内で無言のまま、自分の前まで来るのを見送った。どうせ来る事位分かっていたのだろう。大人しく手を出して来た。
積み上げられた本に腰を降ろし返事を待つ。
宮廷の道化師達の衣装が繊細に描かれた絵画集が開かれた状態で置いてあり、ビリジアンビロードにオニキスの装飾の仮面を付けた道化師が、火の棒を操っている横のページには、宮廷の中獅子に装飾がつけられ描かれている。
ライオンはアギに似ている。ライオンはどれもアギに似ているのだが。おぼろげにそう思いながら元々ライオンのアギがライオンに似ていて当たり前かとぼうっと思いながら見ていた。
その棚は西洋甲冑の装飾資料や、モリオンの専門署、アンティーク装飾品の本やヴェネチアの仮面の本やらが並んで、シルバーアンティーク食器の本、エジプト装飾品の本、東洋民族衣装の絵画本、天然石の歴史本、クリスタルの最高峰を極める本、過去100年を纏めたオークションハウスでの出典品資料本、オールドローズの絵画資料からいきなり歴史的建築本に変わっている。
世界中の門外不出にされる古城などの平面図と内装のパース、有名建築家の専門本、全ての革はよく手に馴染む。手に取る事無く腕を組んだまま、前斜めのそれらの装丁を眺め見ていた。
「知らねえわけじゃねえが、どうって事ねえただの主婦向けの団体だって話だぜ。そいつらが集まってお趣味だとかやってる。コーヒーだとか紅茶だとかの。その関係でよく来て陶器の本見て行く。お前んな物の何調べてる」
ダイランは横目でスキンヘッドにサンバイダーを填めた細身の店主を見て、ホシは女、なのか?そう思い片眉を上げた。
そんな平凡な裏で何かが行われている。主婦の心を引っ掛ける映像だとは到底思えない。もしくは、団体自体が幾つもの部門に枝分かれしているのだろう。コーヒーだとか茶だとかの英国かぶれ共に当たっても何の収穫も無い筈だ。だが、そんな日常の趣味団体が何故検索不可能だったんだ。
「団体名は」
「さあ。たしかお茶会だ」
「まんまじゃねえか」
「主催者ってのも特にいねえらしい。何かの口コミで情報を得て集まるようになったとか。その口コミの出所も知らねえ。近所の雑貨屋妻が詳しいぜ」
「そうか」
そちらへ向う。
ダイランは金ブロンズのショーウィンドウの中の、苺のぐるぐるキャンディーやスクリューキャンディーやスティックキャンディーで出来上がった城を見下ろしていた。だから雑貨屋妻はダイランにスティックキャンディーを渡した。
妻にマークを見せる。
「あんたもまさかこういうのに興味持つようになるなんてね」
そう皮肉を言い、ダイランに紅茶を出しながらビロードの椅子に腰を降ろした。ダイランは口をつぐんで飴を噛んだ。
「あたしが入ったのはつい最近よ。会には5回ほど行っているわ。年に一度選抜団体旅行があるそうでね。英国のお茶を宮殿で紅茶の歴史を学んびたしなんで、フランスでもシャトーも回れるし愉しみにしているわ」
「いつだ」
「6ヵ月後」
「待っていられねえ。他の部門は」
「え?あるの?さあ、知らないわ」
「茶だとかの趣味団体にしちゃあ何の洒落っ気も糞もねえマークじゃねえか」
「何故?ティーのTとダージリンのDよ。この形だってコーヒーをドリップしている絵だし、Sはスリランカの豆と」
「ああもう結構だ。とにかく次回の会の様子を俺に連絡してくれ」
「分かったわ。おいしいでしょ?」
確かになんだかべらぼうにうまい。
「ああ」
雑貨屋妻は嬉しそうににっこりした。まるで結婚したくなる様な笑顔だ。ダイランは首を振ってから立ち上がった。
店を出て行き、オーズッドに乗り込みマークを見上げる。何の変哲も無いように見える白のマークだった。
夕闇は過ぎ去り、辺りにズンと重厚さを持たせた。いつまでも風は吹かない。
宇宙が星を鮮明に地球に描き始めた。
黒の夜空は黒だけで、星は鋭い光だ。群青の雲の大群が月明かりで姿を見せる以外は、空は寂しさを持った。
ブロンズに縁取られる様な孔雀緑の瞳が夜空を見上げていたのを、シートを立たせキーを回した。
「警部!」
ダイランのラブリーフィスターがダイランの琥珀掛かるブロンズゴールドの車体を見つけ走って来た。
「なんだ」
「警部も今から雑貨屋へ?あたしは先ほど剥製のお店へ行きました」
「ブラドーも茶会なんかに入ってるのか?」
カリブ出のその男は海賊崩れの様ないでたちの男だが、いつも軍用ジャンパーを着ている。
「いいえ。その店主妻が雑貨屋のミセスエメリルに誘われたそうで」
「お前どこで聞きつけた」
「街をくまなく聞き込みに回りました」
「アマンダはなんだって?」
「まだ特定不能だと」
「そんなに難しいのか」
「そのようです」
「乗れよ」
「はい!」
助手席に座って来た。ダイランは口を噤んで、にこにこと嬉しそうに微笑みシートベルトを締めた彼女を横目で見下ろした。
「後ろに行けよ」
煙草をアシュトレーに潰して窓を開け煙を逃がした。
フィスターはショックを受けて、しょんぼりとしながらシートベルトを取りドアを開けて出て行こうとした。だが、彼女の腕を引っ張り思い切り抱きしめていた。
「……け、けけけけけけ警部」
バキッ
ダイランは瞬きして、抱き寄せるフィスターの背後で不気味な音がしたの外を見た。開け放たれたドアが猛スピードの車にもぎ取られていったのだ。
一気にダイランは激怒してセダンから跳び走り、その車を追い掛け発砲し、タイヤをパンクさせた。
がみがみその運転手に怒鳴り散らして、フィスターは車内で真っ赤に硬直していた。轢かれそうになったからよ轢かれそうになったからよ轢かれそうになったからよと自分に言い聞かせながらも。だから有頂天になって誤解してはいけないわと。
車は修理に出され、パトカーで彼女は報告を終えた署から寮までダイランに送られた。
「どうぞ上がって行って下さい」
その好意の言葉も無視してパトカーを走らせて行ったから、フィスターはしゅんとなって寮の中へ消えて行った。
ダイランはバイクをアジェン酒場地区から引っ張り、マンション駐車場に停めると、パトカーを運転していた巡査に煙草を一箱あげ部屋へと上がって行った。
「こんちは」
ダイランは声のした背後の闇を振り返った。男がにこにこして彼女と立っていた。
「ああ」
「俺達、301に入ったカーネーションだ」
「俺は201のガルドだ」
「あたしはメリー。よろしく」
いかにもミーハーそうな2人に軽く受け答え、階段を上がって行った。バレリーナ美人302ラメリアの隣りだが、今日の昼は彼女にも挨拶周りに行ったのだが冷たい目で見られた為に、同じく冷たい印象の彼にも肩をすくめさせ2人はその背を見送った。
留学生303レイヤは愛想良くにこにこし言葉少なげに受け答え、ごろつき101エスリカは彼女とお楽しみ中で請合わず、102主婦は笑顔で今日作った夕食をタッパーに詰め感謝され、飲んだ暮れ103タルクは毎度の様にどこかの壁にもたれかかっていて不在だった。
ダイランは部屋を開け、殺風景な中のパソコンがオンにされていない事を確認した。署でシャワーを済ませた為、バーボンを流し込み一服するとベッドに倒れ込んだ。
マークを掲げる。白の蛍光灯に透かされ、マークは白の紙に同化し消えた。
フィスターはああは言っていたが、快楽者にしか思えない事だ。彼は立ち上がり、パソコンの陰に隠れる様に置かれた妹と親父が共に写った写真立てを手にした。
「……」
自殺した妹のその理由は、まだダイランには悟ってなどあげられはしなかった。不可解なまま、もうあれから10年もの月日が経過したのだ。
リサが来て過ごした日々の年月の4年間など、とうにいない10年という長い時期で消し去ってしまっていた……。
兄として、何も分かってなどあげられなかったのだ。守る事さえも。12年しか生きる事の出来なかった彼女は、今生きていてくれたら22の年齢になっていたというものを。彼女は大学にでも通っては、キャンパスライフを楽しみ、彼氏も作って愉しんでいた時期だ。チアガールだとか、中学時代にやっていた新体操をそのまま続けていたかもしれない。彼氏がスポーツマンなら応援しに行って、弁当でも作って持って行っただろう。
そんな事がやるせなく、ダイランは写真立てを置き、床を見つめた。